もぐらのそうしき

@kimurakeiko

もぐらのそうしき

ヤ子は、うれしくてとび上がりました。そしてとくべつきれいな声で叫びました。

「来て、おばあちゃん、もぐらよ。」

 そして、おとうさんが、両手でかこむように持っているもぐらを、そっとのぞきました。

 とがったくちばしを、おとうさんの手のひらにすりつけています。

 ヤ子の家の庭に、ぽっくりあいた穴が、三つも四つもありました。

「もぐらの穴だよ。」

と、おとうさんもおばあさんも教えてくれました。

「もぐらって何。見せて。」

 でも、まっ暗なもぐらの入口は、いつ見ても何も出てきませんでした。

 それがきょう、おとうさんの手の中に取れたのです。

「とうとう、見いつけた。」

 ヤ子の顔は、しばらく笑いっぱなしでした。


 もぐらをどこに住まわせるかが、問題になりました。あき箱に入れよう、とおとうさんとおばあさんが言いました。そうしたら見えなくなるので、ヤ子は反対しました。

「ちゃぶ台の上に置こう。」

「ちゃぶ台の上なんて、きたないよ。」

と、おばあさんが反対しました。

「明るすぎてだめだ。」

と、おとうさんが反対しました。

「どうして明るすぎてだめなの。」

「もぐらの目は暗い方がいいんだ。お日さまにあたったら死んでしまうくらいだから。」

 しかたがないので、ヤ子は大事な宝石箱を持ってきました。

 カラカラッシャー

 ヤ子の宝石が、いっぱいつまった箱は、勢いよくからっぽにされてしまいました。おまけつきキャラメルの、そのおまけの方の汽車、こま、船、花、自動車などの宝物は、しばらくたたみの上にほっておかれることになりました。

 宝石箱には、もぐらという宝石が入ることになったからでした。


            2.


「もぐらのおうち、もぐらのおうち。」

 ヤ子はそのまわりを、ヤ子式のスキップでとびまわりました。その次に、ふたをあけてもぐらをだき上げました。ヤ子の両手でつかむのに、ちょうどいいくらいの大きさです。背中を丸くして、とってもおとなしいもぐらでした。ときどき、キュー、キュー。」と言います。泣いているのか、話しかけているのか、その時、ヤ子にはわかりませんでした。

 ヤ子は、もぐらのことがうれしくて、じっとしていられなくなり、みんなに見せまわることにしました。

 はじめに、スピッツ ベロの所へ行きました。

 ベロは、ろうかのおもちゃ箱の横に、ねそべっていました。

「きょうは、新しいお友だちをつれてきたよ。」

 ヤ子が言うと、ベロはあわてて立ち上がりました。あまりあわてたので、むこう向きになっていました。ベロは、いつもこうなのです。

「あわてない方がいいよ。」

 と、その度にヤ子は注意してやるのですが、それはいつも、あわててしまったあとでした。

「もぐらなんだけどね、日なたに出たら、死んでしまうの。だからいつも暗い所にいるの。」

 ベロは急いで、まわれ右をしてヤ子の前にある宝石箱を見ました。

「もぐらって、宝石箱と同じだね。なかよくしよう。」

 ベロは、ていねいに宝石箱におじぎをしました。

「ちがうの。この中にいるのよ。ちょっと見て。」

 ヤ子は得意そうに箱をあけました。ろうかは明るいので、かげを作ってやりました。

「おや、かわいいなあ」

 ベロは、なめてやろうとしましたが、ヤ子にとめられました。

「何でも困ったことがあったら、ぼくに相談してね、ぼくは日なたなんか、ちっともこわくないんだから。ハハハハ。」

とベロは力強く言いました。もぐらは小さい声で、「よろしく。」と、ヤ子に教えられた通り言いました。目は見えないけれど、ちゃんとスピッツの方を向いておりました。

「もぐらにつける名まえを考えておいてね。」

 ヤ子はそう言って次へ行きました。

 赤い電話、チリンさんの前でした。黄色い線の先に、受話器がついています。チリンさんは、今用事がなくてたいくつしているところでした。

「きょうは、新しいお友だちをつれてきたよ。」

「まあまあ。」てれてしまって、日に照らされたようにいっそう赤く光りました。うれしい時は、いつもこうなのです。とてもきれいな色なので、ヤ子はそれをとめませんでした。

