第18話 新生パルテノーベ艦隊

彼らがやってきて、すでに5ヶ月が経った。


あっと言う間の5ヶ月だが、その間に我々を取り巻く環境は、大きく変わる。


まず我々は地球アース391から、重力子エンジンや高エネルギー砲の技術供与とともに、駆逐艦そのものを10隻、受領する。たった10隻とはいえ、乗員の教育用にはまず十分な数だ。我々は早速、この10隻を活用して彼らの技術を習得し始める。

これは元々、彼らとの最初の接触時の連盟軍10隻との遭遇戦の際に、私が要求した駆逐艦一隻の要求に対する彼らの回答でもあった。期待以上の見返りに、ダーフィット大将も満足のようだ。


今から4ヶ月前には、コルビエール連合国とパルテノーベ共和国の間に終戦協定が結ばれた。当然だが、同じ惑星上の国同士で戦争などしている場合ではない。宇宙統一連合に属することに決めた我々は、連盟からの侵略に備えなくてはならない。

続いて、既存の艦艇の改造が行われる。戦艦と巡洋艦にはそれぞれ、機関と武装がそれぞれ換装された。

戦艦デ・ロイテルの6基ある機関の内、2基に彼らの核融合炉と重力子エンジンが搭載される。たったそれだけだが、推力が格段に上がる。また、この艦の16門の武装もすべて高エネルギービーム砲に換装される。

もっとも、彼らの駆逐艦の持つ10メルティ口径の大型砲には敵わない。海賊への対処がせいぜいだ。しかし、すぐにはあの駆逐艦は揃えられない。だから、既存の戦闘艦を活かす他ないのが現状だ。ちなみに我々の持っていた駆逐艦、航空母艦、輸送船は全て民間船として改造されて使われることとなっている。


結局、武装と機関を改造された戦艦16隻と巡洋艦155隻をかき集めて、新しいパルテノーベ艦隊が結成される。駆逐艦隊が揃うまでの暫定艦隊、だがそれは、我々の現在における守りの要だ。

その艦隊司令官として、私が就任した。


「准将閣下、現在、アーレウス星域に向けて、順調に行程を消化中。」

「ご苦労。各艦より、何か報告は?」

「はっ、どの艦からも、周囲に異常は認められず、とのことです。」

「そうか、分かった。」


171隻の我が艦隊は現在、パトロール任務のためアーレウス星域へと向かっている。まもなく、冥府星軌道を抜けて、ワームホール帯に入る。


「レーダーに感!ワームホール帯付近!艦影多数!数、およそ120!」


と、そこに緊迫したレーダー手の声が響く。


「なんだ、地球アース391艦隊か!?」

「いえ、それにしては大きさが不揃いですね……識別装置IFF信号受信、コルビエール艦隊です。」


一瞬、緊張が走ったが、コルビエール艦隊と聞いて安堵する。今や彼らは、我々の同志だ。我々と同様に、彼らも戦艦と巡洋艦を改造した艦隊を結成している。


「コルビエール艦隊より入電!『貴艦隊の航海の無事を祈念する。宛て、パルテノーベ艦隊司令、ランメルト准将。発、コルビエール艦隊司令、エミリアン少将。』以上です!」

「そうか、では返信を送れ。祈念に感謝する。我が艦隊はこれより、アーレウス星域にて貴艦隊の役目を引き継ぎ……」


パトロール任務を終えて帰投する途中のコルビエール艦隊に返電を送る。我々の前方、約300万キルメルティ先を、地球アース1000に向かうコルビエール艦隊と入れ変わるように、我々はアーレウス星域に繋がるワームホール帯に向かっている。


と、ガチャッと奥の扉が開く。扉の向こうには縦穴の通路があり、そこから1人の女性兵士が現れる。


「ヨイショッと……イタッ!」


扉を抜けた途端、その兵士はいきなり床に叩きつけられる。何をしているんだ、まったく。私はその乗員に向かって叫ぶ。


「おい、ウルスラ兵曹長、これで何度目だ。そこからは重力領域だと、そろそろ学習したらどうなんだ?」


顔を摩りながら立ち上がるその乗員は、私に応える。


「えへへ、またやっちゃいましたねぇ。」


重力子エンジンを搭載した我が艦にも、慣性制御が搭載された。だが、この艦は元々、無重力を前提として作られた艦だ。エレベーターはなく、無重力移動前提の縦穴通路や天井釣りの機体格納機など、重力下では不都合な場所が多い。このため重力がある場所は、艦橋や居住区などに限定されている。

