第4話


 レースは終盤に差し掛かった。

 ノブといのちー、半崎高校デスゲーム部師弟の一騎打ち。天祐はいのちーに傾く。最後にいのちーが乗り換えることができた車両は、青いスポーツカーだったのだ。今までの自家用車と加速が違う。


 ゴールまであと2㎞。

 時間を考えると、ゴールまで軍事衛星からのビーム照射はない。

 ノッブとの距離、わずか3m。右への緩いカーブ。ノブがアウト、いのちーがイン


 じわじわと差が詰まる中、いのちーはハープーンガンを構えた。

 狙いはノブのカスタム車のエンジンルーム。

 ギリギリの鼻差の勝負をせずとも、制御を奪いリタイアさせれば勝ちだ。

 狙いを定め、引き金を引こうとしたその時だった、視界の端に、ノブの姿をとらえた。その左手はハンドル、右手には黒い金属の塊―――拳銃だ。

 咄嗟にハープーンガンをノッブに向けた。

 引き金はいのちーが早かったが、弾速はノブの方が早い。

 ノブの放った銃弾はいのちーの手からハープーンガンを奪い、いのちーの放った銛の先端はノブの手から拳銃を弾いた。

 お互い運転操作が狂い、車両が蛇行。

 激しい音共に二つの車両が接触した。

 接触したまま二人の車両は走り続ける。

 ゴールまで1kmを切った。


「ハハハハハハッ!楽しいなあ、いのちーくん!!!」


 いのち―の耳に聞きなれた、よく通る声が届く。

 いのちーは、声を張り上げて言う


「師匠!賭けの事!覚えていますか!?」

「応ともよ!忘れるものかね!」

「確認です!賭けの条件!師匠から誘ったゲームで勝てたら、っての!

 それ!このレースも適応ですよね!?師匠に誘われて参加したレースですので!」

「ああ、もちろん!もちろんだとも!こちらは最初からそのつもりだ!」

「じゃあ勝ちます!」


 いのちーは力強く


「今日こそ、勝ちます!」

「ハ、ハハハ、ハハハハハッ!ハハハハハハハハハハッ!!!」



 ノブが笑う。笑いながら詠う。


 人間ワンコイン

 スコアランクと比ぶれば

 夢幻の如くなり

 一度スタートボタンを押して

 終わらぬゲームのあるべきか



「今の時代!すべての価値の基礎である人の命ですら、ワンコイン程度の価値しかない!

 そんな豊かで豊かで豊かすぎて!全ての価値が塵芥となり果てたこの世界で!価値があるとすればそれは何か!?」


 それは


「人の希みだ!何かしたいという欲求だ!何か得たいという欲求だ!

 楽しみたい!勝ちたい!勝ち得たい!それこそが!このぬるま湯みたいな世界を温める確かな熱だ!」


 だから


「望め!勝ち取れ!与えられるではなく奪い取ってみろ!

 私から奪い取ってみろ!

 そのための悪戦苦闘!難関辛苦!それが!それこそが!まさに意味であり価値だ!!!」


 残り200メートル。

 ついに車両どうしが離れた。

 アクセルを踏みぬき、加速する。

 勝つのはいのちーか、ノブか。

 まさに決着がつこうとするその直前。




















 子連れの猫が




















『第542回、全国デスゲーム部その他対抗!チキチキ首都高猛レース!

 優勝は――――泉谷光一さんです!』

『ヒャッハアアアアアアアッ!見たかウジ虫共おおおおおおおおっ!

