第20話 新たなる門出
……目の前は、真っ暗だ。どこだ、ここは?
退艦命令を出して、旗艦を移す話をしていた記憶はあるが、そういえばそこからどうなったのか……まるで記憶がない。だが、私の胴体に何かがしがみついているのを感じる。私は、すぐ下に目を移す。
船外服姿の人物が、私の胴回りにがっしりとしがみついている。だが、反応がない。私はその人物のヘルメットを叩いてみた。
ムクッと顔を起こすその人物。ヘルメット越しに見える顔で、それが誰かを悟った。ウルスラ兵曹長だ。
周りを見る。そこは、宇宙空間の真っ只中だ。よく見れば、少し離れたところに燃え上がる船体が見える。真っ二つに割れているが、間違いない、あれは戦艦デ・ロイテルだ。
ウルスラ殿は、何か必死になって話しかけてくる。が、宇宙空間では、言葉が伝わらない。そこで私は彼女のヘルメット脇にある無線スイッチを押す。
『……ですよ!どうしますか!?私達、どうなっちゃうんですかぁ!ちょっと!聞いてます!?』
どうやら、パニックに陥っているようだ。私は応える。
「大丈夫だ。この服から救難信号が出ている。いずれ誰かが拾ってくれるはずだ。だから……」
『いや、その前に酸素が尽きたらどうするんです!?このまま私、死んじゃうんですか!?まだやりたいことがいっぱいあるのに……』
ダメだ。完全に取り乱している。私は、ウルスラ殿に話しかける。
「なあ、ウルスラ兵曹長。」
『な、何ですか!?』
「そういえばさっき、帰ったらどうしようって言ってたっけ?」
この事態に、妙な話を振るものだと訝しげな表情で見つめるウルスラ殿。だが、すぐに応える。
『……4番街にある、ロークヲルストのお店に行きましょうって、言ったんですよ!もう忘れたんですかぁ!?』
「あ、ああ、そうだったな。だけどほら、旗艦があの通りじゃ、今度は長い休暇が取れそうだ。だから、もっと遠くにでも行ってみないか?」
『休憩って……何でこんな時に……』
ウルスラのやつ、不機嫌そうな顔を向ける。右も左も、星空と燃えるデ・ロイテル以外には何も見当たらないこの漆黒の空間で、何を能天気なことを言うのかと。
だが、こういう時はむしろ、現実逃避が一番だ。この現実を見つめたところで、何もできない。ならばいっそ、妄想した方がいい。
そんな私の態度を見て、ウルスラ殿も少し落ち着いたようだ。私に、こんなことを言い出す。
『そ、そうですね、長い休暇が取れるなら、どこか遠くに行くんじゃなくて、やりたいことがあります。』
「そうなのか、で、何がやりたいんだ?」
『それは……』
私にしがみついたまま、何やらモジモジとし始めた。なんだ、やりたいことがあるんじゃないのか?なぜ、即答しない?
だが、急に私の顔をキッと見つめて、ウルスラ殿はこう言い出す。
『ええい!もう死んじゃうかもしれないんだし、言っちゃいます、私のやりたいこと!』
「……ああ、伺おうか。」
『私、生き残ったらすぐに、結婚したいです!』
一瞬、ヘルメットの中が、ピンと凍りついたように感じる。
「あの……誰と?」
『決まってるじゃないですか!あなたです!ランメルト様と、ですよ!』
「はぁ!?」
いきなり、求婚された。こんな宇宙の真っ只中で。私は応える。
「いや、だけどさ、まだ付き合って5ヶ月で、しかも最近は忙しくてなかなか……」
『いいんですよ、期間なんて!私がやりたいって思ったんだから、いいんです!それに、こうやって宇宙に放り出されたというのに、こうして離れることなく一緒にいられたってことは、やっぱり私達、一緒になる運命だってことじゃないですかぁ!だからやっぱり、結婚したい!』
「いや、だがウルスラ殿、そういう大事なことはもう少し冷静になってだな……」
『したいしたいしたいしたいしたい結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚っ!』
こちらの意思など、お構いなしだな。かえってパニックになってしまった。私は応える。
「分かった!分かったから!それじゃあ、結婚しよう!戻ったらすぐに、宇宙港のすぐそばのホテルを予約して、それから衣装合わせしてから、ええと……」
『じゃあ、招待客はどうしましょうか!?やっぱり、デ・ロイテルと7310号艦の乗員全員呼ばなきゃダメですよね!?』
「ちょっと待て。全部で370人だぞ!?そんな大きな会場、あのホテルにあったか!?」
『なければ、宇宙港の滑走路でも集まればいいんですよ!となれば早速、帰りましょう!』
「いや帰るって、どうやって帰るんだ!?」
『えっ!?だってほら、お迎え、来てますよ。』
妙なことをいうやつだ……お迎えって、こんな宇宙の真っ只中に……と、考えた直後、私はゾッとする。
ウルスラの言うお迎えとは、まさか……いや、私はまだ、生きているはずだぞ。しかし考えてみれば私とウルスラが、戦艦デ・ロイテル内の爆発に巻き込まれて、一緒にいること自体が奇跡すぎる。やはり私とウルスラは、すでに死んでいるのか?そしてウルスラは、死出の旅路の迎えが来たと、そう言っているのだろうか……?
