第19話「温泉プール」
「はぁ、極楽、極楽」
「感想がおじいちゃんじゃん」
「蛍もさっき言ってただろ」
「言ってませーん」
相変わらずわちゃわちゃと遊んでいるカルマと蛍は放っておくとして、翔はプールにここまで温泉に近い温度のものがあるとは思ってもいなかったので、入った時にはとても驚いた。
カルマが温泉だというのにも頷ける。カルマが一体どうやってここがあるという情報を仕入れたのかは聞かないでおくが、どうせ邪な気持ちだろうということは想像に難くない。
「気持ちいですね、思わず眠ってしまいそうですよ」
「結構温度高いからな。僕も気をつけて見ているけど、寝ないようにしなよ?新幹線でならたっぷり寝られるから」
「わかっていますよ。水着を着て温泉に入るなんて、不思議な気分......」
ここを温泉と割り切るのか、それともプールだとするのかによって感じ方が変わるのではないだろうか。
もしもここを温泉とするならば桜花のいったように水着とはいえ何かを身につけて浸かっているというのは少し違和感がある。混浴風呂というのは水着必須の場所もあるらしいが日本ではそちらの方が珍しいのではないだろうか。
逆に、プールだとするならば、この温度がおかしい。それにどことなく、身体を動かそうという気持ちをはぎ取っていくのはプールらしくはない。しかし水着を着ているのでとりあえずプールなのかな、温水プールの設定間違えているのかな、とギリギリ思えるか思えないかだろう。
「蛍と一緒に風呂に入る日が来るなんてなぁ」
「これお風呂じゃないし、プールだし」
「この温度はプールではないです」
「敬語やめろぉ!」
カルマの頬に人差し指を突き刺した蛍はカルマがにまにましているのを見て、その手を汚そうに湯につけた。
(おい......)
あの二人の距離感がこの修学旅行を経て少し変わった気がするのは翔だけだろうか。翔はカルマ達に気づかれないように桜花の近くにより、
「あの二人って何かあったのか?」
と尋ねた。桜花はその翔の問いに知らないのですか、と瞳を丸くさせた。なるほど、何かあったのだろう。
「知らないのですか?」
「だいたい察するけど......知らないな」
「気付くものなのですね、知らなくても」
「気づかないものなのか?いっつも一緒にいると流石に今日は雰囲気がおかしいなってことぐらいはわかるよ」
「私もですか?」
「まぁ、桜花が完全にそれを隠そうとしたら僕程度の観察眼じゃわからないと思うけど、桜花が隠さなかったらわかるよ」
「私は翔くんのちょっとした違いに気づけていますか?」
「う〜ん、僕自体がそれに気づいていないことがよくあるからなぁ。それに気づいたら桜花に甘えているような気もするし」
翔が正直に答えると、桜花は少し嬉しそうな声色で「そうですか」と返してくる。いつもは聞かないようなことを聞いてくるな、と思うがそれはきっとカルマ達の影響なのだろうと思うことにした。
翔は桜花に気づいたら甘えてしまっていることは本当によくある。入試によく出ますよ、とポイントづけられている問題よりもよくある。だから、そのことについて実は桜花が迷惑に思っているのではないか、と少しだけ不安に感じていたのだが、今の質問からはそのような感じはなく、むしろ嬉しそうだったのでそのままでいいということなのだろうか。
桜花と一緒にいる時間はもう一年を超えているというのに、いまだにわからないことがあるというのがむず痒い。
これが恋愛なのか、と悟りを開きかけていると、ぎゅっと手を握られた。
「翔くんは飾らない方が素敵なので、私の前では自然体でいてくださいね?」
「う、うん」
そう言ってにこり、と微笑む桜花は今日一番で可愛かった。水の中で握った手は水流のおかげなのか陸上とは違い、ぎゅっと接触しているように感じた。華奢で小さな手を傷つけてしまわないように気をつけながら、翔は自分の力をわからない程度に込めた。
「お、なんだ何だ?翔が照れてるぞ、これは桜花さん案件」
「え、カルマくん!桜花ちゃんも照れてる時は何案件?」
「それはな......!!現在進行形でいちゃついている案件だ!!」
「う、うるさいっ!!」
こういう時だけ息ぴったりな二人。翔は思わず叫ぶ。
「うるさいだけか?否定はしないのか?ということは俺の見立ては当たりだな?やーい、いちゃついてやんの〜」
「私達のことをあれだけ言っておいて実はやることやってる翔くんが一番......」
「おい、その先は言うんじゃない」
「そ、そうですよ!翔くんではなく、私が手を繋いだので......あ」
「あ」
自爆である。
完全に桜花の自爆である。
ここまで華麗な自爆だと返って返答が難しいのか、カルマも蛍もすっかり黙ってしまった。
翔もやってしまったと天を仰ぐしかなかった。
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