 俺がああああっ!チャンプだああああああああ!』

『前人未到の10連覇達成!おめでとうございます!勝利の秘訣はなんでしょうか?』

『決まってんだろおおおおっ!法定速度を守って、ビームに撃たれないように安全に運転することだああああああああああっ!』





「真面目だな」


 戻ってきた会場の片隅で、いのちーはステージ上で行われている表彰式を眺めていた。

 膝の上には猫の親子。

 ゴール手前で、高速道路を横切ろうとしていた親子だ。

 あの瞬間、いのちーとノブはハンドルを切った。

 ノブは落下防止の壁にぶつかり即死。いのちーは中央分離帯に車両が衝突し、その衝撃で高架の外まで投げ出されて落下死。こちらも即死だった。

 後続の車両もゴールを前にしてビームを避けそこなって蒸発したり、事故ったりで次々脱落。

 結局最初にゴールをしたのは、法定速度ギリギリを攻め続けた泉谷だった。

 ちなみに、ネコを保護していのちー達の所に届けたのも泉谷である。


 猫をなでていると、携帯端末にメールの着信があった。

 開いてみると、工学部の鈴木から


『配信、見たよ。すごかったね。よかったら、来年も手伝わせてよ』


「来年も、か」


 どうやら彼女は長期休眠申請は取り下げるつもりらしい。

 鈴木がそうすることに決めたその理由の一端を、自分が担えていると思うと、いのちーは少し誇らしい気持になった。

 なるほど、こんな気持ちになるなら、生き返るたびにチ●コにピアス穴をあけようという気にもなるなあ。

 ステージ上でまたもや脱衣し、しかしキレたゆかたんに局部を蹴り上げられて崩れ落ちる泉谷を眺めていると



「待たせた!猫用のミルク、買ってきたぞ」



 聞きなれた、喧騒にも負けないよく通る声。

 振り婿と、そこに彼女がいた。

 普段の刈り上げ頭は、今は風を緩く孕む艶やかなロングヘア。

 服は普段の男子学生服ではなく、黒を基調としたセーラー服。


「あざっす、しのぶさん」

「君はこの姿の時はいつも本名の方で呼ぶね、いのちーくん」

「まあ、拘りっていうか、気持ちの切りかえ、っていうか、そんな感じで」

「そんなものかね」


 ノブはいのちーの隣に座った。屋台からもらってきた発泡スチロール更にミルクを注ぎ、ネコに与える。

 その際、髪がミルクにつきそうになり


「おっと!―――全く、服はまだしもこの髪が不便だ。

 登録姿形の再登録許可さえ下りればいいのだがなあ

 おっと、あまりあわてるなよ、ネコくん」

 

 さらに顔を突っ込む猫の親子の様子を見て、楽しげに笑うノブ。

 その笑顔に、初めて会った時のノブを思い出し……


「あっ」


 ずっと、忘れていたことを、不意に思い出した。


「なんだね?何か忘れ物かい?」

「いえ、忘れ物っていうか思い出し物っていうか……。

 ほら、なんであんな条件の賭けを言い出したかって奴」

「ああ。思い出したのかね!

 『私から誘ったゲームで1回でも勝てたら、君の子供を産んでやる』

 とかいうとんでもないことを言い出した理由を!」

「厳密に言ってくださいよ。

 俺が言い出したのは『サバイバルゲームで勝利の為に手伝う代わりに、俺の子供を産んでくれ』だったはずです」




 1年前のあの日だ。

 当時、いのちーが住んでいた地方都市。その街中でいのちーとノブと出会った。

 実弾を使った都市でのサバイバルゲーム。

 追い詰められ孤立したノブはいのちーと出会った。

 場所は大通り。泥と血に塗れ、看板の影に身をひそめるノブに、通りかかる人々は誰も見向きもしなかった。

 避けている、のではない。関わり合いにならないようにしている、ではない。

 何かに対し自発的に興味を持つということができないのが、今の満たされ切った人類のデフォルトなのだ。

 だがその中でただ一人、ノブの前に立ち止まった者がいた。

 くせ毛の少年だった。

 他の、流れていく人たちと同じ能面の無表情だったが、目の中に僅かだが意思を感じさせる光があった。


「そこの!そこの少年!ちょっと手を貸してくれ!今ゲームをしているんだ!!」


 咄嗟に、ノブは言っていた。

 現状不利なゲームに勝つために、空いても予想していなかった駒を投入して逆転を狙う。そういう打算も確かにあった。

 だがそれは後付けて、本当はもっと情動的な理由だった。

 今、この目の前の少年の心に、折角灯りかけた火に、意思に、消えて欲しくない。

 そんな思いが、ノブにその言葉を言わせたのだ。


 数秒か、あるいは数分か。

 沈黙の後、後にいのちーと呼ばれるくせ毛の少年は、ノブに向けて


「俺の子供を産んでくれるなら、手伝うよ」


 そんな、とんでもない条件を突きつけたのだ。





                 ◆






「初対面の婦女子に孕ませ申し込みとは、流石の私も驚いたものだよ」


 祭りの夜の喧騒の中、ネコをなでながらノブは苦笑する。


 初めて出会ったあの時、ノブはいのちーの条件に対して交渉を持ちかけた。

 妊娠をすると、死に戻りができなくなる。厳密には、妊娠中に死亡すると登録姿形に戻ることから、妊娠もキャンセルされてしまう。胎児は原則として不死の行政サービスを受けられないのだ。

 これは事実上デスゲーム部を1年近く休まねばならぬということであり、デスゲーム部部長という責任ある立場としては、おいそれと応じられない。

 なので


「今後、私にゲームで勝てたら君の子度をも産んでやる、ということでどうだろう!