「もぐらなんだけどね。日なたに出たら死んでしまうの。だからいつも暗い所にいるの。」

「まあ、死ぬなんて、そんな。」

 チリンさんは、スーと顔色がさめました。

 もうてれてはいませんでした。

「困ったことがあったら、いつでもここへおいで。どんなことでも電話で頼むといいよ。」

 チリンさんは受話器をカチカチ鳴らせて言いました。もぐらは、みんなやさしいな、と思いました。それといっしょに、おかあさんを思い出していました。おかあさん、おかあさん、と思っている間に、あいさつのしかたを忘れてしまいました。口をトントン箱に押しつけてみました。こうすれば、たいていのことは思い出せます。

「ク・シ・ロ・ヨ。」

 思い出したことばはそれだけでした。だからじょうずに言えた、と安心しました。覚えた順に忘れ、忘れるのがおそかった順に思い出したのです。

 チリンさんはそのことばがわからないけど、おもしろくて笑いました。

「もぐらにつける名まえ、考えておいてね。」

 ヤ子はそう言って次へ行きました。

 三番めはピュッピちゃんの前でした。ピュッピとは、ヤ子がつけた名まえです。呼びにくいと思うんだけど、ヤ子が初めて話ができるようになったころ、おばあさんに教えてもらって言えた名まえです。それからキューピーには、ピュッピちゃんという名まえができたのでした。

 ピュッピちゃんは、両手をひろげて待っていました。用事がなくても、いつもこうしてヤ子を待っているのです。待ちぼうけに終る日も多いんだけど。

「きょうは新しいお友だちをつれて来たよ。」

「ほんと、うれしい。」

 ピュッピちゃんは、喜んで両手をたたきました。力を入れすぎて、もう少しでたおれるところでした。すぐたおれるんだけど、とてもひとりでは起き上がれません。ヤ子はその度にピュッピちゃんの頭を持ち上げてやらねばなりませんでした。

「もぐらなんだけどね。日なたに出たら死んでしまうの。だからいつも暗い所にいるの。」

 そう言って箱のふたをあけました。

 もぐらは、次々に知らない人に紹介されるので、ピリピリふるえながら縮んでいきました。土の中だったら、こんなにならないのに、と思っていました。

「もぐらって生まれて初めて見たわ。なかよくしましょうね。」

 ピュッピちゃんは、もぐらを珍しそうにながめました。見る物は何でも珍しくて、じっとみつめるのがピュッピちゃんのくせでしたが、すぐ忘れてしまうくせもありました。二回めでも五回めでも、「生まれて初めて見たわ。」なんて言うんです。

 ヤ子は、もぐらをもっとたくさんの友だちに見せて歩きたいと思ったのですが、もぐらがだんだん縮んでいくようなので、もうどこへもつれて行きませんでした。でももうひとり、つれていかなくても、見に来た人があります。ヤ子のおかあさんが、仕事から帰ってきたのでした。

 ヤ子は宝石箱を持ってあいさつしました。と言っても「おかえりなさい。」はぬかしていましたけれど。

「いい物が入ってるの。あててごらん。」

「さあ、何だろう。」

 おかあさんは、ヤ子の宝石をいつもあんまりほしそうに言いませんでした。宝石箱に入る物は、だいたいわかっているというような顔でおかあさんは答えるのでした。

「あのね、いい物なの。あけてごらん。」

 きょうはおかあさんもよろこぶにちがいありません。

 おかあさんは、ヤ子の手から宝石箱を受け取ると、ゆっくりふたをあけました。

「キャッ。」

 おかあさんはふたをほうり出してしまいました。でもびっくりしたのはおかあさんだけではありません。

 暗い箱の中でひと休みしていたもぐらは、急に明るくなったものだから、びっくりしたの何のって。ピョッととびはねました。二回めとび上がった時には、おかあさんの手の上にいました。手の上の物が、もぐらだとわかるまで、おかあさんはもぐらといっしょにふるえていました。


            3.


