第17話 地球1000へ
「両舷前進微速!」
戦艦での3日間は、あっという間だった。ダーフィット大将とランメルト中佐は毎日、我々の軍事の基本を聞かされていたようだが、私はただ、彼らを連れてくることが主任務だ。
一応、司令部での勤務もあるが、すでに駆逐艦艦長となったため、さほどやるべきことはない。私がやるべきことは、この星の軍人を無事この戦艦まで送り届けることだった。
これをもって、先遣隊の役割は終わる。私もいよいよ、いち駆逐艦の艦長として平凡な軍人生活を送る……
はずだったのだが、どういうわけか我が先遣隊に、新たな任務が与えられた。
それは、
戦艦クルフュルト上ではもう一つ、重要な話し合いが行われていた。ディートリヒ交渉官と、こちらのパルテノーベ政府高官がまさに艦内のホテル・フォルケンブルグの会議室にて、同盟締結の最後の話し合いが行われた。その彼らと交渉官を、
この任務には、
だからなのだろうか、妙に不機嫌な顔をしている。艦橋の大型モニターの前で、難しい顔をして航路図を眺めたまま、微動だにしない。
我が小艦隊100隻は、あと2時間で
それまでに、彼の機嫌は直るのだろうか?
◇◇◇
ああ、なんということか……
あろうことか私は、つい勢いであんなことを……
昨日もウルスラ兵曹長とともに、あの第3階層のソーセージの店に行った。で、ビールを飲んだ。
そのまま酔い覚まし薬を飲まずホテルに戻ってきたのだが、ウルスラ殿が私の部屋に押しかけてきて、昨夜はそのまま……
ああ、なんということだ。酒の勢いに負けるなど、パルテノーベ軍人として実に情け無い限りだ。おかげで今朝から、ウルスラ兵曹長と顔を合わせ辛い。
「ランメルト大佐殿。」
と、突然、私はフォルクハルト艦長に呼ばれる。少し困ったような顔つきで、こちらを見ている。
「……お疲れのようだが、あと1時間半ほどで、
「あ、ああ、問題ない。ところで、貴官に一つ、尋ねたいことがあるのだが。」
「なんです?」
「この船には、シャトルはないのだろうか?」
一瞬、フォルクハルト艦長の顔が歪む。
「……シャトルとは、なんだ?」
「大気圏突入用の乗り物、と言ったほうがいいか。まさか、船ごと突っ込むわけではなかろう。」
「いや、普通、船ごと突っ込むだろう。大気圏に。」
「は!?」
さっきまでのウルスラ殿との一夜のことなど、一気に吹き飛んでしまった。何を言っている。こんな馬鹿でかい船が大気圏に突入しようものなら、制御不能に陥るのではないか?だいたい耐熱シールドもろくについていないというのに、一体どうやって大気との圧縮熱に耐えるというのだ?
「あの、艦長殿、言っている意味がよく分からないのだが……こんな歪な形の船で、大気圏突入時の熱はどうやって防ぐのか?」
「どうやっても何も……バリアを使う。バリアの使用が認められていない民間船なら、重力子と強磁場を組み合わせた耐熱空間シールドなるものを使う。それで船全体を、突入時に発生する圧縮熱によるプラズマから守ることができる。」
そうだった。こいつらは、バリアシステムなるものを持っているのだった。だが、船ごと突っ込んだその先は、どうするのか?
