第19話 アーレウス星域遭遇戦

「パルテノーベ艦隊より入電!『我、敵艦隊を発見せり!数、およそ100!直ちに、救援を乞う!』以上です!」


急に我が7310号艦の艦橋内が騒がしくなった。私は確認する。


「敵艦隊の位置は!?」

「はっ!データリンクによれば、我が艦隊より38万キロの距離!」


その位置が、第1モニターに映し出される。それは、第7惑星の発する放射エネルギーによって電波干渉領域の只中だった。

なんてやつらだ、あんなところを隠れ蓑にして、地球アース1000に接近しようとしていたのか?


「よし、我々も一斉に指向性レーダーを放て!」

「ですが司令、指向性とはいえ、あまりレーダーを照射すると、こちらの位置を知られることになりかねません。」

「構わん!こちらがすでに奴らを捕捉したと、嫌でも分からせるんだ!」

「了解!指向性レーダー、一斉照射します!」


我々の艦隊には、10隻に指向性短距離レーダーが搭載されている。この10隻から、一斉にそのレーダー波が放たれる。

一斉放射のおかげで、こちらも連盟艦隊を捉えた。総数は100。通常レーダーの効きにくい領域のど真ん中で、息を潜めていやがった。

だが、こちらが執拗に短距離レーダーを照射し続けたおかげで、あちらもこちらの存在に気付く。これを受けて、敵艦隊が動く。

100隻ということは、こちらと同数だ。横陣形にて対峙し、遅滞戦闘に持ち込めば、いずれ奴らを撤退に追い込むことができるだろう。


「敵艦隊、動きます!こちらに向かって進撃中!」

「来たか……戦闘準備!警報発令!」


艦内にサイレン音が鳴り響く。私はマイクを持ち、艦内放送で呼びかける。


「達する!フォルクハルト大佐だ!敵艦隊、急速接近中!これより迎撃態勢に入る!戦闘準備、急げ!」


麾下の艦艇にも、直ちに戦闘準備に入るよう伝達する。距離はすでに34万キロにまで迫る。


「総員、戦闘配置!」


すでに敵艦隊との会敵まで3分の位置だ。私の各艦への指示が伝達される。

と、そこに、ある人物が現れる。


「敵は今、どのあたりだ?」


そう語るのは、たまたま我が艦に視察のために乗艦した、ダーフィット大将閣下だ。


「はっ!現在、34万キロ!会敵まで、あと3分です!」

「そうか……」


閣下は、モニターに映された陣形図をじっと眺めている。


「ところで、我がパルテノーベ艦隊はどこにいるか?」

「ちょうどこの位置です。敵艦隊後方、約25万キロ。」

「そうか、敵艦隊の後方か。我々の艦隊とこの艦隊のちょうど間に、敵がいるのか……」


しばらく考え込んでいたダーフィット大将は、私にこんなことを言い出す。


「フォルクハルト司令、こちらの艦隊の右翼を前方に突き出し、陣形を射線陣にしてもらえないか?」


突然のこの申し出に、私は反論する。


「閣下、射線陣などにすれば、我が艦隊右翼に対して敵の攻撃が集中します!」

「そうだ、だがその時敵は、どうなると思うか?」

「当然、突出する我が艦隊右翼に対して艦を移動し、集中攻撃に移るのではないか、と。」

「その通り、それが狙いだ。」


名将と言われた人物らしいが、いまいちこの指示に腹落ちしていない。


「あの、閣下、そんな陣形を取れば、我々の方が不利になりませんか!?」

「大丈夫だ。後方に、我がパルテノーベ艦隊がいる。彼らにこう、打電するんだ。」

「打電?なんという文言を、送信するのですか?」

「それはだな……」


私はそれを聞いて仰天する。本当にそんなことを、自身の艦隊にさせるというのか?


「閣下!これでは、我々はともかく、パルテノーベ艦隊が危険に晒されるのではありませんか!?」

「そうだ。だが、このままぶつかれば、むしろこちらの被害は無視できなくなる。ランメルト准将ならば、上手くやるだろう。だから構わない。」


この大将閣下の一言で、私はダーフィット大将の提案したこの作戦に乗ることに決めた。


◇◇◇


「そうか、ダーフィット大将閣下が……」


私は、地球アース391艦隊からの通信を聞いて呟く。数の上では、我が艦隊は多い。が、これはかなり危険な作戦だ。


「全艦に伝達!これより我が艦隊は敵の後方に回り込み、地球アース391艦隊との共同作戦に移る。」


すでにパルテノーベ艦隊は全艦で電波封鎖を行い、重力子エンジンも落としている。通信は、レーザー光を用いた光通信で行っている。これは電波の逆探知や重力子探知により、我が艦隊の位置を知られないためだ。このため、我が艦は全域で無重力状態となる。