だが、ウルスラ兵曹長のやつ、その境界を忘れて、しょっちゅう転んでいる。特にこの艦橋入り口は、ウルスラ兵曹長のズッコケスポットとして艦内乗員の間でよく知られている。


「なんだ、また転んでいるのか。ドジなやつだなぁ。」

「ドジとは失礼な物言いですねぇ!せめておっちょこちょいと言って下さい!」


わりとどうでもいい議論を、バート少佐と繰り広げるウルスラ兵曹長。おっちょこちょいもドジも、大して変わらないと思うのだが。


ところで、ウルスラ兵曹長にはこの5ヶ月間、この戦艦デ・ロイテルに勤務してもらっている。

改造が決まった時から、慣性制御や重力子エンジン、新エネルギー砲の補給部品に関する知識を持った人材の必要性が生じていた。そこでこの戦艦デ・ロイテルには、ウルスラ殿に担ってもらうこととなる。

元々、彼女は駆逐艦の主計科所属だ。だから当然、この辺りの知識は豊富だ。実際、この艦の換装部位の保守は、ウルスラ兵曹長が担っている。


この艦も、外観はともかく、中身は大きく変わった。まず、雷撃用ミサイル搭載量を大幅に減らした。距離30万キルメルティ離れて撃ち合う今の戦闘で、ミサイルなどほとんど役に立たない。それ以外にも、航空機の搭載も減らす。今は機雷もほとんど載せていない。

このため、兵員が大幅に減ることになる。それまで550人いた乗員が、今は270人まで減った。およそ半分だ。

その代わりに、慣性制御装置の搭載や食堂、重力下の居住区創設などを行った。このため、戦艦デ・ロイテルの居住性は大幅に向上した。


それにしても、このところ忙しい。おかげでこの5ヶ月間、まったく彼女との進展がない。時々、一緒に過ごすことはあるものの、すぐにパトロール任務がやってきて、慌ただしく宇宙に出かける。地上にいる時間も短く、おかげでウルスラ殿と過ごす時間も短い。


「あ、そうだ、ランメルト様。」

「なんだ?」

「このパトロールが終わったら、またデールフットの4番街にあるロークヲルストのお店に行きましょう!」

「そうだな、そういえばあの店にはしばらく、行っていないしな。」

「でしょう!?だから今度はじっくりと……あ、また左機関室の重力子エンジンが……ちょっと、行ってきまーす!」


ウルスラ殿のスマホに、何か連絡が来たようだ。大急ぎで艦橋を出て、再び縦穴を降りていくウルスラ兵曹長。

この通り、忙しくてすれ違いが多い。気にはしているのだが、我々の軍部が、地球アース391の連中にばかり頼っていられないと、頻繁にパトロール任務を入れてくる。まったく、今は動かせる艦隊が一つしかないのだから、あまり大勢で口を出さないで欲しいものだ。


「ワームホール帯まで、あと3分!」

「よし、全艦に伝達、ワープ準備!空間ドライブ、起動せよ!」

「了解、全艦に伝達、ワープ準備!空間ドライブ起動!」


そうこうしているうちに、ワームホール帯が迫ってきた。ワープ準備に入る我が艦隊。艦橋内に高鳴る機関音。そしてその3分後、ワームホール帯に突入する。


真っ暗なワープ空間を抜けると、目の前に青白い星が見えてくる。あれは、アーレウス星だ。つい半年前までは、3.7光年も離れたこんなところを行き来することになるとは、夢にも思わなかった。

あと1千万年もすると、燃え尽きて大爆発を起こすとされているアーレウス星。その時生じる衝撃波はいずれ3.7光年離れている地球アース1000まで到達し、大気を丸裸にするであろうと言われている。が、それはまだ、1千万年も先の話だ。


この星は、ワームホール帯が多く存在する。大きな星やブラックホール、白色矮星や中性子星のある領域には、ワームホール帯が多数存在すると言う。それが近隣の星にあるワームホール帯とつながり、我々はそれを辿って他の星に行く。地球アース391の艦隊も、そのいくつものワームホールの道を辿ってここにたどり着いたという。

