第18話「御機嫌麗しく」
「怖かったぁ」
「そうですか?私は楽しいという思いの方が強かったです」
「もう一度乗ろうって誘ったら?」
「喜んでご一緒しますけど」
翔が思い描いていたよりもずっと怖かったウォータースライダーが桜花はどうやらお気に召したようで、瞳を少年のようにキラキラと輝かせていた。チラリとカルマ達の方を向くと、いつも通り、カルマが蛍にぎゃんぎゃんと説教を受けていた。カルマはまた何をやらかしたのやら。
「お〜い、大丈夫か?」
「ねぇ聞いてよ、カルマくんが私の横腹くすぐってきたの!!」
「いや、待て誤解だ!思ったよりも怖くて掴んだところが偶然脇腹だっただけで」
両者の意見が食い違う。とはいえ、それはいつものことといえばいつものことなので、特に疑問にも思うことなく、ただ単にどちらかが勘違いをしているのだろうと思う。
それでも着地点を決めて、お互いを仲直りさせてやらなければずっとこの喧嘩が続いてしまいそうな気もするので、翔は解決に乗り出すことにした。
「どちらもごめんなさいでいいんじゃないか?」
「誤ったままで謝るのは違う気がするぞ」
「シャレか?」
「シャレじゃない」
韻を踏んでいるように見せかけただけだったか。
ただでさえ、水着という布面積が小さい状態だったのだ。お互いに触れてしまうことだってあるだろう。自分も桜花に気づかず触れてしまっていたのではないか、と少し不安になり、桜花を見るも、大丈夫ですよ、と微笑まれたので、そこは安心して良さそうだ。
ビキニを着て来るのが悪い、という気もするし、そもそもそんなことならウォータースライダーに乗らなければよかったのに、と思わずにはいられないが、それはもう過去のことであり取り返しのつかないことである。
今は、この状況をどう治めるべきかに重点を置くべきだろう。
「蛍はカルマに触られて嫌だったのか?」
「翔くんは結構言いにくいことを聞いてくるね......。まぁ嫌ではないけど触れない、っていう約束してたから」
「違うって!!悪戯する目的で触れないってだけだろ」
カルマが一気に不利になったのを感じたのか、慌てて自分の弁護に入る。悪戯に関してはもはやするのもしないのも当人達の責任であり、それを深く聞くと砂糖が生成されてしまうような気がするので、深くは問わないが、桜花が少し、呆れている様子でカルマを見ているので早々に終わらせたい。
「......そもそも乗ろうと言い出したのはどっちだ?」
「それは、俺だけど」
「ギルティ」
「何で?」
「だってこれ以上お互いの言い分を言い合ったって何の解決にもならないだろう?だったらその原因であるウォータースライダーに誘ったカルマが謝罪するしかないじゃないか」
「でもなぁ......」
「それと、これは内密な話なんだが、誘ってごめんなさいといえば逆に「そんなこと言わないで、私の方こそごめん」となるのが日本人であり、女性の性質だ。......あとはわかるな?」
「お、おう」
途端にやる気になったカルマ。本当に単純なやつである。翔が言ったのは勿論、完全な嘘というわけではない。日本人が謝りやすい人種だということはみんなが知っている事実である。しかし、蛍がそこに当てはまるかと言われると正直微妙なところである。
翔がカルマに色々と吹き込んでいると、同時に蛍も桜花によって何やら仕込まれたようで、お互いがむすっとした表情のまま向かい合ってその距離を詰めていく。
「「ごめん!」」
「え?」
「え?」
完全なシンクロ状態だったので、翔も桜花も堪らず笑ってしまった。どうやら桜花も翔と同じことを考えていたらしい。カルマと蛍もやがて、くすくすと笑い始めて、先程の怪しげな雰囲気はどこへやら、いつもよりも甘ったるい雰囲気で満たされていく。
「桜花も同じこと考えていたんだな」
「翔くんもだとは思いませんでした。でもこれで仲直りできたのですからよかったですよ」
「そうだな。いつもより密着している気がするし」
「あれは......公共の場で見せてもいいのでしょうか。色々と引っかかるような気がします」
「まぁ、放っておこう。僕達は関係なってことで」
「そうですね」
翔と桜花は少し薄情かもしれないが、少し離れたところでカルマ達が監視員に注意されているところを眺めていた。仲直りのキスというのは聞いたことがあるが、それが濃厚なものだとは誰が想像したであろうか。監視員もびっくりでどんな表情をしていいのか分からず、サングラスをかけたり、のけたりしていた。
「もうそろそろ終わりだな」
「そうですね。あとは新幹線に乗ってゆらゆらと帰るだけですからね」
「水に入ったからなぁ、寝そう」
「私が寝かしつけてあげましょうか?」
「......どうやって」
「翔くんの望む形でいいですよ。何かご希望はありますか?」
そんな桜花の要望にすぐさま応えられるほど、翔は自分の心に素直にはなれない。しかもどうせしてもらうのならば、もっと人の目がないような家とかがいい。
「翔ぅ〜!!あっ、そんなところにいたのか。温泉行くぞ」
「はっ?温泉?」
「いや、厳密にはプールなんだけど、水着のまま入る42℃ぐらいのプール」
「そこに入ってどうするんだよ?」
「え、彼女と温泉に入っている感覚を味わうんだよ」
当たり前だろ、とばかりに言われてしまっては翔も呆れるしかない。
「桜花、行こうか」
「......は、はい」
「ん?桜花ちゃん照れてない?何かあったのか」
「何もねぇよ」
まさか、一糸も纏わずに一緒に風呂に入ったことがあるなどと言えるわけがない。桜花も思い出さないで欲しい。
翔はどうにかカルマにバレませんように、と心の中で手を合わせた。
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