第2話

 整然と、閑散と、首都は今日も運営されている。

 スーツを着た人、学生服、主婦、その他諸々。そのほとんどが笑いもせず、話もせず、AIから推奨された健全な生活プログラムに従って行動している。

 監視はない。罰則もない。そのプログラムから外れたところで、そもそもそれは『特に何もしたいことがないならこうしたらいかがですか?』という提案にすぎないからだ。

 それどころかAI政府は基本的に、人類の行動のほとんどを咎めることはない。


 例えば今、宝飾店の前を歩いている青年が、突如店に押し入りガラスというガラスを割り金品を強奪したとして、AIは咎めない。

 ただ数分後、あるいは数秒後に駆け付けたドローンやロボットが現場をあっという間に片づける。そして奪われた商品と寸分たがわぬ同じものを置く。最後に強盗行為を行った青年の来月の文化的生活保障費用から商品とガラス代を引く。そして最後に『次回からはガラスを壊さず、購入手続きをちゃんと踏むように』と通達して終了だ。

 ちなみに、貴金属や装飾品も分子アセンブラでいくらでも複製可能である。握りこぶし大のダイヤだろうが、一抱えもある黄金の塊だろうが関係ない。大型トラックの荷台いっぱいに宝石を積み上げたところで、流通している金銭の最小単位にすら遠く及ばない。分子構造が単純な分、ランダム構造による食感が重要なウェハースの方が高いくらいだ。

 そう考えると、再生にワンコインかかる人名は、今でなお高級品なのかもしれない。


 唯一厳罰が適応される場合がある。他人を害する行為だ。

 殺人、暴行、強姦、監禁etc。それらには拘禁や復帰不能な死刑などが適応される場合があるが、しかしこれも極めて稀だ。

 縁起式宇宙観測システムと、人類の無気力化が原因だ。

縁起式宇宙観測システムは全ての事象を観測できる。犯罪がどのように行われたかはおろか、その時の被害者と加害者の精神状態がどうだったか、何を考えていたかさえわかる。


 このシステムが完成して以来、ほとんどの犯罪が事実上の親告罪となった。被害者が『被害を受けた』と感じない限り、罪として立証できないのだ。

 なにせ現代においてあらゆる物質的、肉体的損失はワンコイン未満で解決する。原状復帰が極めて簡単なら、後は被害者の心理的な損害だけが問題となる。

 巻き爪気味になった爪を剝がす行為が、医療行為か拷問かの違いは、畢竟すると剥がされる側の認識次第なのと同じように、あらゆる犯罪が被害者の感じ方によって規定されるのが今の法原則だ。


つまり


監禁された当人が“これは不当に自分の自由を奪われた”と思わないのなら、それはただの持て成しであり監禁罪として成立せず、

強姦された当人が“これは不当に自分の心身を辱められた”と思わないのなら、それはただの性交渉であり強姦罪は成立せず、

暴行された当人が“これは不当に自分の肉体に危害を加えられた”と思わないなら、それはただの友人同士の遊びであり、暴行罪は成立せず、

殺害された当人が“これは不当に自分の生命を奪われた”と思わなければ、それはただの遊興としてのデスゲームであり殺人罪として成立しない。


 それがこの時代の常識となっている。

 例外として自意識も確立していない小児や障碍者などが挙げられるが、それ以外のケースにおいては親告こそが罪状の成立の最低条件となる。

 そうであるからこそ、デスゲーム部は成立する。


 そしてまたその原則があるがゆえに、彼ら半崎高校デスゲーム部は、お互いを殺害しても法に問われない。完全に同意の上だからである。

 そしてまた、自分たち以外の一般通過者を巻き込んでも、大したペナルティを受けずに済んでいる。

 現在の人類の内、起きている者の99%以上がもはや自我すら怪しい無気力な状態にある。たまたま駅のホームで肩が触れ合った時と、その場で殺害された時。脳の示す反応は同じ程度に微弱。神の目を以て見守るAI達は『異常なし』または『事件性なし』と判断する。

何も感じていない人々にとってみれば、何をされた所で何も思わない。それほどまでに、人類は生物として衰退していた。


 その衰退しきった現生人類の都市のど真ん中で、現生人類らしからぬ元気な連中が集まっていた。





                  ◆





 首都高速のパーキングエリアの一つ。その夜、そこには人の群ができていた。

 祭りの夜だ。普段閑散としている公園と駐車場の一部には屋台や出店が集まりいくつかの島を形成し、島々の間を走る道は人が行き交う。辻はちょっとした広場となり、その真ん中でパフォーマンスが行われる。それを人だかりが囲み、時に笑い、時に歓声を挙げる。