つい半年前までは、そんな方法で超光速航行が可能になるなどという知見は存在しなかった。我々は、ごく狭い領域の星系で争っていたのだ。私の常識も、この5ヶ月の間で随分と書き換わったものだ。


「閣下!通信です、地球アース391、第72小艦隊司令、フォルクハルト大佐からです!」

「なんだ、やつも今、この宙域にいるのか……ああ、いや、なんでもない、読んでみろ。」

「はっ!現在、我が艦隊周辺1200万キロ以内に異常は認められず!警戒を厳にしつつ、パトロールされたし!以上です!」


そういえばフォルクハルト艦長は、先遣隊の100隻を任されたまま今に至る。結局、あの先遣隊はそのまま地球アース1000防衛小隊を兼務することとなり、我が星の防衛のため、我が軍司令部の元で働かされている。

しかし、ひどい話だ。100隻の司令官だと言うのに、未だに階級は大佐のまま。本来ならば、准将以上が妥当な職務だというのに、あちらの軍部のだらしない対応のおかげで、大佐という身分のまま艦隊を率いる羽目に陥っている。

やつも、苦労しているのだろうな……ここに来た時も、無能な上官のおかげで、我々との接触コンタクトに時間をかけてしまったと言っていた。そして今も、身分不相応な任務を押し付けられて、文句も言わずに着任している。

身分といえば、ウルスラ兵曹長もそうだ。なぜ、これほどの仕事をこなしてくれる人物が、兵曹長なのか?少尉でも足りないくらいだ。こちらの昇進要請も、いい加減通して欲しいものだ。さもなければ、彼女の働きに報いることができない。


「周辺域に、敵影なし。進路そのまま。」


忙しいとはいうものの、幸いなことに敵は出てこない。これで敵と遭遇しようものなら、この程度では済まなくなるだろう。今回の任務も、平穏無事に済んで欲しいものだ。


「そういえば、そろそろここの第7惑星のそばを通過するな。」

「はっ、そうですね。第7惑星が近いです。」

「第7惑星からの放射エネルギーに、警戒せよ。」


このアーレウス星には、全部で13もの惑星が存在する。その7番目の惑星は、巨大ガス惑星だ。我々の星域にある水海星よりも遥かに大きな惑星。もう少しガス物質を取り込んでいたら、この星系で第2の恒星になっていたはずの惑星だ。

太陽になりかけた星というだけあって、放射エネルギーが大きい。そのエネルギーのおかげで、本体を構成するガスを大量に撒き散らしている。このため、各種レーダー、センサー類が大きく影響を受ける。おまけに重力の大きな星、取り込まれたら、戦艦デ・ロイテルの機関では脱出は不可能。接近しすぎるのは危険な星だ。


モニターを見ると、その第7惑星の影響が出始めている。まるで水海星の電波錯乱ガスをばらまいたかのように、レーダー不感領域が見える。


「困ったものだな……一応、あの不感領域に何もないことを確認しておこうか。」

「そうですね、閣下。」


私は、レーダー担当に確認する。その担当も、いつものように指向性レーダーの起動スイッチを押す。


これも、我が艦を改造の際に搭載した特殊レーダーだ。高い分解能のおかげで、数メルティ単位の物体を識別することができる。第7惑星のあのレーダー干渉にも強いレーダーだが、索敵範囲がせいぜい100万キルメルティ以内と、短距離なのが難点だ。


「ではレーダー、照射します!」


担当は叫ぶ。私は、正面モニターに目を移す。レーダー担当が、照射ボタンを押した。

すぐさま、反応が返ってくる。


「レーダーに感!距離、17万キルメルティ!駆逐艦サイズ!数、およそ100!」


予想だにしないものが引っ掛かった。それを受けて、私は叫ぶ。


「光学観測だ!急げ!」


大型の望遠鏡のようなものが、艦橋のすぐ外で動く。こちらもすぐさま、返答が来る。


「艦影視認!艦色……赤褐色!連盟艦隊100隻と判明!」


何気なく探索した場所から、思わぬものを捉えてしまった。レーダー不感領域に隠れた敵艦隊を、我々は偶然、発見する。


「フォルクハルト司令に打電!我、敵艦隊を発見せり!数、およそ100!直ちに、救援を乞う!」

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