第3話
ステージ上には3人。司会と、ゲストコメンテーターとしてアイドルの“ゆかたん”と、そして解説者として運営委員会のリーダーがいる。
『さて!今回初視聴の方のためにもレースの内容をおさらいしましょう!』
ステージ上の大画面に地図が表示される。
首都外縁を一周するラインが示すものが
『首都第二内環高速道を半周25㎞。それがレースの内容です!
手段その他は問いません。飛行機などの他の機材を使わず、車両で時計回りに一周すれば勝利!というシンプルな競技です。それ以外、特にルールはありません。派手に妨害し合いぶち殺し合いましょう!解説のリーダー!妨害のポイントはどこでしょうか?』
『一緒に走っている一般車両ですかねえ。それをどう用いるかが例年鍵になってます』
『えっ、い、一般車両って……レースでそういうのは通行止めにしたりとか……』
『ええ!してませんとも!』
『だ、大丈夫なんですか、それ⁉』
目をむくゆかたん。それに飛ぶ“カーワーイーイー”という歓声。
『ええ!少なくとも大会始まって以来、巻き込まれ死亡した方が被害届を出し、それにより刑事責任が問われたことは1件のみです』
『“手作りケーキを運搬中だった案件”ですねえ。いやあ、懐かしい。
巨大ロードローラーでぺしゃんこにした後、車体や本人は再生されたのですが、それらはともかく『手作り』のケーキは再生したところで意味がない!という塩梅で。
後で運営スタッフと轢きつぶした選手が手作りケーキに挑戦ことになりました』
『ほら!あそこでお好み焼き出店をやってるミルキーさんが被害者ですね!
おーい!ミルキーさーん!』
解説が声をかけると、パンケーキの出店の店員が大きく手を振り返し
「てやんでぃ!お好み焼きじゃねえ!具材入りパンケーキでぇい!」
『あ、あはは……お元気そうで……』
『運営として言わせてもらうと、バンバン巻き込み死は増やしてほしい所ですね。
運営スタッフの結構な割合が、このレースで巻き込まれ死を体験したのが興味を持ったきっかけなので』
『マジかよ未来人―――じゃなくて!へぇ、そうなんですかぁ!え、ええっと、素敵ですねえ!』
引きつり気味の笑顔のゆかたん。
一方司会はそれに構わず
『そして次に!この首都高レース独特のこのギミックを説明せねばなりません!』
『独特のギミック、ですか?』
『ギミックというより、政府側が対応してきたと言いますか……。
まあ、実物を見ていただくのが一番ですね』
『ということで!テスト走行車のパスタくん!どうぞ!』
ステージ上の画面が変わる。画面内、板金のほとんどを取り外した、フレームむき出しの車が映されていた。運転席には運営スタッフの腕章をつけた青年がいて
『ヒャウィゴー!』
と叫びアクセルを踏みぬく。
タイヤは一瞬の空転をした後、アスファルトを噛み、車体は一瞬で加速する。
『まず前提としてですね。
現在すべての市販される車両には監視AIが付き、法定速度より早くは走れません。
なので出場選手がそれ以上の速度を出すには、車両のAIをクラックするか、AIなしの完全マニュアル車を作るかしかありません』
『な、なるほどぉ……。なんかのっけから犯罪チックな匂いがするんですがぁ……』
『歩行者の信号無視と同じくらいの罪状というのが、最新のAI裁判所の判断らしいです。
まあ、そんなこんなでリミッターを回避することで速度を上げるわけですが』
青年―――パスタくんが乗った車両に追いすがる影。警備用ドローンだ。赤いランプとサイレンを鳴らしながら
『速度を落としてください。繰り返します。速度を落としてください』
スピーカー越しに警告が発せられる。
『これ、止まったらどうなるんです?』
『どうにもなりませんよ。せいぜい後日、自宅のポストに注意のハガキが生成されるだけです』
『じゃあ、止まらなかったら?』
『それはですねえ』
―――唐突に、天に光が灯った。
夜空に唐突に表れた星から、光の柱が下りてきてパスタくんの車両を包む。その数秒後、
バチュン!
柱が閃光を放った。それと同時に熱した鉄板に水滴を落とした時のような、破裂音と蒸発音を足したような音。光が消えると、パスタくんは車両ごと消滅していた。
アスファルトにも穴が開いていたが、こちらはみるみるふさがっていく
『え、えええええっ!あ、あれ!あの!あれは、あれってえ!?』
『人工衛星からの光学兵器による狙撃ですよ』
『ポイントされた後、2秒ほどで数億ジュールの熱量が叩き込まれ対象は一瞬で蒸発!
