第14話

 子供部屋を力強く開ける。そこまで広くない部屋だ。

 三人が眠るベッドが血で染まっている、という事はなかった。


 こんなに大きな音を立ててドアを開けたのに、子供たちは目を覚まさなかった。僕はすっかり安心した。不安からくる白昼夢だったのだろう。

 ジーナが寝返りをうち、布団が半分落ちかけている。被せ直し、額に細やかなキスをした。

 今度はキラが寝言をぼそぼそと話している。楽しい夢でも見ているのか、その顔にはうっすらと笑顔が浮かんでいる。


 シアンは布団をきちんと被り、仰向けで眠っていた。そっとベッドに近づくと、少し違和感を覚えていた。

 ふつう布団を喉のあたりまで被っていたら、腹の辺りは呼吸する度に膨らんだりへこんだりするものだ。それがシアンには見られなかった。


「……シアン?」


 返答はない。顔を覗き込むと、恐ろしいほど白かった。布団をそっとのけると、瞬間胃から込みあがった物を押し込めるために口に手を当てた。


 ない。心臓が、ない。


 胸を真ん中から裂かれ、心臓だけがくりぬかれていた。ぽっかりとそこにあった内臓が消えていたのだ。しかしベッドは全く血に塗れてなどいなかった。

 ようやくベッドから立ち上がると、ふらふらと寝室に戻り、まさかラオまで居なくなったのではないか、と不安を覚えた。

 だがベッドですやすやと寝息を立てるラオを見て、僕はラオを揺さぶり起こした。


「ん……、あら、早寝をすればやっぱり早起きね。どうしたの、ご飯なら作ってあるわよ?」


 ベッドから上半身だけを起こして目をこすり、今度はうんっと大きく背伸びをした。しかし、そんな悠長な事していられない。


「シ、アンが……。シアンが、死んで……」


 僕の限界だった。床に向かって盛大に吐いた。とはいっても昨日から何も食べていない僕の口から出たのは、せいぜい黄色い液体だけ。

 だけど歯止めがきかず、僕はその場でうずくまった。


「ちょっと、キトラ!? 大丈夫なの、キトラ!」


「い、いから、とにかく子供部屋へ行って、くれ。キラと、ジーナには見せられ、ない……」


 頭がガンガンする。この場から動けそうもない。また上手く話すこともできない。喉が焼けるように熱い。ただ胸に宿るのは、深い憎しみと悲しみ。


 部屋を飛び出したラオは、決して声を上げる事はなかったが、二人を起こして下まで連れて行く声だけは聞こえていた。

 僕がここから動けるようになったのは、太陽の光が窓から燦々と降り注がれるようになってからだった。


 割れそうな頭を揺らしながら一階へ行くと、キラもジーナも目を赤く腫らしていて、ラオだけは気丈に振る舞って見せていた。

 しかしその顔にいつもの元気はなく、静まり返った部屋で、僕は揺り椅子に腰かけた。


「お父さん、大丈夫? 後で片付けておくわね」


「あぁ、いつもすまないね、母さん」


 ふう、と目を閉じる。すぐにさっきの光景が浮かび、目を開く。そこに悲しきかな、子供たちが僕の傍に来ていた。


「お父さん、どうしてシアンがこんな目に合わなくちゃならなかったの? 僕もっといい子にしてるから、シアンを生き返らせてよ」


「私も、もうお兄ちゃんが悪戯してても、お母さんの真似して怒らないようにするから、お願い……」


 泣きはらした目に、また涙がたまる。僕はたまらず二人を抱きしめた。十四歳と十歳には受け入れがたい、身内の死に溢れ出る悲しみが止まらないのだ。

 僕がもっとうまくやれば。ちゃんとテレジーナ姫の心臓を持ち帰っていれば。こんな惨い仕打ちを受ける事もなかったのに。

 後悔の念は僕を掻き立て、わんわん泣く二人と一緒に涙を流す事しかできなかった。


 シアンの葬式は身内だけで済ませ、僕は三日ほど仕事を休んだ。

 その間に僕に起こった事を全てラオに伝え、国家に対する不満と、今にも女王を抹殺しようとしていたラオを止めるのに随分と苦労した。


 だからこそ、僕はあの森へ行ってみようと思った。ふとした思い付きだった。もし生きていたら城へ連れ帰り、国王に全てを打ち明けよう。

 死んでいたとしても、全てを告白して見せる。証拠は何一つないが、シアンの死にざまを聞いたら納得してくれるだろう。

 城からの手紙には、いつも通り狩猟の依頼が来ていた。しかし、今日は受けられない。申し訳ない。


 ラオは快く行ってきなさいといってくれた。猟銃をしっかり担ぐ。そして麻のバッグにはラスクの入った袋と、水を入れたボトルを入れて、朝早くに出立した。

 街を抜けて少しした所に、馬の貸し出しをしている所がある。そこで馬を一頭借りて、目的地を目指す。

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