第155話 どよ~ん。

 昨日のことである。

 朝食を食べ終え二階にいた私の耳に、舅さんがお茶をこぼした様子が伝わってきた。しかも二回続けて……


 そう二回続くとなると、『もしや、脳梗塞では?』と心配になり、一階にダッシュして、しびれはないか、ちゃんと喋ることができるかを確認する。

 大丈夫であった。


 その後、姑さんとお歳暮の準備にデパートへ行ったのだが、姑さんが以前のように動けない。まず、字を書くのに時間がかかっている。そして、書いた携帯番号が間違っていた。


 うむ。やはり、一年前とだいぶ違う。私なんかより、ずっとずっとしっかりした人だった。携帯番号を間違えて書くなんて、そんなヘマをするのは私の特権である。姑さんが間違えると、なんとも言えない悲しい気持ちになる。


 この日は、学校帰りに孫っち二人がやってくると聞いていた。しかし私は、内科へ『おむつ使用証明書』を取りに行き、帰りにドラッグストアで紙オムツを買い、それから孫たちが夕飯も食べていくだろうと想定し、夕飯の買い出しもした。


 帰宅すると、孫二人はすでにおやつを食べ終えている。

 私はというと、急いでお米を研いでご飯の準備。孫っち二号に玉ねぎの皮を剥いてもらう。


 姑さんとキッチンに二人でいると、『う~ん、どうしよ?』と毎度心がムズムズするのだが、孫と一緒だとそんなことがない。玉ねぎの皮を剥くのが遅くても、玉ねぎを上手に炒められなくても、この子はこれからどんどん上手になるだろうと未来予測ができるからだ。


 姑さんの場合は逆で、できていたことができなくなっている。だから、何をお願いすればいいのか、こちらも困惑してしまうのだ。


 介護と子育ては、本当に真逆。老いていく姿を見るのは切なくやりきれないものがある。本人はもっと辛いだろうが、周りも辛いものなのだ。


 認知機能の低下を目の当たりにしながら暮らしていると、もやもやと晴れ間のない日が続いているようで気持ちが沈んでくる。

 

 そんな日常を送る私に、今日の夫の態度ときたら――

 いつものように、紙オムツを抱えて施設へ。部屋では、テレビの音が大音量。そこで、「テレビうるさいよ」と言うと夫はリモコンを握り『消音』ボタンを押す。


「別に、音を消さなくてもいいよ。リモコン貸してー」と、リモコンを取ろうとしたら「触るな!」と、凄い剣幕で怒られた。


 夫は穏やかな人で、そんな剣幕で怒鳴ったことはない。

 そう、脳に障害を持って変わってしまったのだ。人格が変わる。そんなことは、以前に医者から聞いていた。だから、理解している。理解はしているが、心がついてこない……


 そして小さな部屋のベッドの上で毎日を過ごす夫を見て思う。

 思うように動けない。食べたい物も食べられない。部屋の中では、雪も雨も夏の暑さもわからない。やることがない。やりたいことがない。それでもまだ、生かされている。私だったら、耐えられないな。なんて、残酷な運命なんだろう。と……


 施設を後にし車を運転していると、鬼のような形相で「触るな!」と叫んだ夫の顔が頭に浮かぶ。家に帰ればこれから先が心配な義両親いて、なんだか落ち着かない。あと何年この生活が続くんだろうと弱気になってきた。


 あぁ、こんな日は、こんな日は……

 うん、気分転換をしよう。


 ということで、以前から気になっていたパスタ屋さんへ行ってみる。

 なんと、970円でドリンクバーの付いた美味しいパスタが食べられた!  

 

 人間ておかしな生き物で、美味しい物を食べた瞬間、落ち込んでいた気持ちが消える。


 美味しい~が、心の中のどよ~んを上回ったのだ!

 それに気づいたとき思った。

 料理人って、最高だ! 

 こうやって、たくさんの人を幸せにできるじゃん! 

 よし、また落ち込んだら美味しい物を食べに行こう。

 そう決めた。

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梅ちゃんと私。 月猫 @tukitohositoneko

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