 夜になりました。

 宝石箱の中に、すっかり夜が来て、もぐらのからだのふるえはとまっていました。そしてからだの中から力がわいてきて、縮んでいたのが少しずつのびていくようでした。ほのぼのと、あたたかい土のにおいと、重みはないけれど、一番おそろしい光は、もうないのです。

 もぐらはうれしくなって、トントン足ふみをしました。それだけでは物足りなくて、前足をふんばってさか立ちを始めました。が、土の中のようにうまくいきません。うしろ足が床からはなれる前にドドンと横にたおれてしまうのです。それに、もうひとつ、おなかがすいて、出てきた力もどんどん消えてなくなってしまうのでした。


 ヤ子は夕ご飯のとき、二回もおかわりをしました。そして、「もぐらのご飯は?」ともぐらにとってうれしいことに気づきました。何を食べるのかな、ヤ子はおはしをなげ出して、大急ぎでチリンさんの所へ行きました。

「チリ、チチン。もしもし、もぐらは何を食べるのですか。教えてください。」

「生きたミミズ、一日に五・六十ぴき。」

「ミミズ?」

 ヤ子は、あの細長くてニュルニュルしたのが大きらいでした。でももぐらのご飯だとすると、ヤ子のわがままはしばらくおあづけ。

 おとうさんにミミズを取ってもらって、宝石箱に入れねばなりません。

「五・六十ぴきも取れないよ。」

 おとうさんは、裏の畑から、三びきだけ取ってきてくれました。

 三びきでも多い、とヤ子は思いました。五・六十ぴきってどれくらいなのか知らないんですけど。

 ミミズのほかに、おとうさんは畑の土を持って来ました。

「もぐらには土がなくては。」

 おとうさんは、宝石箱を五つよせたくらいの大きさの箱に、土とミミズを入れてくれました。

 もぐらは、新しいおうちにひっこしました。


            4.


久しぶりにもぐらは土と遊びました。地だんだふんだり、トンネルを掘ったり、でも残念なことに、すぐしょうとつしてしまって、トンネルは完成することがありません。しょうとつした数、それは二十一回。もぐらのおうちは未完成のトンネルだらけになるところでした、が、土はやわらかくてほった穴は、すぐうずまってしまうようになっていました。二十一回めのしょうとつのあと、もぐらのおうちに変化が起こりました。あまり土をはねちらすものだから、箱のふたがあいてしまったのです。そして、トンとひととびしたとたん、もぐらは外に出てしまいました。

 広い広い外へ。じゃまになるものは何もありません。顔を動かしても、足を動かしてもふれる物は何もないのです。

 もぐらは不安になりました。

 ちょっと力を出して歩けば、土の中にいるより、十倍も十五倍も前へ進んでしまいます。

「これでいいのかな。」

 そんなひとりごとばかり言いながら、もぐらは暗いろうかをとぶように歩いて行きました。

 メスン

 メスン

 へんな音にもぐらは立ちどまりました。何かとっても悲しくなるような音でした。自分まで悲しくなってしまわないように、もぐらは元気を出して物音に近づいてみました。

「だれ、ヤ子ちゃん?」

 もぐらの鼻の前のものが言いました。

「ぼく、もぐらだよ。何しているの。」

「迷子になったの、わたし。ヤ子ちゃんどっかへ行ってしまった。メスン、メスン。」

 メスン、は大きくなって三回めにウワーンと大声になってしまいました。

 迷子は、赤い帽子に赤い服、赤いズボンの人形、赤子ちゃんでした。

「こわがらなくてもいい。いじわるしないよ。」

 もぐらは、自分の知っていることばを全部さがして赤子ちゃんをなぐさめましたが、ききめはありません。迷子が、おかあさんをさがしあてたときのように、安心して力いっぱい泣くのでした。

「そうだ。いいことがある。もう泣くのはやめてよ。」

 もぐらは、赤子ちゃんをつれて、チリンさんの所へ行こうと思いました。

「困ったことがあったら、いつでもここへおいで。」

とチリンさんが言ったのを、ちゃんと覚えていたのです。

 赤子ちゃんは泣くのもつかれたらしく、だまってもぐらについて歩きました。

 もぐらは、さっきのように進むわけにはいかなくなりました。赤子ちゃんたら、とてもおそいのです。「はいはい」をする方がはやいんだけど、ちょうど歩き初めたばかりで、おそくても歩くのが好きでした。これじゃヤ子ちゃんにおいてきぼりにされても無理ない、ともぐらは思いました。

