第92話 妹は密かな企みを明かしたい

「おいこら、ハル。なんであたしまで巻き込んでくるんだよ?」


「いや、女子で暇で秘密を守れそうなヤツとなると晶穂しか思いつかなくて」

「暇ってところを重視してそうなのがイラッ」


「しゃーないだろ、小学生とはいえ女子と二人っきりってわけにもな」


 春太は晶穂にLINEを送り、北斗家に来てもらっている。

 二人がいるのは、北斗家の居間だ。


 春太はよくても、冬舞ゆきのために世間体を考えなくてはならない。

 なので、誰かを巻き込むのはやむを得なかった。


 春太の周りに人の秘密を言って回るような不届き者はいない。

 だが、雪季の親友コンビは受験生。

 松風はバスケ部の部活があるし、なにより男だ。

 氷川涼華は、カフェの仕事がある。

 美波も今日はバイトのシフトが入っていたはずだ。


 そうなると――自動的に、選択肢は晶穂に絞られる。


「まあ、雪季を家に一人にするのは心配だが……」

「雪季ちゃんも小学生か?」


 晶穂が呆れた目を向けてくる。

 だが、春太は大真面目だった。


 もう夜で、父もそのうち帰ってくるのはわかっているが、雪季を一人にしておくのは不安だ。


「まったく、この男は……今日は冷泉ちゃんが来てたよ」

「え? そうだったのか」


 春太は今日、学校から直行で北斗父娘と会ったので、自宅に寄っていない。

 もちろん、今日は冷泉の家庭教師の日でもない。


「冷泉ちゃん、舌打ちしてたよ。ハルがいないから」

「……まあ、いたら舌打ちされるよりマシだな」

「ハルもだいぶ前向きになってきたね。いいことだ」

「どうも……」


 今、もっとも前向きになるべき相手に言われると微妙な話だった。


「で、冷泉ちゃん、今日はお泊まりしていくって言ってたよ」

「おいおい、冷泉は自分が受験生だって忘れてねぇか? のんきに外泊してていいのか」


 春太にとって家庭教師の教え子である冷泉も充分に心配だ。


 とはいえ、冷泉も既に合格は安全圏に入っている。

 一日の外泊でいきなり学力が落ちるわけでもない。


「雪季ちゃんにも冷泉ちゃんにもいい気分転換になるんじゃない? 意外と冷泉ちゃんも、繊細そうだしね」

「そうだな……そのあたり、俺は上手くやれる自信ねぇし」


 うぬぼれでないなら、春太は逆に冷泉のメンタルをかき乱しかねない。


「まあ、そういうわけだから桜羽家を留守にするのはいいんだけどさ」


「わー、晶穂ちゃーん。ギター弾けるんだぁ。ユキもピアノは弾けるんだけど、弦楽器は全然でさぁ。ギター、触っていい?」

「いいけど壊したらあんたを売って、新しいギター代にするからね?」

「わぁ、晶穂ちゃん、容赦なぁい♡」

「…………」


 一応、既に晶穂と冬舞も顔合わせを済ませている。

 冬舞は派手なピンクのキャミソールにショートパンツ、その上にパーカーを羽織った格好だ。


 その冬舞は居間のソファに座って。

 晶穂のギターを借りて、じゃかじゃかと適当に弾いている。


「意外と弾けてるじゃん。どうしよう、あたしより上手くなったら。若い芽は早めに摘んどくべきか」

「待て待て、恐ろしいことを考えるな」


 だが実際、冬舞はコードをきちんと押さえてリズムに乗って弾いている。

 ピアノが弾ける――音楽的な素養があるということだろう。


「ふーん、これが雪季ちゃんの妹か……」

「雪季には内緒だぞ、わかってるだろうが」


 一応、春太は晶穂に簡単に事情を話してある。


 晶穂は、嬉しそうにギターを弾いている冬舞をまじまじと眺めて――


「遂にハルがロリに目覚めたか……」

「俺はシスコンであってロリコンじゃない!」

「それがカノジョに言う台詞?」


 呆れられてしまったが、確かに晶穂のおっしゃるとおりだった。


「冗談はともかく、雪季ちゃんの妹……マジで怖いくらい似てるね」

「だな……」

「透子ちゃんも似てるけど、それ以上だわ」

「一応、冬舞ちゃんは霜月とも血縁があるってことになるが……似すぎだよな」


 雪季の実の両親が元々親戚同士。

 つまり、雪季の母の親戚である霜月透子とも血縁があるということだ。


 春太もそろそろ血縁関係の整理はあきらめつつあるが、雪季と冬舞がよく似ていることは間違いない。


「あたしとハルは全然似てないのにね」

「……そうだな」


 相変わらず、余計なことを言わずにはいられない晶穂だった。


「あーん、むずーい。晶穂ちゃん、なんか弾いてみせてぇ」

「任せて、Fワード連発のハードなヤツ、いっちゃうか!」

