第20話「帰ります」
こっくりこっくりと新幹線に乗っているのにも関わらず、隣で船を漕いでいる桜花の身体を翔は自分の方へと少しだけ動かしてやるすると、そのままこてん、と逆らうこともなく、翔の肩に桜花の頭が乗った。
本当ならば膝の上とかに寝かせてあげた方がいいらしいのだが、これ以上動かすと起きてしまいそうなので、翔はなかなか踏ん切りがつかなかった。
帰りの新幹線は行きとは完全に空気が真逆となっており、しんとした空気が立ち込めていた。ムードメーカーであるカルマも蛍と寄り添い合う形で仲良さそうに眠っている。
桜花を自分の方に倒れさせておいて何だが、これでは身動きが取れなくなってしまった。じっと耳をすませば遠くの方は何やら笑い声のような音が聞こえてきて、楽しそうなので、暇な翔は見に行こうと思ったのだが、それは無理な願いとなった。まぁ実際は、楽しみを選ぶか、桜花を選ぶかの選択を迫られた場合、瞬間的に桜花を選ぶ自信があるのだが。
「お前は寝ないのか?」
「あぁ、須藤か」
「周りの奴らは全員寝ちまったみたいで面白くねぇ。だから便所ついでに飲み物でも買ってこようかと思ったんだが、お前も何かいるか?」
「なら、お茶を一本」
「おうよ」
まさか須藤に声をかけられるとは思いもしなかった。カルマが須藤と絡んで桜花への翔をプレゼントする計画の一件で須藤への苦手意識は初めの頃よりはなくなっている。しかし、グループとしてはやはり、翔やカルマのグループではなく、男子大手の「翔達羨ましいグループ」に入っているので接点はあまりない。
そこで翔はふと修学旅行の席決めの時に須藤は何も言っていなかったことを思い出した。
「ほらよ、待たせたな」
「ありがとう。待つのは案外得意だから」
「そうか?」
「......うん」
距離が微妙な相手と話すとどうしても会話が途切れてしまう。カルマが翔と初めて会った時に会話が止まらなかったのはカルマがとても話し上手でどんどん会話を広げていってくれたからと程よく、翔が質問するようなところを設けてくれていたからだろう。
カルマは勉強はあまり得意ではないが、このような対人スキルにおいてはとても優秀なので、翔がカルマと親友になれたのはもはやカルマがなりたいと思ってくれたからという奇跡なのである。
「どこ回った?」
「金閣寺とか銀閣寺とか、清水寺とかかな」
「寺ばっかじゃねぇか」
「京都といえばそうだろ」
「まぁな。俺達は寺巡りなんて柄じゃねぇから京都駅とか行ってきたぜ」
「何か面白いものあった?」
「いや、俺達が面白いと思えるものはそんなになかったな。ただ、色々なものが売ってたぞ。京都じゃなくても買えそうなものばかりだったが」
「楽しめたようで何よりだよ」
「お、何だ?喧嘩振ってんのか?」
「いや、そう言うわけじゃなくて......。僕とかカルマとかを憎むばかりで修学旅行なんて楽しんでないのかな、と」
「あー、まぁ、そう言う奴も中にはいるかもな。「双葉さんと修学旅行の夢が......」なんて言ってる奴は腐るほどいたぞ」
「......」
「まぁ、俺はその可能性がないことを知っているし、去年玉砕したからそのおかげで平気だったが」
「だから僕に話しかけてくれたの?」
「まぁそれもある」
須藤は一年生の頃と比較すると随分と大人になっているように感じる。失恋が彼を強くしたのだろうか。その失恋の関係者だと思うと少しやるせないような、申し訳ないような気持ちがないわけではないのだが、しかしそれでもこうして話しかけてきてくれたのは純粋に嬉しかった。
「カルマが起きてたら話せないもんな」
「あいつの力どうなってんだか」
ふっと須藤が笑う。翔もつられて笑った。
「それにしても安心したように眠ってんな。白雪姫みたい」
「須藤の口から白雪姫なんてワードが出てくるとは」
「俺だって昔からこうだったわけじゃない」
「まぁ、確かにそう言われてみると白雪姫みたいだね」
「俺じゃ無理だっただろうな」
「僕だって不安だよ、桜花の隣にちゃんと立てているのかなって」
「大丈夫だろ。ちゃんと立てているからこそ、周りがヤジを飛ばすんだよ。ま、今のお前の言葉を双葉さんが聞けばそんなことは考えるな、って言いそうだけどな」
「桜花のことはよく知ってるんだね」
「伊達に好きだったわけじゃないからな。......そろそろ戻るわ。俺も寝ることにする」
「うん、駅に着いたら起きるんだよ」
「お前は俺の母親か」
「あはは......。おやすみ」
「おう」
須藤が去っていくのと同時に桜花がのそりと行動を開始し始めた。
なんと言う運の悪い須藤、と思ったが、いまさら呼び戻すのもどうかと思うし、桜花だって寝起きを他人に見られたくはないはずだし、何ならそれは翔が見せたくないので、呼ぶことはしなかった。
「どうした?まだ寝てていいよ」
「今、誰かと話していませんでしたか?」
「......気のせいだよ」
「そう、ですか」
桜花はもぞもぞと動き、翔の膝を枕にして、猫のように丸くなって再び寝る体制に入った。
奇しくも翔がしてあげたいと望んだ形になったわけだが、須藤もいなくなった今、翔はただぼーっと外を眺めるしかなかった。
手で桜花の頭を優しく撫でながら、目的地に着くまでひたすらに時間を潰す。その体内時間の経過するスピードはどこか休日の桜花と過ごす時間と同じように感じる。普段、桜花が翔にこうして甘えてくることは少ないが、今日はその少ない特別な日が来たのであろう。
翔は後でぼさぼさの髪の毛になってしまい、軽く桜花に拗ねられることになろうとはこの時はまだ全く思ってもいなかったのであった。
他人行儀になった幼馴染美少女と何故か一緒に住むことになった件〜アフターストーリー〜 孔明丞相 @senkoku
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