「おや、ねずみさんと赤子ちゃん、こんばんは。」

 話しかけてきたのは、くものクモタでした。

 クモタは天井に半分だけ巣を作っています。

 あと半分ができ上がらないうちに、詩を作って遊んでしまうのでした。

「くもはくもらしく巣を織ってればいいのに、詩なんか作りたがるから、巣も半分、詩も半分の中途半端ばっかりだ。」

と他のくもたちから何回も注意されました。

 クモタもそのとおりだと思いました。だから、あたりが暗くなりかけると、一心に糸を出して巣を織り始めます。

「スイスイススー

これはぼくの仕事、ぼくの織り物

どんなもようになるだろう

たて糸六本 また六本

横糸はるのはムズムズムズ」

 ここまでくるときまってクモタの頭は逆回転を始めます。

「ムズムズムズ

花のもよう かたつむりのもよう

それもいいけど

この巣の外にあるものも

見に行きたい」

 そんなことを思い始めると、クモタは巣の中にじっとしていられなくなります。

 ツツーッと空中エレベーターで下りてきてしまうのでした。

「スイスイススー

くらやみの中にひろげられた絵本

ぼくはそれと握手をしよう」

 巣を作るのも半分、詩を作るのも半分、とかげ口を言われることなんか、ちっとも気にならなくなっていました。

 クモタが絵本と握手ができたかどうか知りませんが、くもの巣が、たて糸のまま風に吹かれているのは毎晩のことでした。

 今も、クモタはツツーッと下りて来たところでした。

「ぼく、ねずみじゃない。もぐらだよ。」

「もぐら?そう言えば目もちがう、鼻もちがうなあ。で、どこへ行くの。」

「チリンさんの所へ行くの。赤子ちゃんが迷子になったから、チリンさんにヤ子ちゃんをさがしてもらうんだ。」

「チリンさんからヤ子ちゃんへ?ここからヤ子ちゃんの所へ行ってもいいわけだろう。」

「でもヤ子ちゃんがどこにいるのかわからないから。」

「なるほど。ぼくチリンさんの所へついて行ってあげよう。」

 クモタは先に立って歩き出しました。


            5.


 ヤ子の前に、くま、スピッツ、キューピーそれに貯金箱のモンキーとケロヨン(かえる)たちが集まっていました。赤子ちゃんがいないんだけど、ヤ子は気がついていませんでした。

「きょうはわたしよ。」

「ねえヤ子ちゃん、ぼくだよ。」

 ヤ子はスケッチブックと十二色のクレパスをひろげて、きょうはどれにしようかなと考えていました。

 寝る前に絵をかくのがヤ子の習慣になっていました。

「ヤ子ちゃん、はやく寝なさい。」

 ヤ子はちっとも眠くないのに三人のおとなから言われます。

「勉強するの。」こう言えば、三人は静かになります。ヤ子は、絵をかくために夜ふかしするのでなくて、夜ふかしするために絵をかくのでした。

「ヤ子ちゃん、そのはだ色がいいわ。」

「ぼく黒が好き。」

「赤がいいよ。」

ヤ子は黒とか、紺といった子はかかないことにしていました。女の子ですもの、そんな色、好きじゃないんです。

 今夜も、赤とはだ色とピュッピちゃんと貯金箱モンキーがえらばれました。

 ふたりは写真を写すときのように、すました顔で並びました。すました顔は、初めだけ。

 ヤ子が画用紙にかいている間に、ピュッピちゃんは二回もころびました。ヤ子が、どんな絵をかいているのか気になって、のぞいてはころぶのです。

 モンキーは、ひょろひょろ動いて、ヤ子に五回も注意されました。ピュッピちゃんと並んだら、どんなにがんばっても、モンキーのせいの高さは半分しかありません。ちょっとでも高く見せようと、せのびしているとすぐひょろひょろするのでした。