骨どころか鉄製フレームも残りません!
分子アセンブラに通信がつながってます!パスタくん!再生できましたか!?感想は!?」
『いやあ、マジ一瞬っした!気づいたら再生されてた感じっした!』
『……口頭で警告の次がビームで消滅って、段階が絶壁過ぎるだろおい』
呆然と呟くゆかたんに、リーダーは笑いながら
『ええ、私たちも流石に面白すぎると思い、AI政府に問い合わせましたところ、実はこれには理由がありましてね。
昔は遠隔のクラッキングやドローンによる牽引、アスファルトの粘性変化などで対処されていたのですが、それらへの私達が打ち出す対抗策も高度化していきまして。
その結果、ある時点を以てAIが『新たな対抗措置を講じる』より『問答無用で軍事衛星で消し飛ばして損失分を補償する』方がコスト的に効率的、と判断したそうです。
最近では他国のレースでもレーザービームが降ってくるようになったとか。
いずれ、速度違反者は衛星からのビームで焼却、がデフォルトになるのかもしれませんねえ。その最先端にいることを光栄に思います』
『キチ●イしかいねぇ……』
うなだれるゆかたんに観客席から
『ゆかたーん!前向いてー!』
『キャラづくりがんばれー!』
『つ、作ってないもん!ゆかたんは21世紀から来た天然系アイドルでーす!きゃるんっ!』
ポーズを決めるゆかたんに、観客席から更なる声援が飛ぶ。
◆
その様子を、いのちーは手元の携帯端末で見ていた。彼がいるのはレーススタート地点、自分の車両だ。
「一周回って21世紀から来たっていうRPが上手いよなあ」
21世紀の頃は、物資は有限で、そして全人類に対して不足し、そして人間は死んだらおしまいで、だからこそ命が尊重されていたらしい。
そんな原始時代からこの現代に来たら、きっとあんな風なリアクションになるんだろうなあ、などと自然に思えた。
『―――1分前です。各選手は準備をお願いします』
仮設されたスピーカーからアナウンスが響く。
ステージの方は司会やゲストのゆかたんが、観客たちを盛り上げていく。
「さて、やるか」
いのちーは、腰のホルスターから、銃に似た機械を抜いた。
基本は銃に似ているが、銃口の場所に銛のようなものがついている。
ハープーンガンとでもいうべきものだ。
いのちーはそれを片手に、自分の用意した車に向かう。
それは何の変哲もない白い一般乗用車。分子アセンブラで注文すれば、最小の貨幣で10ダースは変えてしまえるような安物だ。
周囲のいろいろ派手にカスタマイズされた車両の中では、むしろ逆に浮いていた。
いのちーはその車の上に乗った。
運転席にではない、上にだ。
そこからレース参加者の列を眺める。
いのちーのスタート位置は40台の参加者了の中で最後尾だ。
この位置取りは去年の順位や成績をもとに決められたものであり、今年初参加のいのちーは当然最後尾。その一方で、師匠のノブはほぼ最前列だ。そのすぐ前に、パンクファッション全開の泉谷氏が乗る、これまたパンクファッション全開の改造カーが止まっている。
いのちーは何やら泉谷と楽し気に会話をしている自分の師をしばし見つめた後―――
―――その手にしたフックガンを、自分が乗った車のボンネットに撃ち込んだ。
◆
『では!いよいよ、レースの開始です!』
カウントダウンが始まる。
『3』
高まる排気音。固唾をのむ観客たち。
『2』
スタートライン状に作られたお立ち台の上で、ゆかたんがチェックフラグを掲げる。
『1』
そして―――
『GO!』
ホイッスル音。同時にチェックフラッグをゆかたんが振り、レースが開始された。
その瞬間、
ずどがどがばごん!
という音と共に、数両の車が爆発した。
『きゃああああっ!?な、なに!?なになになに!?』
『来た来た来たああああ!チキチキ首都高猛レース名物!開幕自爆だああああ!!!』
『おお、ゆかたんさん、生き延びたみたいですねえ。悪運が強い』
『ア、アンタら知ってて―――ぶっ殺すわよ!何なのよあれ!?』
『開幕自爆ですよ。スタートと同時に自爆して注目を集めようというアクションです』
『レースじゃねえのかよ!!』
『何をおっしゃるゆかたんさん!楽しんだもん勝ち、それが大原則です!』
『個人的にはただ開幕で自爆するのは芸がないと思うんですがねえ』
『爆発性の違いという奴ですね?