 ただし、そちらは負けてもペナルティがないのだから、勝負の方法やタイミングはこちらで決める。つまり、私が誘ったゲームで君が勝てたら、という条件でどうだ?」


 と、提案。それをいのちーは承諾した。

 その後、いのちーとノブの即席コンビの活躍でサバイバルゲームに勝利。いのちーは長期休眠申請を解除し半崎高校へ転入。デスゲーム部に所属し今に至る。


「それで、いったいどうしてあんな素っ頓狂な申し入れをしたんだい?」


 ノブの問いに、いのちーは少し目線を逸らす。


「憧れてたんですよ、両親に」


 彼が目を逸らす時は、おおよそ気まずい時か、照れている時だ。


「ずっと昔。不死化を受ける前、うちの両親は仲が良くて、いつか俺もあんなふうになるのかなあ、って漠然に思ってて。けどまあ社会全体が不死化して、結婚も何も、誰もしなくなって。そんなもんかな、って思って、忘れてたんです。

 けど100年前、両親が長期休眠申請をする時、ちらっと思い出したんですよ」


ああ、俺も結婚して、子供を作って、っていう、そういうのをしてみたい


「そんな風思って、自分だけ申請せずにいたんですが、100年もしたらそんなこと忘れて。

 で、理由も忘れたんだし、自分ももう長期休眠していいや、って思ってた時なんです。

 師匠と、忍さんと会ったのは」


 あの灰色の世界で、彼女だけが生きていた。

 泥にまみれ、汗を流し、血で汚れた彼女が、ひどく熱く、まぶしかった。

 それはかつての両親の思い出に重なった。

 この人と、一緒にいたい。この人と、家庭を持ち、子供を育て、ずっと一緒にいたい。

 そう思ったのだ。


「つまり―――君は私に一目ぼれした、と?」

「……まあ、端的に言えば」

「ふーん。

 ほーん。

 ははーん」

「な、なんですか!いいでしょ別に!」

「いや、まあ、うん。そうだなあ。クックックッ」


 そろえた自身の膝に顔を伏せて、含み笑いをするノブに、いのちーは顔をしかめるが、あきらめる。

 そもそもこの人にはどうあがいても勝てないのだ。

 なれば今更、惚れた弱みという弱点ポイントが追加された所で誤差にすぎない。

 もう火達磨覚悟で、いのちーは話を進める。


「あー、その、それで何ですが。

 思い出したついでに、ちょっと賭けの条件というか内容を変えて欲しいんですけど……」


 ピクリと、顔を伏せたままノブが反応した。含み笑いが止まる。


「内容次第だね」

「いや、『俺の子供を産んでもらう』ってところなんですが……」


 ためらえば、この先が言えなくなる。そう思ったいのちーは一気につづけた。


「―――『俺と結婚してもらう』に変えられませんか?』

「それは……」

「ほら!産んでもらってはいそれで終了、ってのが目的じゃないので。

 まあ、師匠が賭けで作ったとはいえ自分の子供を捨てるとは思いませんが、シングルマザーっていう選択肢を獲ることは十分にあり得るかな、と。

 ですからつまり……」

「条件付けを明確にし、私と確実に結婚できるようにしたい、と」

「……はい」


 喧騒にまみれた沈黙が下りた。

 表彰式は既に終わり、周りは後夜祭モードだ。

 ちらちらと、気まずそうないのちーと、膝に顔をうずめた状態のノブに目を向ける人もいるが、基本は皆がそれぞれ忙しそうに行き来している。


 だめ、なのだろうか?


 子供まではいい。自分の子供だ。このご時世、AI政府のサポートは万全で、一人で育てるのに苦労はない。だが結婚という、ほぼ永続的に一緒にいる関係を結ぶつもりなどはない。

 そういわれるのかと思うと、いのちーの気分は重くなる。


 今からでも、子供を産んで欲しいという賭け丸ごと、取り下げようか。


 そう思った時だった。


「君は―――ホントに馬鹿なのだな。いや、推理力や状況判断力が不足しているというべきか」


 低く冷たい声で、ノブは言う。

 ゆっくりと、鋭い眼光をいのちーに向ける。

 怯むいのちーにノブはにじり寄りながら


「いいかね?