「戦闘準備!総員、船外服を着用せよ!」


敵艦隊との戦闘が迫る中、私は船外服を着る。正面のモニターには、フォルクハルト大佐率いる地球アース391艦隊100隻が、射線陣を敷いて前進しているのが見える。


地球アース391艦隊は25隻づつ4隊に分かれ、艦隊右翼がもっとも前方に飛び出し、左に行くにつれて後方に距離をおいた陣形を取る。まさに射線陣だ。

だから当然、右側の集団から発砲が始まる。


「両艦隊、砲撃戦を開始しました!」


青白い光の筋が飛び交っているのが、肉眼でも分かる。私は下令する。


「敵艦隊左翼後方に回り込む!プラズマ推進、全開!」


艦内に、急加速によるGがかかる。座席に押し付けられる。以前なら当たり前だったこの状況も、長らく慣性制御に慣れた身体には少し堪える。


すでに地球アース391艦隊は、第2隊目までが砲撃を開始し始めた。だが、この歪な陣形、敵艦隊から見れば左翼前方から順に砲撃戦が始まる。これを見た敵艦隊は、こちらの思惑通りに動き始める。


左側から戦闘が始まれば、右側にいる敵艦艇は徐々に左側へと移動する。地球アース391艦隊左翼側が追いつく前に、右翼側を叩いて各個撃破しようと考えるのは当然だ。だから、知らず知らずに敵艦隊は左に偏った陣形にシフトしていく。

だが、これこそが我々の狙いだった。私はこの機を逃さない。


「全砲門開け!左砲戦、用意!目標、敵艦隊、左翼後方!」


戦艦デ・ロイテルの8基の砲塔が、一斉に回転する。他の艦艇も、左側に砲塔を回転させている。

距離は25万キルメルティ。ギリギリ、中型砲の射程内である。無論、我々の艦隊の砲火の威力はない。が、敵の後ろを捉えている。ならば、勝機は十分にある。


「敵艦の後部噴出口を集中攻撃!全艦、砲撃開始!」


私は攻撃命令を出す。ついに我々の砲火が、初めて連盟艦隊に届く。ガガーンという砲撃音と共に、青白い光の筋が一斉に敵艦隊に向けて放たれた。

地球アース391の駆逐艦に搭載されている大型砲には敵わないが、駆逐艦という船は、前方の守りのみに特化した構造のため、後方噴出口付近をバリアで守ることができない。

その敵の後方を、我々の中型砲が捉える。

直後、敵艦隊のいる場所で幾つもの光が見えた。光ったということは、着弾した証拠だ。こちら方向には、バリアは効かないはず。あの光の分だけ、敵にダメージを与えたはずだ。観測員が、初弾の戦況を報告する。


「弾着視認!敵艦隊、12隻に命中!」


戦艦には16門、巡洋艦には8門の砲があるが、171隻、全部で1496門の一斉砲撃、しかも不意打ちだというのに、命中が12とは……思ったよりも少ないな。あまりに命中率が悪い。とはいえ、100隻の敵艦のうち、12隻を行動不能に陥れたことになる。


「効力射!砲撃を続行、撃って撃って撃ちまくれっ!」


こうなったらもう、数で勝負だ。命中率が低かろうと、ゼロではない。撃った数だけ、敵もそれだけ沈む。ならば躊躇うことなく、撃ち続けることだ。戦いは、数だ。


だが、すぐに状況が一転する。観測員のこの一言で、我々の間に緊張が走る。


「敵艦10隻、回頭!」


後方を狙い撃ちされては、敵も黙ってはいない。射線陣が仇となり、フォルクハルト大佐の艦隊はまだ、半分しか砲撃を始めていない。敵が余力をこちらに向けてくるのは、当然だろう。やはり回頭してきたか……私は叫ぶ。


「回避運動!バリア展開!総員、艦橋付近に集結せよ!」


もはや砲撃どころではない。こっちが撃たれる番だ。そうなると、この艦隊の脆弱さが露呈する。


彼らの攻撃は、前方につけられた大型砲一門による砲撃。一方こちらは、回転砲塔による側面を向けての一斉砲撃。このため、攻撃時の暴露面積が全然違う。側面を向けた我々の方が、はるかに大きい。