「だがこの船には羽根もないのに、大気中でどうやって飛行するのか?」
「重力子エンジンがあれば、それ自身で浮力を生み出せる。羽根など不要だ。」
これまたあっさりと切り返された。そういえばこいつらは、重力を操ることができる機関を持っているんだった。だがそう言われても私には、どうしてもこの巨艦が大気中を飛ぶ姿が想像できない。しかし私は数時間後に、この非常識な船が空中を飛ぶ姿を目撃するのだろう。
しかし、おかしな話だ。彼らは300光年も先からやってきた異星人。我々よりも、格段に優れた技術を持つ。にもかかわらず、人間自体はまったく変わらない。それを私は昨夜、身をもって思い知らされた。
この1万4千光年の領域内にいる人類の星には、なぜか同じ人間、同じ遺伝子、同じ言語を持つ種族が存在している。信じられないことだが、こうして彼らと接触してみると、私もそれを認めざるを得ない。
彼らと接触してから1週間ほどが経ったが、私の中で毎日、常識が大きく書き換えられていく。
それから1時間半が経過する。目の前には地球、いや、
100隻のうち、突入するのはこの7310号艦だけ。他の艦は衛星軌道上にて待機するという。だが、先ほども聞いた通り、本当にこの艦ごと突入するようだ。
「大気圏突入まで、あと3分!高度300、順調に降下中!」
「両舷減速、赤20《ふたじゅう》!進路そのまま!」
「各種レーダー及びセンサー、大気圏突入モードに移行!」
目の前に、青い星が迫ってくる。大型の隕石並みの船が、徐々に突っ込んでいく。やがて、周りはプラズマに覆われる。
確かに、白いプラズマに囲まれたものの、この艦はびくともしない。それだけではなく、突入時の減速度も感じない。これはあの慣性制御というやつのおかげだろう。窓の外を眺めて直立したまま、私はこの超越技術の塊が大気圏に突入する光景を、目の当たりにしている。やがて、周囲からプラズマ光が消え、うっすらと地上が見える。
「デールフット宇宙港からの誘導電波を受信!」
「了解、電波方向に向けて航行せよ。」
「はっ!了解しました!」
先ほどから加減速度を全く感じないため、地上に向けて落下しているのか飛行しているのか、感じ取ることができない。が、窓の外を見る限りでは、どうやら高度を保ったまま進んでいるようだ。ということは、やはり飛んでいるのか?
およそ空を飛べる形ではない。我が戦艦デ ・ロイテルが大気中に突っ込んだら、減速できずに地上に激突する。いや、その前に突入時の圧縮熱で燃え尽きるのが先か?いずれにせよ、無事では済むまい。
やがて、正面にビル群が見えてきた。ああ、あれは紛れもなくパルテノーベ共和国首都デールフットだ。彼らはそのビル群目掛けて進む。
そしてそのまま、そのビル群の上空を低空で通過する。7式が2機、この艦の脇につくが、あまりの低速に旋回しながらこの艦についてくる。そして、ビル群を超えてその向こうに見える宇宙港に進路をとる。
だが、この宇宙港にはこの船が降りられるようなところはない。あるのは、5本のマスドライバーと、着陸用滑走路が3本。そもそも艦底部が突き出しているこの船が、どうやって着陸するというのか?まさか、そのまま浮きっぱなしというのではあるまいな。
などという心配をよそに、宇宙港へと向かう駆逐艦7310号艦。やがて、宇宙港の滑走路の真上で停止した。
「両舷停止!降下開始!」
「両舷停止!両舷微速下降!ギアダウン!」
航海士の復唱と同時に、徐々に高度を下げる駆逐艦7310号艦。私は、窓の外を見る。
宇宙港中央タワーには、ものすごい数の人々がいる。この未知の宇宙船の着陸を皆、まじまじと眺めているのが分かる。そんな人々の注目を一身に受けて、この艦は悠々と地上へと向かう。
やがて、ズシーンという音と共に降下が止まる。まさか地面に激突したのか?だが、艦橋内は至って冷静だ。
「着底!艦内、各部センサー、異常なし!」
「重力アンカー起動、艦固定よし!」
……何だか知らないが、無事に着陸できたようだ。だが、どうやってこの形の船が、地上に降りたのだ?まるで想像がつかない。
乗員の何人かは残り、私はフォルクハルト艦長と共に艦橋を出る。エレベーター前で待っていると、彼女が現れる。
「あ……」
ウルスラ兵曹長だ。やはり少し、気まずい。互いに目を合わせたまま、言葉が出ない。
「どうした、ウルスラ兵曹長。」
「あ、いえ、何でもありません。」
不可思議な顔で、ウルスラ兵曹長を見るフォルクハルト艦長。仕方ないだろう。私と彼女の間に起きたことを、この男は知らない。
で、私とフォルクハルト艦長、そしてウルスラ兵曹長に、なぜか途中の階から乗り込んできたオリーヴィア少尉とともに、艦底部にある出入り口を目指す。
エレベーターを降りると、ぽっかりと正面が開いている。ハッチが下側に開き、それがそのままスロープとなっていた。そのスロープを、4人で降る。