 君と交わした賭けには、その成立に重大な欠陥があることに気付かないかい?」

「え、いや……」

「『私から持ち掛けた勝負に限る』のだ。

 つまり、私が君をゲームに誘わぬ限り、私は負けず、負け分の支払いをしなくていいのだよ」

「……そういう盛り下がることを、師匠はしないかと……」

「さらに、だ!

 最近、君を誘ったゲームを思い出したまえ」


 言われていのち―は考える。

 最近、誘われたゲームといえば


「主にロシアンルーレットみたいな運ゲーか、レトロなコンピューターゲーム、ですかね」

「そう。『一定回数施行すれば1度くらいなら勝てると期待できる』の運ゲーと、君の得意なレトロ系のコンピューターゲームだ!」


 いつの間にか、いのちーの目の前に、ノブの顔がある。

 わずか10㎝足らず。吐息を感じられる距離だ。

 ノブの、紅どころかリップクリームすらも差してないはずの唇が、妙に艶めかしく見える。

 その唇が、囁く。


「目を閉じたまえ」


 いのちーは、言われるがままに、目を閉じた。その唇に





 ガチャリ





 撃鉄を挙げる音と共に、冷たい金属の感触が触れた。


 目を開けると


「キスされると思ったのかな?弟子よ」


 いつもの笑顔の師匠が、いつもロシアンルーレットで使う回転リボルバーを、いのちーの唇にあてていた。

 ノブは笑いながら、拳銃を持ち換えグリップの方をいのちーに差し出し


「良かろう!私が誘ったゲームで、君が私を倒せたら、私は君の嫁になってやろうじゃないか!子供だって望むならダースで産んでやろうとも!

 だが、それもこれも君が勝てたら、だ!」

「わかりました、師匠」


 いつものふてぶてしい調子を取り戻し、いのちーは拳銃を受け取った。

 ロシアンルーレットだ。

 いのちーは手慣れた様子で銃弾を確認。

 装填数は1発のみ。

 それを確認すると、彼はルーレットでもするかのように弾倉を回す。


 弾倉を回している時に、いのちーは周りの様子が目に入った。


 祭りの場は、そのままデスゲーム大会の会場となっていた。

 全国津々浦々からデスゲーム部が集まっているのだ。彼らは滅多に会えない同好の士達とすべからくデスゲームをする。

 ギロチンを利用したクイズ大会式デスゲームをしている者達がいた。難易度が高いパネルの問題程得点は高いが、一定以上の不正解は首ちょんぱだ。

 電気椅子を用いたブラックジャックに興じる者達もいた。バーストすれば感電だ。見ればベルサイユとウンコマンもその席にいた。ウンコマンがたろんぺに戻れるかどうかの瀬戸際のようだ。

 シンプルに毒盃を煽るゲームもあった。3つの盃に一つが毒。毒を飲めば脱落し、そこに補充が一人入る。何人抜きができるかを競うゲームで、七三分けの青年がぶっ倒れていた。アレはまさか、一度死亡して復活した泉谷ではあるまいか?


 まさにサバト。狂人たちの悪夢の祭典。一時の快楽の為に命を粗末にし、しかし奇跡のような科学により、死者たちはまた生者としてギャンブルに加わる。

 だが不思議なことに、そこには確かに生きているという実感があった。

 そう。そもそも誰も彼も、死にたいとも、死のうとも思ってないのだ。

 生きていたいから、死んでいるように生きたくはないから、その命を死の危機に晒して、生きていることを実感したいのだ。

 汝、死を忘れるべからず。陽気にあなたの毒盃を煽れ。他の何でもない、生きるという今の自分を実感するために。


 いのちーは拳銃に弾倉を収め、銃口をこめかみに沿える。

 毎回弾倉を回転させるのが半崎高校ルール。アタリの確率は1回につき凡そ14%。

 

 己の生の実感の為に。

 目の前の女と共に生きるために。



「人間ワンコイン スコアランクと比ぶれば 夢幻の如くなり

一度スタートボタンを押して 終わらぬゲームのあるべきか」


 

 唱えて彼は、引き金を引いた。

 一発ツモだった。







 死のない世界のデスゲーム 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半崎高校デスゲーム部 詞連 @kotobaturame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