……にしては、心臓がドキドキしてるのを感じるなぁ……と思ったその時、無線から別の声が聞こえて来る。
『あー……駆逐艦7310号艦より、取り込み中のお二人へ。』
……なんだこの声、どこかで聞き覚えがあるぞ?しかし、どこから……私はふと、後ろを見る。
すぐそばに、直径10メルティの大きな穴が見えた。その周囲には、灰色の船体。ああ、間違いない。これは駆逐艦だ。
『これより人型重機にて、貴官らを回収する。その場にて、待機せよ。』
そしてこの声の主は、フォルクハルト大佐だ。間違いない。私は応える。
「了解。私、ランメルト准将、およびウルスラ兵曹長は、現地点にて待機する。」
『7310号艦よりランメルト准将、これより救出作戦に移行する。ああ、それと……』
フォルクハルト大佐の言葉が、急に途切れる。通信が切れたか?だが、すぐにそれは復帰する。
『……370人の式場なら、戦艦クルフュルトにある。どのみちこれから補給のため、戦艦クルフュルトに向かうことになるから、そのまま全員集結し、すぐに式を挙げるのは如何だろうか?』
『おめでとう、ウルスラ!』
『ランメルト准将、おめでとう!』
フォルクハルト大佐の提案と共に、オリーヴィア少尉、そしてダーフィット大将の声と思われる祝福の言葉が、立て続けに飛び込んできた。私とウルスラ殿は、返す言葉が見つからない。
さっきの話、どの辺りから聞かれていたのだろうか?まさか、この艦の艦橋にいる全員に聞かれていたのではあるまいな?
迫り来る人型重機、命は助かったが、別の意味での危機が迫るのを感じる。ああ、私はこのまま、アーレウス星系のデブリとして過ごした方が幸せじゃないだろうか?恥ずかしさで高鳴る鼓動が、ヘルメットを揺さぶっている。それは、ウルスラ兵曹長も同じようで、船外服越しにも彼女の高鳴る心拍が伝わってくる……
◇◇◇
「大胆よねぇ。」
私のそばで、オリーヴィア少尉が呟く。
「大胆かどうかはともかく、2人が発見できてよかった。少尉のアイデアが、功を奏したな。」
オリーヴィア少尉が担当している指向性短距離レーダー、この高感度受信機を使って、乗員が出す微弱電波を捉えてはどうかと少尉が言い出した。それを実行した結果、偶然にも宇宙空間を彷徨っているランメルト准将とウルスラ兵曹長を見つけることができた。
「だけど、びっくりよねぇ。あの二人の電波を受信した途端、いきなりウルスラが求婚してるところを受信しちゃったのよ。こんな救出劇、聞いたことないわよ。」
「おい、オリーヴィア少尉、まだ任務中だぞ。貴官はちょっと、緩んでいないか?それと、あまりその件で2人をからかうな。おそらくは、気にしているはずだぞ。」
「了解しました。それではオリーヴィア少尉、他に彷徨っている乗員がいないか、探索を続けます。」
そのまま颯爽と、自席に戻る少尉。だが、何かを思い出したかのように、こちらに戻ってくる。
「司令、一つ言い忘れたことがございます。」
「……なんだ?」
「はっ、実は……」
するとオリーヴィア少尉は、私のそばに顔を寄せて、耳打ちするようにこう告げる。
「……私への求婚は、いつしてくれるのかしら?」
そして少尉は、しゃあしゃあと自席に向かって歩いていく。この一言で、私は凍りついた。
まったく、なんてやつだ。こんな時に、尋ねることか?
さて、後日談になるが、結局、式の参列者は370人とはならなかった。デ・ロイテルの乗員270名の内、生存者は154名。このため参列者は両艦合わせた254名と、ダーフィット大将を加えた255名だった。
デ・ロイテルの乗員の多くが亡くなった。にも関わらず、いや、犠牲が多かったからこそ、この
そして私は、その救出劇の5日後に行われたランメルト、ウルスラの結婚式の式場で、無線を無断で傍受した罪滅ぼしとして、皆の前でオリーヴィア少尉に求婚させられる羽目となる。
(完)
遠征艦隊とパルテノーべ宇宙軍との勘違い戦 ディープタイピング @deeptype
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