第17話「ウォータースライダー」
「お、あれ乗ろうぜ」
カルマが誘ってきたのはプールの目玉というべきウォータースライダーだった。しかもそこには「ペア乗り可」と大々的にアプローチしていた。カルマが言いたいことはもう何となくわかっているのだが、あえてわからないふりをしながら話を続けることにした。翔が何となくわかるのはカルマと同様に自分が男性であるからと言うことと、カルマの考えが何となく予想がつくからだ。
「ウォータースライダー?カルマくんも男の子だねぇ」
「蛍は一緒に乗らないのか?」
「カルマくんがどうして持って言うなら乗ってあげなくもないけど」
「どうしても」
「仕方ないなぁ。一回だけだよ?」
蛍はカルマの思惑をあまりよくわかっていない気がする。カルマが狙っているのは蛍との接触である。いつもは服が大部分を覆っているが、今の水着姿に関しては本当に大事な部分しか隠されていない。それはカルマも全く同じではあるのだが、本人はそこをあまり気にしてはいないようだった。蛍はすっかりウォータースライダーの気分なのか、ふんふんと鼻歌を歌いながら、カルマの手を引いて、ずんずんと乗り場に向かってしまった。
「ありゃりゃ......。カルマ達は行ったか」
「行ってしまいましたね」
「僕達はどうしようか」
「......どうしましょうか」
翔が決定権を譲ると曖昧な返事を返してくる桜花。その言葉だけでは乗りたいのか乗りたくないのかがよくわからない。翔としては一緒に乗りたい、と言う気持ちの方が強いのだが、桜花に「桜花と引っ付けるから乗りたい」と思われたくはないので、こちらから誘えないのだ。
一方、桜花としても、翔がそう思っていることは知らないが、ひっつくことになると言うことは何となく察していた。それゆえに、自分から切り出してしまっては「翔と引っ付きたい」と思われるのではないか、と考えてしまっていたのでお互いがどっちつかずな返答を返していた。
「......乗るか?」
やがて、痺れを切らした翔がボソリ、と呟いて桜花を誘う。これ以上引き伸ばすとカルマ達にまで余計な詮索をされかねないと考えた結果であった。桜花はその翔の提案に、少し間を空けてから、恥ずかしそうに俯き、
「はい」
と縮こまりそうなほどの声で返した。
そこまで行くと、翔も何となく桜花が自分と同じようなことを考えていたんだな、と気づく。それがあまりにも可愛らしく、翔はくすっと笑みを堪えきれずにこぼしてしまう。
「な、何ですか」
「いや、可愛いな、と思って」
「揶揄わないでくださいよ。......ほら、はやく連れて行ってください」
「はいはい。......お手を拝借」
翔はおずおずと差し出された細い桜花の手を優しく握り、導くようにして歩き出した。
どきどきと変な緊張が翔を襲ってくる。きっと桜花が翔にもわかるほどに動揺して、緊張しているからだろう。
緊張は伝達して、人から人へと移る。翔もまた桜花の緊張を握っている手から受け取っているのかもしれない。
「お〜、翔。遅かったな。便所か?」
「あー。ま、そんなとこ」
「ペアでする場合はどっちかが抱きしめる形で滑らなきゃいけないらしいから早々に決めといた方がいいぞ」
「カルマ達は......?」
「絶賛口論中だ。俺は後ろで蛍を抱きしめながら滑りたいのに、蛍が私が後ろってきかないんだよ」
「だってカルマくん変なことしそうなんだもん!!」
「おい、誤解を招く言い方はやめてもらおうかっ?!」
もうそれならば一人ずつ滑ればいいのではないのか、と少しだけ思ってしまった。二人で乗りたいと言う気持ちもわかるが、どちらともが後ろがいいと言うのなら、それはもう潔く諦めて一人で滑った方が楽しめるのではないだろうか、と翔は考えた。実際に自分がその問題に直面した場合にその提案ができるかと言われれば難しいところだが、他人の場合だとそのまま口に出してしまいそうで怖い。
翔はこのままカルマと話しているとつい口走ってしまいそうだったので、カルマとも会話を打ち切って謳歌と話すことにした。
「あっちはあっちで大変だな」
「今年初めてのプールですし、少しはしゃぎたいのかもしれませんね」
「桜花もはしゃぎたいのか?」
「私は......そうですね。少しだけはしゃぎたいかもしれません」
「どっちに乗る?前か、後ろか」
「むむむ......。悩みどころですね」
桜花は悩み始めて話してくれなくなった。前に乗るか、後ろに乗るかで楽しみ方はそれぞれ変わってくるのだろう。あくまでも予想に過ぎないが、前の方に乗ると、後ろから支えられているという絶対的な安心感があるがゆえに少しだけスリルとは無縁になるだろうが、その分滑りを楽しむということに重きをおけば楽しくなるかもしれない。
後ろの方に乗ると、まずは自分の足元にちょこんと座ったパートナーという構図を得られる。これは他の何よりもポイントが高い。それにいたずらもしようと思えばできる。あとで怒られるのは確実だろうが、つい手が滑って、脇腹を突いてしまったり、耳に息を吹きかけてみたりすることができる。
まぁ、それを蛍は嫌って、後ろがいい、と言っているのだろう。
「翔くんはどちらがいいですか?」
「僕は後ろの方がいいかな。......あ、別に他意はないよ」
「他意とは何ですか?」
「あー、いや......」
やましいことを考えていましたなどと言えるはずがない。言ってしまえば乗る前にやめます、となるかもしれない。
「はぁ......。理由は知りたいですが、どうしても教えてくれそうにないので諦めます。でも、後ろから悪戯をしてきたら許しませんからね」
「き、肝に銘じます」
「よろしい」
内心でホッとしている自分と悪戯を封じられて少し残念な気分になっている自分がいた。
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