第16話「プール」


 京都まで来て、どうしてプールなのか、と疑問に思う人も多いだろう。しかし、それを実行しなければならない使命が翔を含めた男子高校生にはあった。年頃の彼らはどうしても見たいのである。


 女子達の水着姿を。


 翔の学校ではマンモス高校であるためか、水泳の授業は行われていない。そのため水泳の授業中に鼻の下を伸ばして女子達から引かれるという青春の一ページを刻めていないのだ。ここで男子達は話し合った。いかにして女子に疑問を抱かせず、また賛同を得て、修学旅行にプールという項目を加えるのか、を。


 結局、生徒会長が同じ志を宿した同志だったためにこの案は半ば強引に承認へと持っていったのだが、もしも生徒会長は女性だったのならば否決されていただろう。


「俺達のもぎ取った勝利だ!楽しんでいくぞ!!」

「「おー!!」」


 男子更衣室では一人の男子生徒が全裸の状態で音頭を取り、それに合わせてほとんどの男子が雄叫びをあげる。

 翔はそこまで欲望に忠実にはどうしてもなれなかったので、やれやれと肩を竦めて颯爽と着替える。トランクスタイプの水着なので翔は特に何も気にすることなく着替える。中には水泳選手なのか、と疑うほどにピッチピチの水着を履いているやつもいた。


「翔とお揃いみたいになったな」

「男子の大抵がそうだろ」

「須藤ぐらいなもんか」

「かもな」


 会話をしながら、更衣室を出て、楽園へと向かう。

 そこはまさに夢の国だった。最近京都にできたという大型娯楽施設。規模が桁違いだ。

 翔が男心を揺さぶられていると、カルマが肘で突いてくる。

 何だよ、と翔がカルマの向いている方角と同じ方向を向くと、そこには絶世の美女が二人で並んで立っていた。そして翔が最も愛している方の美少女が待ち構えていたかのようにひらひらと手を振っている。


 翔が恥ずかしいやら、本当に翔に向かって振っているのか懐疑的になってしまい、ついきょろきょろと辺りを見回してしまうがそのどこにも対象はいなさそうなので翔に振っているといことで間違いはないだろう。


「めっちゃ可愛いな」

「......僕達の彼女だよ」

「やばい、鼻血でそう」

「出たら即刻退場らしいからな。気をつけた方がいいよ」

「蛍のためにも気をつけることにする」

「カルマ自身の願いのためにもな」

「俺が可愛い子ちゃんの水着姿をこの目に焼き付けるまでくたばるとでも?......というかそれより、そろそろ手、振り返してあげた方がいいんじゃね?」


 翔は慌てて桜花に手を振り返した。その寸前、桜花の表情がどうして返してくれないのか、というような少し悲しそうなものだったので、振り返して笑顔になった時は何故だか翔まで嬉しくなった。


 翔とカルマは桜花達に近づいた。どこでも一緒だな、というような視線をビシビシと感じるが、カルマ達はどこ吹く風、とばかりに知らんぷりで相手にしていない。翔としてもこのメンツ以外では話してくる人も自分から話せる人もいないのでどうしようもない。


「朝食時以来だね〜。二人ともよく似合ってるじゃん」

「男の水着を褒められてもなぁ。桜花さんも蛍もよく似合ってるよ」

「うん、よく似合ってる。可愛い」

「あ、ありがとうございます」


 桜花の水着は淡い水色の所謂「ビキニ」と呼ばれるものでおへそが丸出しのかなり際どい水着である。蛍も淡いピンクのビキニなので恥ずかしさが薄れているのか特に恥じらった様子はなく、平然としている。注目を集めるのも今更なので、ビキニについてはあまり深くは考えていないのかもしれない。


 しかし、知識のない翔にとってはビキニと下着の明確な差がよくわからない。水に耐久ができるのがビキニで日常生活で身につけるのが下着なのだろうか。服の形状にあまり違いが見受けられない以上、そこら辺から解釈して行くしかない。きっとその思考を桜花や蛍が聞けば「全然違う」と怒られてしまいそうだが、翔にとっては下着と同じほど露出度が高く、直視しづらいのだ。


 翔はプールに入る気がなかったので、白色の上着を着ていたのだが、それを徐に脱いだかと思うと、桜花にひらりとかけた。


「あの......これは?」

「ははぁん。初心だな」


 カルマがぼそりと翔にだけ聞こえるように呟く。

 翔がどうして桜花に上着を被せたのかを分かっているらしい。蛍は「え、何?」と一人置いていかれたようだが、これをいちいち説明してやるような優しさは持ち合わせていない。


「桜花の水着、すっごく可愛いけど......他の人にあんまり見せたくないから」

「......翔くんは独占欲が強いのですね」

「かもしれない。折角選んでくれたのに、ごめん」

「いいですよ。翔くんのそういう一面も見られたことですし。私は元からプールに入って元気に遊ぼうとは思っていませんでしたから」

「あれ?そうなのか?」

「そうですよ。プールに入った後の髪の毛のケアは大変なので」


 あぁ、それで髪を括っているのか、と納得する。きっと蛍に押し負けてプールに入ってしまうことになっても髪の毛だけは傷めないように髪をあげているのだ。

 蛍は桜花の本音を聞いて少し寂しそうな顔をしていたが、その瞬間にカルマが蛍を抱き上げるとプールの中に飛び込んだ。

 水飛沫が飛んできて、翔達は咄嗟に距離を取る。


「び、びっくりしたぁ〜。やるなら、やるって言ってよ!!」

「ごめんごめん。やった」

「それは過去形ぃ〜!!」


 驚異的な力を持っているカルマなので、蛍に身の危険がないということはなんとなく分かってはいたもののそれでも陽気な声を聞くと一安心だ。

 カルマなりに蛍に元気になって欲しかったのだろう。桜花の代わりは務まらないことは分かっているが、それでも精一杯自分と遊べば何もしないよりはマシだろう、と。


「僕達はどうしようか」

「蛍さん達が帰ってくるまでは何か食べて待ちましょうか」

「そうするか」


 流れるプールで蛍達が帰ってくるまではたこ焼きを買って時間を潰すことにした。もちろん、そこで熱々ながらも食べさせあいっこをして楽しんだ。

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