第5話
下水道の中にある盗賊たちの街、その一角を所有している組織アムストガルド。
僕はナビ―ユに流されるまま組織の親玉に会うこととなった。
たしかに、彼女に泣きつくように盗賊になりたいとは言った。
実際、今まで通りの自分なら仮にいい生活ができても変わらない、何者でもない僕のままだったはずだ。
何者でもない自分を変えたい、そう強くは願った。
だけど、いきなり組織を仕切るリーダーに会うなんてハチャメチャなことあるか!
たしかに、組織に入るには一番偉い人の許可は居るだろうさ。
特に仲間意識が強く求められるならなおさらだ。
でも、段階を飛ばしすぎだろう!
恋人同士になっていきなり相手の親にあいさつに行くようなカップルがいるだろうか。
あるいは、始めてきた個人経営の飲食店で『マスター、いつもの』なんて古参風吹かせながら注文するやつがいるだろうか。
断じて、いない。
もっと、段階を踏むべきなんだ!
「なあ、本当に会うの?」
僕たちはまだ彼女の家の前、今なら引き返せるかもしれない。
「あたりまえじゃん、まさかここまで来てビビってるの?」
「そ、そういうわけじゃないけどさ……」
嘘だ、内心おっかない人なんじゃないかと思ってビビり散らしてる。
だって盗賊だぜ?
みんながみんなナビ―ユのような感じではないだろう。
「なあ、いきなりリーダーさんに会うってのもあれじゃないか? ほら、アポなしはよくないし」
「アポってなによ? よくわかんないけど、早く行くわよ」
「ちょ、待ってくれ!」
彼女に腕を引っ張られ、渋々僕は従うのだった。
だって、変わろうと思ったのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さあ、着いたわよ」
「着いたって……ここ、酒屋じゃないのか?」
彼女に連れてこられたのは木の板に『アガードの酒屋』と彫られた看板を用いているお店だった。
小さなランプのみがドアを照らし、中からは木製の開き窓越しに若干の光が漏れている。
ボロボロな見た目でなければ、雰囲気の良さそうなバーだったろう。
ナビ―ユがドアを開けるとベルが鳴り、彼女はそのまま中に入って行く。
僕も続いて入る。
中は天井に明かりが二つあるだけで店全体の雰囲気は暗め、照らしているのはカウンターだ。
そこには店主らしき人がグラスを磨いていた。
こちらに気づくと顔を上げる。
「いらっしゃい。ナビ―ユか」
「どうも、アガード。とりあえず牛乳」
「はいよ……」
「おや、もう一人いたのか。すまない、そっちの人も掛けな」
「あ、はい」
アガードさんに言われ、ドアの前で立っていた僕は彼女の横へ。
それにしても、マスターって感じの人だ。
彼の纏うオーラがそうさせているような。
見た目はクロヒョウのような感じで全身が黒い毛に覆われ、黄色いネコ目が僕をとらえている。
ほとんど人間寄りなナビ―ユと違い獣要素が強い。
「はい、牛乳」
「ありがとう」
「君、注文は?」
「えっと、僕はこの子に連れてこられただけなので……」
「何言ってんのよ、アンタのためにここに来たんでしょうが」
「なんだ、もしかしてあっちの方か?」
「ええ、この異邦人が私たちの仲間になりたいんですって」
「そうか。それにしても、異邦人がねぇ……」
「やっぱり、ダメな感じですか?」
「いや、そんなことはない。我々は君が異邦人だからといって差別はしないよ。彼らと同じ土台に立ちたくないのでね」
「はあ……」
「しかし、君をよく思わないヤツもうちには出てくるだろう。そうなったとき、私から手助けしてやることはできない。組織のトップだからと言って、贔屓はできないのでね。君にとって大きな壁となるかもしれない。それでも、うちに来るかい?」
「……正直、迷ってるんです。自分を変えるために、誰かを傷つけてしまってもいいのかなって」
「傷つける?」
「はい。だって、物を盗むって言うのはその物と過ごした時間や思い出も盗んじゃうってことになる気がして。人って物に情を持っちゃうことあるんですよ。思い出のものだから捨てにくいとか。だから、なりたいって言ったのに悩んでます」
「……アンタって馬鹿ね」
「だと思う。余計なことだもん。社会で馴染めなかった僕がここでやっていけるかはわからない。でも、ここにいるのは確実にチャンスなんだ。だったら、掴みに行かないと……後悔してからじゃ、もう何もないからさ」
「アンタ、頭おかしいんじゃない? ちょっと心配になってくるレベルなんだけど」
「まあ、気持ちはわかったよ。つまり、その気はあるってことだね?」
「……はい。実力も何にもないけど、僕をあなたたちの仲間に入れてください」
僕は深々と頭を下げる。
異世界でもこれが礼儀とか作法かはわからないけど、いい。
すべきだと思ったのだから。
「わかった。君はどうも何か抱えてそうだが、ここは別の世界だ。つまり、別人だ。君が生きるために盗みを働くというなら、そうしなさい。アムストガルドは君を仲間と認めよう」
「ありがとうございます」
僕はアガードさんと握手をした。
人の手より少しやわらかくて、温かい。
彼は小さなグラスを二つ用意して、中にお酒を注ぐ。
黄色で光を通すと黄金のように輝いて見えそうだ。
彼からひとつ渡される。
「誓いの
「え、あ、日が昇らない者にも光を!」
互いにグラスを当て、音が鳴る。
僕は一気に飲み干した。
喉元が熱くなる。
度数が強いのかもしれない。
「さあ、これで正式な仲間ね。改めてようこそ、アムストガルドへ」
「……うん」
ナビ―ユが手を差し出してきて、僕は固く握った。
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