エピローグ

 私が着いたのは、古びた御屋敷だった。私の家より少し小さいくらいかしら。

「魔王様、着きましたわ」

「ここは……」

「忘れ去られた土地にある『幽霊屋敷』ですわ。幽霊はいませんので御安心を。私が消しましたわ」

 禁書室にあった文献に、ここのことが書いてあったのを思い出して密かに準備をしていたの。文献は燃やしたので、万が一にも見つかることはないでしょう。魔族領の奥地にもあるから、魔族も人族も容易くは来れないはず。

「中の手入れはしておりますので、御安心くださいませ」

 この計画のために、掃除の仕方も料理の仕方も、身の回りの御世話の仕方も、全部、侍女達に教わったのよ。

「何を考えているんだ……」

「いいえ、何も。私は、魔王様と幸せに過ごしたいだけ。さぁ、魔王様。一緒に参りましょう」

「何を……」

「ね? 『あなた』」

 これが暗示魔法のトリガー。

「ああ……そうだな……」

 あら。こう容易く魔王様が暗示にかかるなんて。毒の効果かしら。命までは奪えないけれど、体力と気力と魔法への抵抗力を奪う毒。ここまで効くとは……嬉しい誤算ね。


 この毒の存在も禁書室にあった文献で知った。ここ周辺にしか生えない植物の一部に含まれているとのこと。今回と同じように作ったクッキーをお母様に差し入れて試したので効果は実証済み。風邪は呪い魔法でかけた。あそこまで重くなってしまったのは予想外だったけれど。命に別状がなくて本当に良かったわ。お母様が倒れた後で証拠は隠滅したので発覚する恐れもないでしょう。




 私達が幽霊屋敷……名前を変えましょう。私達の新居にやってきて数日後。

「シェリー」

「なぁに? 『あなた』?」

「静かだな」

「ええ、本当に」

「シェリー。好きだ」

 私に愛を囁く魔王様。甘い微笑みは私だけのもの。

「私も、『あなた』のことが大好きよ」

「今日も美味しいな」

「まぁ。ありがとう」

 定期的に毒入りクッキーや紅茶、料理を召し上がっていただいているので暗示が解ける心配は今のところはなさそう。


 このまま、幸せな日々を過ごすの。魔王様と私の幸せは誰にも邪魔させないわ。




あれから1ヶ月。そろそろ入り用な物が増えたので転移魔法と変身魔法を使って人族の街へと買い物に行って帰って来た私を出迎えてくれた魔王様は、私に甘い微笑みを向けてはくれなかった。

「シェリー」

「『あなた』、どうしたんですか?」

 明らかに暗示が解けている。私が出かけてから数時間しか経っていないのに何故?

 私は魔王様に暗示をかけ直そうとするが、効いた手応えはない。どうして?

「お前が俺にしたことは全部覚えているぞ」

 暗示の間の記憶を消す暗示まではかけられなかった……。『魔王様が私の夫である』という暗示が弱くなってしまうから。

「どうして、こんな馬鹿な真似をした。答えろ」

 どうして? 私が聞きたいわ。

「人の心を無理に変えようとするような奴に俺が好意を持つことはない。そんなことも分からないのか」

 魔王様は、どうして私の愛を受け入れてくれないの……?

「お前の、その気持ちの押し付けは、俺の使命の邪魔になる。だからこそ、お前を魔王妃にするつもりはなかった。他の令嬢達を選ぼうにも、お前が接点を持たせないようにしているから、いつまでも魔王妃を決めることができずに……」

 魔王様の声が聞こえなくなる。魔王様。どうして……。


 ――シェリー。一緒にいられて幸せだよ。


 そうよ。どうして、魔王様は変わってしまったの? あの優しい魔王様は?


 ――死ぬまで、ずっと一緒だ。


 そうよ。約束したじゃない。魔王様は誰かに惑わされているんだわ。許さない。誰? 私の『モノ』に手を出したヤツは……‼


「シェリー。聞いているのか。シェリー!」


 そうか。他の魔王妃候補の令嬢達、それに……あのクソ親父のせいか……。ああ。あのクソ女もか。どいつもこいつも……。


「私の幸せをブチ壊そうとするなら、全員ブチ殺す‼」

「待て、シェリー‼」

「魔王様、待っていて! すぐにミンナをブチ殺して戻ってくるから‼ ブッ‼」

 支援魔法と妨害魔法に特化しているワタクシでも、唯一使える攻撃向きの魔法。武器生成魔法。イメージしやすい死神の鎌を生成して転移魔法を発動させようとしたが、魔王様に殴られた。

「させるか! 冷静になれ、シェリー‼」

「何故、ワタクシの愛を受け入れないの‼」


ザシュッ!


ゴトッ。


「え……?」


 ワタクシ、ナニを斬った?

 ワタクシの足元にある、コレはナニ?

 マオウサマ、ドウシテ、頭がナイノ?

 足元にあるのは、マオウサマ?


「マ、魔王様……?」


 ああ。マオウサマ。ワタクシだけのマオウサマ。

 これで、やっと、ワタクシだけを見つめてくれるのね……!


「マオウサマ。これからはずっとワタクシだけをアイしてくれるわね……! ふふっ。そうね。腐らないようにしなくチャ、ふふふっ……フフフッ……」


 シェリーは、目を見開いている血まみれの魔王の頭部を抱え、妖艶に微笑んだ。




True End...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢様、どうか、幸福(しあわせ)な夢を 弓月キリ @yudukikiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る