妖刀葉桜——新たなる覚醒

蜜柑桜

伝説は紡がれ、新たなる歴史を作る

 自分の声が他の誰かのもののように鼓膜を震わせる。

 驚愕と恐れに固まった馴染みの顔に悲痛な末路を確信した、その刹那。


 闇夜の稲妻よりも強烈な桜色の一閃が、ヤーブスの視界を縦断した。


 目を焼くが如く強い光は瞬きの間も与えぬうちに手裏剣を貫き、鋼片すら見せることなく跡形もなくそれを消す。

 電光と同じく即座に失われた輝きの向こうには、無傷のユースが地面にへたり込んでいた。そばにエローナが駆け寄り、庇うように前に立つ。


「ちょっと……どういうこと?」


 頭上から、独り言とも思えるほど微かな、ハルカの驚嘆が落ちてくる。

 ヤーブスは知らずのうちに瓦礫の間へ膝をついており、つい数秒前に自分と揉み合ったハルカの爪が肩に食い込んでいた。


「あれだけ不遜にも御託を並べておいて、お前は知らなかったのか」


 先の喧騒を疑わせる不気味な静寂が、冷えた声音に破られる。


「妖刀葉桜が妖刀と言われる所以は、葉桜が持ち主と意思を交わすため——かつて郷を統括したくノ一が葉桜を御せたのは、彼女らの意思が葉桜と共鳴し、刀が彼女たちを認めたからだ」


 謎の女は顎をしゃくってヤーブスがひざまずく先を示した。いつの間にかヤーブスの手から離れた葉桜は、淡い桜色の光に縁取られて宙空低く浮いている。


「葉桜と陽炎の因縁に囚われた我々は二者をある程度操る秘技を郷で叩き込まれるが、それ以外、妖刀に認められぬ者はそもそも葉桜を直に持つことすら難しい。その真価を発揮するなど論外だが、刀の妖術なしであれを握り、物理的に思うまま動かすなど至難の技だ。女、だからお前もこの警察と手を重ねることでしか葉桜に介入できなかったのだろう?」


 ハルカの爪に力が入り、ヤーブスの制服の皺をさらに深くする。激痛に悶えると、葉桜を纏う光がヤーブスの呻きに呼応してわずかに揺らめいた。


「まずその男は葉桜で命を落としたというのに本人の『意志』が残っている——これは葉桜に飲まれぬ信念があったということ——これを一要因とするなら、妖刀を握れたということが第二要因だ。妖刀を握り、人間。いつどこに生まれるかはわからないが、さもなければ葉桜の方から我々人間をはねのける」

「それはつまり、このポリスを葉桜が認めたってわけ?」

「それはまだわからん」


 ジャリ、という背後からの音にヤーブスがなんとか首を動かすと、葉桜の一歩先に黒装束の男が立っていた。浮遊する葉桜を視界から外さぬまま、いつでも次の一手が出せる姿勢だ。


「葉桜は気紛れだ。そのポリスが認められるかどうかは決まっていない。だが側にあり続け、葉桜と心通わせることになればただの一市民であるその者の不幸になるだけだ——かつて葉桜と一体となったくノ一と、亡き彼女を継がんとして結果、陽炎に邪念を宿した男のように」


 力だけを欲して、利よりも害の方が大きい妖刀をわざわざ外の者が得ようとするだろうか——男は語った。詳しい事情は知らないが、思うもののためになら理性に反する行動を取るというその理屈は、ポリスとしての経験からヤーブスの耳に実にすんなりと入ってきた。


 ——だとすれば、いまそこにあるあの刀から自分の脳内に響き渡った声たちは。


 愛憎と、慟哭と、葛藤と、執念と、そして悲恋と。


 そしていま、妖刀はヤーブスの願いを聞き入れ、ユースを救った。

 もしそうならば、意思を持ち意思を継ぐ美しき桜花は、ここで禍々しい謀略に利用されてはならない。ハルカに渡してはならない。ヤーブスの中にあるポリスとしての信念が、失いそうになる意識の中で光を灯した。


 まだ冷えた朝露を陽光に輝かせたかの国の桜。壮麗に咲き誇り燦然と舞い散る様子は写真や映像でしか見たことがないが、その厳粛なる姿形を思わせる刀は、いまや妖刀と呼ぶのが憚られるほどに美しくヤーブスの目に映る。

 自分とこの刀が互いに引き合わせられたのは、これを復讐や陰謀に使わせぬようにと言う天命なのではないか。



 ヤーブスは痛みを増す肩をハルカから解放しようと身じろぎし、葉桜へ指先を伸ばした。するとふと、この一両日の記憶の断片が頭をよぎる。


 ——俺の頭にこいつが落ちてきてから、この葉桜かたなを握れた人間は、俺だけじゃない——



 はっとしてヤーブスが目を見開いたのと、瓦礫の山の上から耳慣れた声がしたのとが同時だった。


「何やってんだよヤーブス。その刀、昨日大事にしとけよって言ったばっかじゃねぇか。せっかくお前が持ってられるように検体にも回さず遺失物預かりにもならんようにしたってのに」


 瓦解した雑居ビルの屋上フェンスを下敷きにして座り、こちらを見下ろしていたのは、昨日会ったポリスの同僚、へミュオンだった。


 ——続いちゃってください——




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