第6話

 その後、僕たちはアガードさんのお店を出てナビ―ユの家に戻った。

 下水道の中だと陽の光を浴びることがなくて、今がどれくらいの時刻なのか見当もつかない。

 持っているスマホの電源はまだつくけれど、ここと日本の時間が一緒かもわからない。

 充電が切れたら使い物にならないだろうし、もう使い捨てのライトや電卓、カメラの代わりくらいにしかならないだろう。


「ねえ、それなによ?」

「これ? スマートフォンって言って便利な道具。電気がないと使えないけどね」

「電気ってあの動力源? 異邦人が使ってる技術だけどよくわかんないわ」


 異邦人がいるということは、ある程度の技術がこちらにも持ち込まれているはずだ。

 ランプやガラスだってそのひとつのはずだ。

 彼女が言葉からして電気も存在するようだし、こりゃLEDとかもあるかもわからんぞ。


 それにしても、あんなこと言ったが具体的に何をすればいいのだろう。

 そりゃ、盗賊なんだし物を盗めばいいのはわかる。

 でも、僕は全くの素人なわけで、それ以前に準備だとか訓練をしなきゃらないはずだ。


「なあ、ナビ―ユ」

「なに?」

「盗賊って、具体的に何をするんだ?」

「え、そんなことも知らずに私に泣きついてきたわけ……呆れた」

「そんなこと言ったって、仕方ないじゃないか。僕はその道では赤子同然なんだから」

「まあいいけど……アンタにはまず服を変えてもらうわよ。その衣装じゃ音も出やすいし動きにくいでしょう?」


 そう言われて自分の服を見てみる。

 ジーンズに白のパーカー、靴は赤と白がメインカラーのスニーカー。

 たしかに、忍ぶための衣装ではない。


「それと、この辺の地理をしっかり覚えてもらうわ。情報なくして盗みはできず、よ」

「勉強かぁ……できなくはなさそうだな」

「別にそこまでのもんじゃないわ。実際に歩きながら覚えましょう。その方が早いわ」

「まあ、そうだな」


 この街は日本じゃまず見れない感じで、ヨーロッパとかその辺の雰囲気が漂っている。

 せっかくなら歩いてみたいし、ちょうどいい。


「まあ、当分の間は盗みをしないわ。アンタに修行に付き合ってあげる」

「そうか、ありがとう」


 修行、か。

 なんかいいな、こういうの。

 決して褒められるようなことじゃないけれど。


「そろそろご飯にしましょうか」


 彼女はそう言ってソファーから立ち上がり、台所と呼んでいいかわからないところに立つ。


「アンタ、苦手なものとかある?」

「特にはないけど」

「そっ」


 彼女は戸棚を開けると中から箱を取り出し、蓋を開ける。

 そこからパンを二つ取り出して片方をゆるりと放物線を描くようなスピードで僕に投げつけた。

 それを優しく受け取る。


「これって、あんパン?」

「そういう名前なの? よくわかんないけど、おいしいわよね」

「これをどこで?」

「よく行くお店で買ったのよ。異邦人は食にうるさい奴ばっかりだからどんな物もおいしいのよねぇ、そこだけはいいところ」

「お店か……」


 見た目は西洋風な感じだったのに食は日本のもの。

 なんだか、世界観がよくわからなくなってきたぞ。


「アンタも食べなさい。残したらぶん殴るわよ」

「だ、大丈夫だよ」


 一口食べる。

 久しぶりにあんパンを食べたけど、あまり甘さを感じない。

 それでも、すごくおいしかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 食事を済ませて、壁にある時計を見ると錆び付いた針が十時を指していた。

 ここでも、時の進みは二十四時間みたいだ。


「さて、もう疲れたし寝ましょうか」

「うん。そういえば、俺はどこで寝ればいいんだろう……」


 ナビ―ユの家——家と呼ぶべきか怪しいレベルの散らかり方をしているが――はスペースがあまり確保されていない。

 それに彼女がベッドと呼ぶソファはもちろん彼女が使うわけで、そうなると僕の居場所はなくなってくるわけだ。

 雨風しのげる場所にいるだけでありがいけれど、せめて床に乗を敷いて寝たい。


「あー、そうね。別にそこで寝ていいわよ」

「そこって、君の言うベッドじゃないか」

「ええ。狭いけど、我慢しなさい」


      ん?


「え、一緒に寝るってこと?」

「なに? 嫌なの?」


 なんだこの子は、当然のように添い寝を提案してくるじゃないか。

 これはなかなかショッキングだぞぉ。


「いや、別に嫌とかじゃないけど……そういう君はいいのか?」

「なにが?」

「俺と一緒に寝るの。嫌じゃないの?」

「……あー、そういうこと。異邦人的にはアレなのね。私たち獣人は身体を寄せ合って寝るなんてよくあるから別に気にならないわよ」

「そ、そういうものなのか?」

「そういうもの」


 これが文化の違いってやつなのだろうか。

 しかし、ここまでボディータッチとかに寛容そうなのだと戸惑ってしまう。


「さあ、アンタの方がでかいんだから先に寝て」

「え、俺から!?」

「あたりまえじゃない。早く」

「わ、わかったよ……」


 いかんいかん、なにを考えているんだ初瀬影一。

 相手は少女だぞ、未成年だ。

 そうだ、歳の離れた妹だと思えばいいんだ。

 歳の離れた妹、歳の離れた妹……よし、いける!

 それと、ソファこいつはベッドだ。


 ベッドに深々と横たわるとギシギシと音が鳴り、埃が舞う。

 ソファで寝るのは久しぶりで特有の固さに慣れない。

 落ちないようにしっかりと奥までいく。

 続いて、彼女が僕の胸元から足首あたりに納まる。


「や、やっぱ慣れないや……」

「慣れて」

「はい……」

「じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 彼女はすぐに眠ってしまったが、僕は眠ることができなかった。

 年下なのになぜだかドキドキしてしまったのだ。

 僕は本質的にアレなのかもしれない。

 そう思うと、なんだか情けなくなってしまった。

 僕はやっていけるのかな、父さん母さん。

 親しい人の顔を思い出して、自分を慰める。

 そうして、自我を保てるような気がするのだ。

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20代無職 初めての異世界義賊生活  ~ケモ耳少女と義賊活動に勤しみます~ S`zran(スズラン) @Szran1717

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