第15話

 この間来た時と同じくらいの時間をかけて森にたどり着いた。馬から降りて、近くにあった岩にロープをくくりつける。

 業者に渡された人参の袋をその場に落とすと、僕に何て興味ないぞといわんばかりに袋へ飛びついた。


 それをしり目に、僕は森へと進んでいく。どこまで行ったかなど、既に忘れてしまっているが、それでもいい。

 自分の勘を頼りに、ひたすら緑をかき分けて、ようやく姫と腰を下ろした所にたどり着いたのだ。


 ……飯にしよう。少し休憩も必要だろう。


 ラスクに噛り付きながら、辺りを見回すと、手入れされていないからこその美しさがある。名前も知らない花が咲いて、木々には小動物たちが遊んでいる。


 こんなにも世界は輝いている。

 だから姫様は自然の中が好きだったのだ。しがらみも何もない、ただ美しいと思う中にいられるだけで、心は満たされていたのだ。


 全て食し終わり、立ち上がった時、遠くで何かが光った。動物の目にしては光りすぎているし、周りがざわめいている訳でもない。では一体何だろうか。

 光った方向へと歩み寄る。かさかさと地に落ちた葉を踏みつける音だけが響いている。

 だんだんと全貌が見えてきて、僕は愕然とした。それは大きなガラスでできた棺だった。

 その中には、雪のように儚げなテレジーナ姫が眠っていた。棺を担ぐは七人の小人。その中にはドクの姿もある。


 あぁ、手遅れであった。肩を落として足元を見る。自分が無力でならない。全てが遅かった。

 僕の決断も、助けに来るタイミングも、なにもかも。


 ――帰ろう。


 そして王様に打ち明けよう。どういわれようと構わない。謀反として捕まったって構わない。

 僕は僕の正義に従う。姫の無念は、僕が晴らす。


 顔を上げると、茂みの中に老婆が立っていた。醜悪な笑みを浮かべ、腕に通した籠の中にはリンゴがいくつも入っている。

 黒いローブを目深にかぶり、身長よりも随分高い杖をついている。はて、どこかで見たことのある、宝玉のついたその杖。目線の先にはテレジーナ姫様が。


 あれは、まさか。

 小人たちが見えなくなると、老婆は宝玉の光に包まれる。咄嗟にしゃがみこみ、一部始終を見守る。

 光が完全に消え失せたとき、そこに立っていたのは、この世で一番憎き我が国の女王、ハッセンがとても愉快そうに笑っていた。

 笑い声は耳にこびりついて、どくんどくんと脈打つ胸を押さえる。


 目の前が赤く染まっていく。憎きは卑劣で醜き魔女、ハッセン。自分の欲望の為だけにマルゼッタ女王を殺し、国王陛下を惑わせ、美しさを手に入れるためだけに、僕を利用してさらに息子とテレジーナ姫を殺した。


 許さない。

 許すものか。

 殺せ。

 ころせ。


 コロセ!


 銃を構え、標準を合わせる。真っ赤な視界で、やけに鮮明に見えるハッセン。やけに頭が熱い。だがやらなければ。成し遂げなければ。



――貴方は貴方の正義を信じて、何かを成し遂げればいいのよ。



「うわあああぁあぁあああぁああぁ!」


 引き金を強く引いた。無我夢中すぎて、きちんと当たったかはわからない。

 発砲音は聞こえなかった。ただ獲物が倒れた事を認識するのに少し時間がかかった。

 我に返った時、ようやく目の前がクリアになった。音もちゃんと聞こえる。狙っていた位置にハッセンはいない。

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