 ドローン達が抱えるハロゲン灯が作る暖色の闇を、ホワイトノイズが通り抜けた。

 注目が駐車場側にしつらえられたステージに集まる。派手なラメ入りスーツを着た人物がマイクを手にして立っている。

 彼は十分に視線が集まったのを確認して


『さて皆様!お待たせしました!第542回、全国デスゲーム部その他対抗!チキチキ首都高猛レース、開催です!』


 歓声が上がった。







「いのちーさん、工学部の鈴木さんに頼まれたものですのよ」


 盛り上がる祭りの外れの方で、いのちーは部活の先輩から、段ボール箱を受け取っていた。


「ありがとうございます、ベルサイユ先輩。

 なんか使い走りみたいなことさせてすみません」

「別によろしくてよ。大した手間でもなし、私もレースは見物するつもりでしたもの」


 ベルサイユ、と呼ばれた先輩の容姿は、縦ロールとフリルで構成されていた。

 ボリュームある金髪を立体的に仕立て、衣装はフリルをこれでもかとあしらったドレス。夜なのに差している日傘は、これまたフリル満載で、機能性に難があることが見て取れる。

 彼女はバイクのサイドカーに腰を掛けている。いのちーはバイク側の運転席に目を向け


「たろんぺ先輩もありがとうご―――」

「ウンコマンですわ」


 ベルサイユがその言葉を遮った。


「彼は今、ウンコマンですのよ」

「また直接的な」

「デスゲーム、特に臓物をまき散らす可能性が高いものをする時は、汚物をすべて出し切り対戦相手に失礼のないようにする。それがマナーですのよ

 部でもベテランである彼がそれを怠るなど、あってはならないことですわ」

「んだども、後はお前におめささ勝てばちゃらだべ。今夜までだぁ」


 たろんぺ改めウンコマンは言う。

 基本この手のペナルティは、時間経過か当事者たちの賭けで勝利すれば解除となる。

 どうやらウンコマンは、他のメンツとは勝負して、勝利済みのようだ。


「あらあら。そう簡単にはまいりませんのよ。早速あの屋台でコテンパンに―――と、その前に、鈴木さん伝言がありましたわ

 『最後に楽しい仕事ができてよかったよ』

 とのことですわ」

「最後って……」

「長期休眠申請を出す、そういうことです」


 努めて、なんてことのないような風にして、ベルサイユは言う。

 だが彼らにとってそれは非常に重いことだ。


「最近、ぼけらってしてたもんなあ」

「何かを作る意欲もなくしてらしたもの。時間の問題だったのでしょう」


 現代社会において、生きがいを見つけるのは難しく、それを維持するのもまた難しい。

 長期休眠申請をしていない人類は徐々に減り、さらに活発に活動する彼らのような人間の割合も着実に減りつつある。


「珍しいことではありませんわ。

 去る者は多く、来たるものは少ない。それが斜陽というものですのよ。

 このレースも、私たちが初めて来た頃は数十万人規模でしたのに、今ではネット参加者合わせて1万人そこそこになってしまいましたわ」

「んだから、お前おめさあの子あんこみてぇなんは可愛いめんけぇんだぁ」


 ウンコマンが目線を向けるのはステージの上、そこではいかにもアイドルといった装いにネコミミをつけた少女が




『――そして!本日のメインゲストは!今年デビューした話題のこの人!』

『みんなこんにちは~!21世紀の女子高生だった前世の記憶を取り戻した転生アイドル!ゆかたんだよ~!』

『ゆかたーん!!』

『わーい!おにいさん、おねえさんたちー!ありがとー!』

『ネットアイドルゆかたんのサプライズ登場です!

 何がサプライズかって本人にイベントの内容を当日まで教えなかったところがサプライズ!』

『あははは☆本当にここに来るまで教えてくれなかったんですよ~

 ―――いい加減にしてくれませんかね、マジで』




「21世紀から転生とかエッジが効いた設定ですね」

「あら、大人しい方じゃなくって?