おっと!開幕自爆の洗礼を潜り抜け、先頭に踊り出たのは――やはりこの人!半崎高校デスゲーム部部長!ノブだああああ!』
先頭、もはやフレームだけの軽量化を果たした自作車両が突っ走る。
運転するのはノブだ。
その後ろを同じような改造車達が追いかけてくる。
『名門にして古豪、半崎高校デスゲーム部の部長の肩書は伊達じゃない!』
『いやあ、ノブさん相変わらずですなあ』
『あのけど、これってさっきのビームが……』
とゆかたんが言ったそばから天が光った。
先頭集団の車両にスポットライトのような光の柱が次々と投げかけられる。
捉えられて数秒後、熱線が来る。
まさにそのタイミングで
「ぅっうあらっ!」
気合一発、急ブレーキとハンドリング。
車体はスピンして軌道を大きく変え、光の柱から逃れた。
閃光は、そのわずか一拍後だった。
蒸発音ともに、獲物を見失った光はアスファルトを貫通し、そのまま消える。
同じような光景がそこらかしこで見られた。
首尾よく回避できた者もいれば、回避し損ねて蒸発する者も、避けたまでは良いが他の車両と接触、炎上する者もいる。
『うおおおっと!先頭ノブ選手、危なげなく回避!すぐ後ろに迫っていた海月高校デスゲーム部のティッピーさんは蒸発脱落!その後方ではチームHOYAの田口さんと隈虫大学デスゲーム部ジャスミンさんが接触して停止―――あああっ!爆発したああ!田口さんの大型バイク、大・爆・発!!!田口さん本人、大・昇・天!!!』
『あー、これはニトロでも積んでたんでしょうか。
ジャスミンさん、車両は大丈夫そうですが・・・・・フロントガラスが真っ赤ですね』
『今、分子アセンブラからの情報によりますと、ジャスミンさんも向こうで出てきました。無事、死亡が確認です。死因は頭蓋骨解放骨折によるショック死とのことです』
『うどん玉が出ましたか』
『無事とは一体……』
『おお?混乱を抜け先頭集団からもう一台、突出してきた車両がありますが―――』
『おや、初めて見る顔ですね』
『―――情報!入りました!
二番手!半崎高校デスゲーム部部長ノブを追いかけるのは、これまた半崎高校デスゲーム部所属!期待の新人、いのちーだあああああっ!』
『おお、新人さんですか!最近、活発に活動する人類の総数が加速度的に減ってますからねえ!ゆかたんさん同様、これは業界全体としても期待の新人君ですよ!!』
『えっ、あれ、ありなんですか?なんか車に乗っているっていうか、屋根の上に胡坐組んでゲームのコントローラー握ってるんですが?
っていうか―――あれ、なんか、最初に登録された時と、車の色、違いません?』
◆
いのちーは黒い車両の屋根の上で、コントローラーを握りつつ前方、ノブの乗る車両を見ていた。
「やっぱ直線だと離されるなあ。市販の無改造車だから仕方がない」
独り言をつぶやきながら十字キーを操作。車両はその操作に従ってカーブしていく。
いのちーが持つコントローラーの線はボンネットを突き破って車体に潜り込んでいた。
ボンネットの下、エンジンルーム内には、そのコードの先端から触手のような金属コードが這い出し、車両を制御コンプーターに絡みついている。
外部からアンカーガンで端末を撃ち込み、そこから車両の制御PCに接触、乗っ取り、コントロールを奪う。
これこそ、いのちーが工学部の鈴木に頼んで作ってもらったアイテムの効果だった。
だが、なぜこんな面倒な方法を獲り、なぜ安全な車両内ではなく、車体の上に乗っているのか?