「やっほーぅっ、ユキ、英語けっこうわかっちゃうけどねぇ!」

「やめろやめろ、冬舞ちゃんも煽るな!」


 この二人が手を組むと俺の手に負えない。

 春太は、早くも雪季がいる家に帰りたくなってきた。


 春太の必死の説得で、晶穂は静かなバラードを奏で始めた。

 エレキギターで、アンプも通していないので、夜の住宅地でも近所迷惑にはならない。


「ふわー、なんかトロンとしちゃうぅー……晶穂ちゃん、上手だねぇ……」

「自分に子守歌の才能があるとはね」

「でも、せっかくお客さんが来たのに早寝はもったいなぁい。晶穂ちゃん、なんかお話ししてぇ」

「本格的に子守りになってきた。こりゃ、ハルにバイト代せしめられるね」

「俺が払うのかよ」


 だが、春太が冬舞を預かったのだから、間違ってはいない。

 すっかり、晶穂に冬舞の面倒を見させてしまっている。


「お話か……ちびっ子のお父さん、海外でお仕事してたんだよね?」

「そうそう、可愛い可愛いユキをほっぽって、世界販売累計2000万本のゲームつくってたんだよぉ」

「寂しがってるのか自慢してんのか、わかんないね」


 晶穂は苦笑いして、次の曲のイントロを弾き始める。


「でもまあ、お父のやりたいことは日本じゃできなかったんだってぇ。ユキは、やりたいことやってきたお父も嫌いじゃないよぉ」

「そうなんだ……」


 春太から見れば、冬舞の――雪季と冬舞の父は無責任にも思える。

 ただ、冬舞に文句がないのなら、春太がどうこう言うことでもない。


「海外で仕事したことがあるだけで、自分が偉くなった気がしてるだけかもしれないけどぉ。よくあるよねぇ、そういうのぉ」

「君さあ、ホントに小学生なん?」


 人を振り回すタイプの晶穂が、呆れているのは珍しい。

 しかも、こんな小さい子を相手に。


 春太にとっても、かなり新鮮な光景だった。


「ハル、このちびっ子は屈折してるね。性格は雪季ちゃんよりあたしに近いんじゃない?」

「自分が屈折してんのはわかってるんだな、晶穂」


 晶穂がぼそぼそと舌打ちしてきて、春太は苦笑してしまう。


 それからしばらく、晶穂がスローなバラードを弾き続けていると。


「くぅー……すぅー……」

「あ、撃沈した。良い子は寝る時間か」


 冬舞はソファに深くもたれかかり、寝息を立てている。

 まだ10時にもなっていないが、今日は外出もしたし、冬舞も疲れたのだろう。


「ベッドに運ばないとな。しょうがない、起こすのも可哀想だし、抱えていくか」

「おいおい、あたしですら、ハルにお姫様だっこしてもらったことないのに」

「晶穂、俺に抱えてほしいのか……?」


 春太は長身で力もあるので、小柄な晶穂くらいは簡単に抱えられる。


「んなわけないじゃん。あたしはお姫様より女王様目指してるからね」

「初耳だな……」


 だが、性格的に言って、女王のほうが似合うのは確かだ。

 お姫様タイプは、春太のごく身近に既に一人いる。


 そちらは、幼い頃から数え切れないほど抱きかかえて運んでやっているが。


「このちびっ子はまだお姫様タイプだね。そのうち女王タイプになりそうだけど」

「出会って一日で俺を翻弄してくれてるからな」


 春太は、冬舞を起こさないように慎重に彼女を抱きかかえた。

 かなり深く寝入っているようで、まるでなんの反応もしない。


「雪季ちゃんと全然別タイプだね。実のお父さんも、相当みたいだし」

「そういや、北斗さん――雪季の父親に興味ありそうだったな、晶穂。なんだ、ゲーム会社とコラボでもしたいのか?」

「それも面白そうだけど……」


 晶穂は、冬舞から取り戻したギターをじゃーんと一回だけ鳴らした。


「ちょっとね、気になったんだよ」

「なにが?」

「海外で仕事してたってところがね」

「んん……?」


 晶穂はゲームに興味がないし、北斗の仕事は音楽ではなくアート系だ。

 この妹でカノジョな女子高生が興味を持つというのは意外な話だった。


 春太が、冬舞を抱えたまま首を傾げていると――

 晶穂は、ギターで丁寧にリフを奏でてニヤリと笑った。


「あたしさ、学校辞めて――海外行こうかと思ってんだよね」

「は……!?」

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妹はカノジョにできないのに(旧題『15歳JC妹(略)』) かがみゆう @kagamyu

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