第15話「朝食」


 赤面するようなハプニングはあったものの、何とか人目を掻い潜って翔はカルマと蛍は桜花と合流することができた。


「昨晩はお楽しみだったのか?」


 翔はカルマが疲れたような、それでいてとても満足げな表情をしていたので尋ねてみたのだが、それが思いの外にカルマにとっては衝撃的だったらしく、思い切り目を丸くさせて、翔を見つめてくる。


「な、何だよ」

「翔が朝から下ネタをいうなんて......」

「僕は楽しんだのかどうかを聞いただけで下ネタを言ったつもりはない。カルマの顔色がよく分からなかったから訊いただけだ」

「いろいろ遊んだからなぁ。......あ、因みにだがそういういかがわしい事はしてないぞ」

「聞いてないって」


 朝からこんな話をするのも修学旅行の醍醐味というやつだろう。普段の親との会話や桜花との会話にはまずありえない。

 翔はカルマと座席を確保して座った。和風の宿だからといって和食が出る、というわけではないらしく、朝食はバイキング形式になっていた。自分達が好きなものを好きなだけとって食べるという学生にはもってこいの形式である。


 ダメな典型として目前のカルマがあげられる。

 好きなものばかりを選んできたカルマは茶色のものばかりだった。唐揚げ、焼きそば、お好み焼き。どれも翔にとっては朝から食べるには少々重いメニューなのだが、カルマは全然平気のようだ。

 しかしその一方で野菜が皆無である。育ち盛りの男子高校生において腹の足しにもならない野菜を食べるよりも肉を食べたいという気持ちは翔もわかるのだが、それはそれとして人間は栄養のバランスが整った食事をしなければいつかは倒れてしまう。下手をすれば死んでしまう。

 バイキングひとつで大袈裟かもしれないが、そういう積み重ねが大きな病気を引き起こしてしまうのだ。


「カルマくんはやっぱり茶色いものだらけだ」

「おはよう、蛍」

「翔くん、おはよう。......あれ?何だか疲れた顔をしてるね」

「そうかな」

「さっきの桜花ちゃんは嬉しそうな顔をしてたけど。昨晩はお二人でお楽しみだったのかな」

「蛍達とそう変わらないよ」


 蛍が視線で「一緒に食べよ?この席いい?」と尋ねてくるので翔はカルマに視線を送ってから椅子を引いた。ありがとうございます、と礼を言いながら桜花が翔の引いた椅子に座り、それを見ていたカルマが慌てて蛍が座るであろう椅子を引いた。


「こういうところが翔くんは紳士だよね」

「そうかな。これが普通だと思うけど」


 少なくとも修斗は梓に自分で椅子を引かせるという真似をさせたことはないと思う。それにこういう些細な気遣いというのはするのがマナーというわけではなく、そうしてあげると喜んでくれるから、と教えられているので翔はいつの間にかそれが染み付いていたのだ。


 ただのマナーだと教えられるよりも他人に喜ばれるからと言われる方が何倍もやる気になる。それが大切にしたい人ならば尚更で、はにかんだように笑みを浮かべる桜花はやはり、美しかった。


「だってさ、カルマくん」

「俺も翔みたいに自然にできるようにならないと、な」

「そんな大袈裟な......」

「大袈裟ではありませんよ。エスコートされて喜ばない女の子はいませんから」


 桜花と蛍は顔を見合わせて「ね〜」と言い合う。実際には蛍が一人で言っただけではあるが、桜花も蛍に合わせて笑っていた。


「今日はどこに行くか決まってるの?」

「いや、昨日みたいな自由探索はないよ。でも代わりにクラスとして移動するらしい」

「何だそれ、つまらんな」

「まぁまぁ、とっておきの場所にも行くらしいし」

「とっておきの場所、ですか?』

「そうそう。......あ」


 翔は口を滑らせてしまった、と慌てて口を塞ぐ。しかし、出てしまったものはもう元には戻らない。桜花は翔の動作から何かしらある、と踏んだのか、何ですか、と深く追求してくる。


「プールだよ」


 翔は観念したようにぽつり、とそう零した。

 プールが何故、とっておきになるのかを桜花達、女性陣が知っているわけがない。翔は言い方を間違えたのだ。それにいち早く気がついたカルマが何か口を挟もうとするも、蛍に睨まれ、何にもできなくなっていた。


「プールの何がとっておきなのでしょう」

「桜花、後にしないか?ここは......その食事の場でもあるわけで、あまり良くないと思う」

「食事中ではダメなことがとっておきなのですか?」

「......人によるかもしれない」

「言ってはくれないのですか?」

「朝の桜花の話と同様に話せないことだ」


 翔がそういうと、その含みのある言い方に反応した一組のカップルが目を光らせた。もちろん、その対象は桜花である。桜花は翔を攻めていたのが一転、急に不利になり、わたわたと焦ったように翔に助けを求めた。


「翔くん!その話はダメだと......」

「翔、詳しく聞かせろ」

「桜花ちゃん、後で、ね?」

「カルマにそれだけの話のネタがあるのなら、教えてあげないこともないけど」

「翔くん?!」

「それだけのネタ、ねぇ」

「なかなか難しいだろ。残念ながら諦めな」


 男子のエゴの塊であったプールが認められたのは今でも謎である。

 京都に来てまでどうしてプールなのかとは思うが、男子にとってはこれが水着姿を拝めるチャンスなのである。

 翔も実はひっそりと楽しみにしていたのでこの場を乗り切ることができて内心とてもホッとしていた。

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