バリアシステムはつけたものの、あれが防げるのはせいぜい直径100メルティ程度。750メルティもあるこの巨艦の側面の大半をカバーできない。艦橋周辺を守るのが精一杯だ。

防御の脆弱さが、我が艦隊最大の欠点だ。


敵の砲撃が、我が艦隊に襲いかかる。回避運動をしつつ、バリアを展開する。だが運悪く、我が艦に一撃、命中してしまう。

ギギギッというバリア駆動音が鳴り響く。が、同時に、後方からドーンという爆発音も聞こえてきた。艦が、大きく揺れる。


「機関部被弾!第2、第3機関、沈黙!」

「続いて第1、第5機関も緊急停止スクラム!推進力、大幅低下!」


小さすぎるバリアが、直撃を防ぎきれなかったようだ。後部を中心に、被害が広がる。

だが、当たった場所が悪かった。よりにもよって、機関部とは……これでは、回避運動もできない。砲撃も不可能だ。私は、決断する。


「退艦命令!総員、直ちに離艦!急げ!」


私の言葉に、艦橋内はすぐに反応する。扉に殺到し、艦橋のすぐ下にあるシャトルに向かう。


「退艦命令ーっ!総員、離艦せよーっ!」


大声でマイクに叫ぶ副官。私は立ち上がり、そばにいる士官の1人に尋ねる。


「近くにいる戦艦は!?」

「はっ!戦艦エーンドラヒトがいます!」

「では、旗艦をエーンドラヒトに移譲する。脱出後、すぐに……」


と、その時、開きっぱなしの扉の向こうから、1人が飛び込んできた。

ウルスラ兵曹長だ。悲壮な表情で、私の元に飛び込んでくる。おい、ウルスラ、こっちに来るんじゃない、脱出用シャトルは逆だ。こいつ、どこに向かって……

だが次の瞬間、爆発音と共に、赤い火炎が襲いかかる。私はウルスラ兵曹長もろとも、吹き飛ばされてしまう……


◇◇◇


「戦艦デ・ロイテル、被弾!」


一瞬、艦内が凍りつく。


「どうなった!消滅か!?」

「いえ、バリアにより辛うじて艦橋部分は健在の模様!ランメルト提督により退艦命令が出されたようです!」


ヒヤッとしたが、まだ希望はある。私は、全艦に下令する。


「中央、左翼、全速で突撃せよ!乱れた敵陣に、砲火を浴びせるんだ!」


パルテノーべ艦隊の砲撃で、敵は大きく乱れる。12隻が後部を撃たれて行動不能となり、10隻が回頭してこちらに後部を向けている。おまけに、我々の右翼側に偏った、妙な陣形をとったままだ。

そこにまだ砲撃の始まっていない中央と左翼の艦艇を突出させる。後部を向けた10隻をまず、狙い撃ちする。内、7隻がすぐに沈んだ。


敵艦隊は陣形を再び横陣形に戻して反撃を試みるものの、一度乱れた陣形の修復は容易ではない。混乱したまま砲撃を続けるが、我々は混乱の大きい領域に砲火を集中させて、さらに混乱を助長する。

突出して集中砲火を受け、防戦一方だった我が艦隊右翼も、ようやく攻勢に転じることができる。ビームを好き放題浴びせてきた敵艦隊に、その鬱憤を返し始めた。

そしてついに、我々の猛攻に耐えられなくなってきたようだ。急速に離脱を開始する敵艦隊。


「敵艦隊、後退していきます!」


だが、後方にいるパルテノーベ艦隊が、撤退し始めた連盟艦隊めがけて再び砲撃を開始する。しかし、その砲撃に統率感はない。バラバラな砲撃だ。やはりまだ、司令部は復旧していないようだ。敵艦隊はそのまま、第7惑星のレーダー不感領域の奥に突っ込み、そのまま消えていった。


「敵艦隊、レーダー圏外に逃亡。どうします、追撃されますか?」


士官の1人が、私に尋ねる。


「いや、やめておこう。それよりも、パルテノーベ艦隊との合流を目指す。被弾した艦の乗員のことも気になる。」


私は敵を追わず、パルテノーベ艦隊との合流のため、前進を始めた。


今回の遭遇戦で、我が艦隊は一隻の被弾もない。一方の敵艦隊は、機関部被弾が12隻、撃沈が11。我々の一方的勝利だ。

ただしその分、パルテノーベ艦隊が被害を受ける。戦艦が1隻、巡洋艦が2隻、撃沈された。


勝利の喜びなど、感じている状況ではない。私はパルテノーベ艦隊のいる宙域に、直行を命じた。

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