 200年前のアイドルムーブの時とか、それはもうすごかったですのよ」

「んだんだ」


 後でアーカイブでも調べてみるかと、いのちーは思う。

 それはともかく


「鈴木さんの分もがんばれってことでしょうか?」

「そんなこと気にする必要はないですのよ?」

「その通りだとも!いのちーくん!」


 横から、喧騒を突き抜けるような声が投げかけられる。

 ノブだ。いつもの詰襟に、今日は眼鏡の代わりにゴーグルをつけている。


「機材が間に合ったようだね、結構結構!」

「あら、ノブ。後輩の仕込みを探るのは興ざめですのよ?」

「わかっているともさ、ただ心配しただけだよ。師匠としての老婆心をそういう風に邪推されるとは心外だね、ベルサイユ」

「あらあら、それはごめんあそばせ。では、ごきげんよう」

「へば!がんばれな」


 エンジンをかけると、ウンコマンとベルサイユは駐車場の方に去っていった。

 駐車後、二人で祭りを回るのだろう。

 遺されたいのちーとノブは、


「ふむ。我々はどうする?こっちは既にマシンの設定も終えて手持ち無沙汰だ」

「俺もこれが来たんであとは大丈夫です」

「では適当に屋台でも―――」


 とその時、ステージの方でまた歓声が上がる。

 目を向けると、壇上には司会とゲストアイドルの他にもう2人いた。

 一人はレース公式サイトに写真が載っていた大会運営のリーダー。

 そしても一人は、


「ヒャッハアアアアアアッ!テメェら良い子にしてたかあああ!?おおん!?」


 と猛り狂う、異様な装いの男だった。

 派手な染色のモヒカンヘッド。頭部にあるあらゆる突起物に取り付けられたピアス。服装はダメージ加工マシマシの、革ジャン、ジーパン。その上に、やたら棘のついたパットやベルト、シルバーやゴールドの鎖をジャラジャラ巻き付けている。

 彼はピアスを複数つけた舌を突き出し、観客に向けて中指を突き立てている。


『前回優勝者、泉谷光一さんから優勝旗の返還とあいさつをお願いします!』

「ひゃっはああああああああっ!」


 パンクファッションの擬人化こと泉谷氏は、優勝旗を手にすると、軽く一礼した上で先端を左上にして両手に掲げ持ち


「ありがとうございました!」


 角度30度ほどの礼をして運営リーダーに渡す。

 手渡した後もう一礼してから、今度は観客側を振り返り


「テメェらっ!また性懲りもなく俺様に蹴散らされにきたなああっ!

 かもおおおおおん!俺様のディックでぇ!F●CKしてやらあああっ!!!」


 何を思ったかズボンを脱ぎしてた。

 ノーパンだったらしく、泉谷氏のご子息がご光臨される。

 そのご子息も、当然のようにピアス装備だ。

 観衆の反応は大きく二分。


「きゃあああああっ!」

「いいぞいいぞおおおおおおおおお!」

「その薄汚ねぇポークビッチ早く仕舞えやぁ!」

「てめぇこそ、今年こそブッコそしてやるよぉぉっ!」

「いずみやああああああっ!いずみやあああああああああああああっ!」

「抱いてええええええええええ!」

「上等よっ!食いちぎってやるわ!」





                  ◆






「はっはっはっ!相変わらず泉谷はエンターテイナーだなあ」

「チ○コにピアスとか、見るからに痛そうなんですが……」

「知らんが、まあ痛いのじゃないかね?

 まったく真面目な男だよ、アイツも」

「真面目、ですか?」


 確かに優勝旗返還の時だけは異様に礼儀正しかったが……


「真面目だとも。毎度毎度再生するたびに、髪を染め直し、ピアス穴をあけて、体も筋肉質に鍛え上げるのだ。

 真面目以外の何物でもない」

「……チ○コピアスもですか?」

「さあ。彼の復帰後の一物の様子は知らん。

 だが彼の復帰時の登録姿形は見たことがある。スーツに七三だ。当然顔のピアス穴は1つもなし。それで一物だけがファッショナブルだったら驚きだね」

「なんで変えないんですかね?」

「ふむ?登録姿形は滅多なことでは変えられないのを知らなかったのか?」

「いえ、それは師匠が変更手続き通らなくてぶーぶー言ってるのをよく聞いてるので。

 そうじゃなくて、あのパンクスタイルを買えないのはなぜかな、って」

「それこそ彼のファンに対する誠実さだよ。彼を見てレースや自動車をはじめ、何かを始めた人がいる。その人たちの為にも、彼はあのキャラを続けてるのさ」

「……なるほど、真面目ですね」

「真面目だろう。

 ―――さて、では我々も行くかね」


 プログラム通りに進むなら、優勝旗返還の後、レースの開始はすぐだ。

 二人は車の大気スペースへと足を向けた



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