すでにこちらの交渉官と我が政府高官は降りていて、宇宙港の滑走路横に停められた黒塗りの車に乗り込んでいる。我々もその後ろの送迎車に向かい歩く。
そこで私はふと、後ろを振り向く。
あの歪な艦がどうやって地上に降り立っているのだろうか?振り向くとそこには、答えがあった。
なんのことはない、下部の突起物が地上に接しており、まるで巨大なシーソーのように長い船体を支えている。ブーンという低周波の音を響かせて、駆逐艦7310号艦はそこに停泊していた。いや、地上に接したまま、静止していると表現した方が良いか。
「お待たせしました、大佐殿。」
司令部の一人が、私に敬礼しながら声をかける。私は返礼し、あの2人を車の方に手引きする。
「ではフォルクハルト艦長殿、こちらへ。」
3人を乗せた車は、宇宙港の中央タワーへ向かって走る。時折、あのシーソーのように接地する駆逐艦をチラ見する。宇宙船が、それも我が艦隊の巡洋艦クラスの大きさで、大型の砲を持つあの駆逐艦が今、この宇宙港に鎮座している。宇宙慣れしている我々でさえ、驚きを隠せない。
◇◇◇
宇宙港といっても、我々の知っている宇宙港とは随分と違う。まず、繋留用ドックがない。上空には船ではなく、航空機型のシャトルと呼ばれる機体が滑走路に降りているのが見える。
時折、マスドライバーと呼ばれる長いレールから、そのシャトルが打ち上げられているのが見える。彼らはあれで宇宙に出たのち、宇宙船に移乗する。随分と不便な仕組みだ。
我々はまず、この宇宙港にてこの国のこと、彼らが保有する5つの艦隊について説明を受ける。
この星には、大きな大陸が4つある。そのうちの1つの全土を国土としているのが、このパルテノーベ共和国だ。
一方、別の大陸にはコルビエール連合国と呼ばれる、複数の国家の連合体が存在する。この星系にある6つの惑星のうち、最も内側にあって恒星に近過ぎて人の立ち入れない
パルテノーベ軍は、全部で660隻の艦艇を保有している。内訳は、戦艦16、巡洋艦155、駆逐艦が340、航空母艦52、輸送船97。で、ダーフィット大将率いる第5艦隊が、戦艦3、巡洋艦30、駆逐艦が60、航空母艦10、輸送船17だということだ。
4つの惑星があるからということで、元々はどちらも4つの艦隊を保有していたが、5年ほど前にパルテノーベ軍の軍事的優位を保持するため、この第5艦隊が設立されたという。その初代提督が、ダーフィット大将だという。
すでにこの宇宙で20年以上、大国同士の戦いが継続的に続いている。その代わりにこの地上での争いは行わないことになっている。すでに化石燃料などは枯渇し、地上で争いを続けたところで、さほど得られるものもない。だから戦いの舞台は、宇宙に限定された。そういうことのようだ。
しかし、そんなところに突然、300光年先から1万隻の船を持つ艦隊が押し寄せてきた。それどころか、この宇宙で1千の星が2つの陣営に所属し、200年以上も争いを続けている。その事実は、パルテノーベの人々だけでなく、この星の全ての住人に大きな衝撃を与えているという。
そして、彼らの前にその事実を裏付ける宇宙船が、ようやく姿を現した、ということのようだ。
で、それから我々3人は夜まで接待を受け続け、駆逐艦に戻った頃にはすっかり夜も更けていた。星空を眺めながら、私はオリーヴィア少尉とともに、初めて見る配置の星を眺めながら、宇宙港滑走路の上を歩いている。
「宇宙港だというのに、随分とうるさいところだな。」
夜間だというのに、ひっきりなしに滑走路に降り立つシャトル。それとは逆に、そのすぐ横にある上向きのレールから断続的に打ち出されるシャトル。我々では考えられない光景だ。
「そうね。でも、うちの艦は少し、静かになったわよ。」
「そうか?でも、なぜ?」
「決まってるじゃない、うるさいのが一人、いないからよ。」
「……おい、今気づいたが、ウルスラ兵曹長はどこに行った?」
「さあ、でも今ごろはあの昇進したての作戦幕僚と一緒じゃない?」
「そういえばあの2人、なにかよそよそしかったな。何かあったのか?」
「どうかしら?でも、昨夜は一緒だったみたいよ、あの2人。」
オリーヴィアめ、どうしてそんなことを知っているのか?
「おい、それって……」
「まあ、いいんじゃないの?一応、彼女はあちらの駐在員だし。」
そういえばオリーヴィアのやつ、先ほどの立食パーティーの際に、会場の端でウルスラ兵曹長と何か話していたな。私だけ、蚊帳の外だったというわけだ。
宇宙港の中央タワーのその脇には、空港隣接のホテルがある。ランメルト大佐は今、あそこにいるはずだから、ウルスラ兵曹長も今頃きっと、あそこにいるのだろう。
おそらく我が艦は今、ここにいる人々にいい知れない不安を与え続けているはずだ。見たこともない宇宙船に、巨大な砲。だがそんな星の上で、300光年を超えた人の交流がすでに始まっているのだった。
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