それは、避けるためだ。
アラーム音が鳴る。コントローラーにポン付けされた文字盤を見ると、Attentionの文字と秒数。あと20秒ほどでまた衛星からの照射がある。
「よし、次はあの車にしよう」
いのちーはBボタンを強押し。車両は加速した。
◆
ステージ上ではいのちーの出発前の画像が検証されていた。
確かに車両は白。しかし今、いのちーが乗っている車は黒。車種も微妙に異なる。
『変形機能?いや、乗り換えたんでしょうか?』
『う~ん。これは、分かりませんねえ、一体どういう……』
『あっ!光った!また光りましたよ!ビーム来ます!』
ゆかぽんの声に、司会とリーダーは気付き画面をレースに戻す。
先頭、ノブ車。その数十メートル後方にいのちー車と、それに続く団子状態の各車。
光の柱が、各車両をとらえる。
そしてノブは前回同様、無茶な操作でスピンを誘発して柱から回避。
つづくいのちーは
『と、と、と、跳んだああああああああああああああっ!!!!!』
隣の車両に飛び移った。
黒の車から灰色の車に跳び移ったいのちーの後方。コントロールを失った黒い車両が、エンジンブレーキで減速していき、そのまま光の柱に飲まれて蒸発した。
いのちーはそれを見送ることもなく、車体の上に仁王立ちしてハープーンガンを構える。狙いは車のボンネット。
命中。
打撃音にかすかな金属がこすれる音。
ボンネットを突き抜けエンジンルーム内に入った銛の先端は、元からそうであったかののように、細いワイヤーへと姿を変える。ワイヤーはエンジンルームを這い回ると、やがて車の頭脳ともいえる制御コンピューターを発見する。ワイヤーの先端が潜り込み、支配完了。
車体の上では、さっきの車両から外してきたコントローラーをワイヤーの逆末端に接続。
文字盤がHello Worldの文字を吐き出す。
それを見て頷き、加速のBボタンを押し込む。車が加速し始めたところで、いのちーは車の本来の持ち主の顔を見る。
車の運転手は、壮年の男性だった。彼はいきなりボンネットの上に人が乗り込んできたことも、周囲で車が大気圏外からのビーム蒸発しまくっていることも気にしていないような、空虚な表情をしていた。
「こんにちわ」
「……ああ」
「すみません、今学校の部活中でして……」
「……はあ」
「すこし車両をお借りしてもいいですか?
「……はい」
そういうと、運転手はハンドルから手を放し膝の上に置いた。そのまま窓の外を眺める。この時代の一般的な人類の反応として、これはかなり活動的な方である。
何ともいえない空虚さを覚えたいのちーだが、すぐにそれを振り払う。
今はゲーム中なのだ。それ以外のことに気を取られるべきではない。
Bボタンを強く長押し。
車両は加速。ノブの車までの距離が少し縮まった。
◆
『なんということでしょう!なんということでしょう!!
これは新機軸!これは新発想!いのちー選手!レース中に車を強奪!交換することで衛星からの攻撃を回避しております』
『この発想はありませんでしたねえ。
衛星は車毎にスピード違反を計測している。そのため乗り換えてしまえば運転手への追撃はなし。回避の為のスピン機動などによる減速もなし。』
『直線で稼いだノブ車が距離を稼ぎ、衛星攻撃でのロスでいのちー車がそれを詰める!
後続の集団は―――駄目だ!追走できていない!照射毎に数も減っているっ!
これは!優勝はこの二人に絞られたかっ!?』
『……怖くないんですか、あの人?』
ぽつりと零れた風なゆかたんのつぶやきを、マイクが拾った。
『すごい速度で走ってる車と車の間をジャンプするとか、臣でも生き返るって分かってても、怖く感じないんでしょうか?』
『さあ、そればかりは個人の感じ方の問題ですから、ちょっとわかりませんねえ。
ですが、我々は、特にデスゲーマーさん達は、それよりもっと大きな恐怖と、常に戦っていると思いますし、それに比べれば大したことはないと思いますよ?』
『もっと大きな恐怖、ですか?』
思い当たらないのか、眉根を顰めるゆかたんに、運営リーダーは頷いて
『どんな無惨な死よりも、どんな悲惨な痛みよりも、今この瞬間に、このゲームに対して、おざなりになり何も感じなくなる。
今、レースの事故に巻き込まれそうになっても、巻き込まれた後でさえも、何も感じない。分子アセンブラで再生され、何事もなかったかのように与えられた生活プログラムを果たし居続ける。そんな存在になり果てる。
その恐怖に比べれば、時速100㎞の車両から振り落とされて紅葉おろしになるくらい、大した恐怖じゃありませんよ』
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