 でき上がった絵にヤ子は、こんな題をつけました。

 <せいくらべ>

 画用紙の中でピュッピちゃんは満足そうに笑っています。モンキーは、くやしそうな顔でせのびしていました。

「そうだ、この絵、もぐらに見せてあげよう。」

 くらやみから持ってきたもぐらのおうちは、戸があいていました。

「お日さまにあたったら死んでしまうの。電気にあたったら … 死なないわね。」

 もぐらのおうちは静かでした。

「もぐらはどこだ。」

 モンキーは、もぐらとせいくらべしようと楽しみに待っています。

「いない、もぐらがいない。」

 ヤ子は、やっともぐらのいないことを知りました。

 モンキーはがっかりして、せのびをやめました。

 ピュッピちゃんは、さがしに出かけようと、よういの姿勢になりました。

「もぐらはどーこ。」

 ヤ子は、あわててとび上がりました。

 くまやケロヨンは、ヤ子にけとばされてしまいました。

「みんな、もぐらをさがして。」

 ピュッピちゃんは、一番にスタートしました。が、どっちへ行けばいいのかわからなくて、くるくるまいばかりしました。

 ほかのものだって同じです。走る音、こける音、部屋中、とてもにぎやかになってしまいました。

「そうだ、チリンさんに頼もう。」

 ヤ子を先頭に、チリンさんをめざして出発しました。


            6.


 チリンさんは、もうねようとしていました。

 夜中でも急用のために起こされることがあるのです。

「眠れるときに眠らなくては。眠るのも仕事のひとつ。」

 これがチリンさんの早寝の理由でした。

 そんなところへ、もぐらたちがやって来ました。

「チリンさん、お客だよ。」

 クモタは、いいことをしたときの満足そうな声で言いました。

「迷子がひとり

めざす人はどこか、だれも知らない

でもみつける方法を知っている

たて糸六本 また六本

どんなもようになるだろう。」

 クモタの歌声でチリンさんは目を覚ましました。

 もぐらは、クモタに教えられたように電話をかけました。

「もしもしヤ子ちゃん、すぐ来てください。赤子ちゃんがさがしています。チリチチン。」

 もぐらの声は、チリンさんの受話器の中にちゃんと入りました。

「これで安心。ヤ子ちゃんはすぐ来るよ。」

「ぼく、ヤ子ちゃん迎えに行ってくる。」

 言うが早いか、クモタの姿は見えなくなりました。空中エレベーターがあるから、行先がわからなくても、さっさと行ってしまうのでした。

 クモタと入れちがいに、にぎやかな声がしました。

「チリンさん、たいへん。もぐらがいないの。さがして。」

 ヤ子たちでした。

「ヤ子ちゃんが来てくれたわ。チリンさんありがとう。」

 赤子ちゃんは両手をたたいてよろこびました。

 チリンさんて、便利だな。すぐききめがあるんだもの。ともぐらは感心してしまいました。

「ヤ子ちゃん。」

 赤子ちゃんはうれしくて、ヤ子にとびつきました。

「あ、もぐら、もぐらがいる。」

 ヤ子はもぐらばかり見て叫びました。でも手は、しっかり赤子ちゃんをにぎっています。

「やっぱりチリンさんのところへ来ればいいね。」

「よかったわ。」

 みんなは、チリンさんをほめたたえました。

 と、その時です。

「う、苦しいヤ子ちゃん。」

 チリンさんは真青な顔をして、ふるえていました。

「どうしたの。」

「あ、チリンさんの病気が … 。」

 ヤ子の笑顔が、さっとひきしまりました。

 そしてチリンさんの体の横についている白いボタン ― それはヤ子の人さし指で押すのにちょうどいい大きさでした。 ― を押しました。

 ピピピー、ピピー

 ベルが鳴りつづけました。

 みんなおちついている中で、もぐらだけがチリンさんとヤ子を見くらべながら、そわそわしていました。

 ベルは、少しずつ小さくなり、おしまいのピが消えたとき、ヤ子はゆっくり指をはなしました。

「ヤ子ちゃん、どうもありがとう。」

 チリンさんの顔色は、もとのように赤いきれいな色になっていました。

 チリンさんの病気は、ときどき起こりました。受話器の中には、みんなの願いや相談や、困ったことなどの声が、次々に入ってきます。その声は行く所がなくて、受話器の中にきちんとたまるようになっていました。それがいっぱいになってしまうと、チリンさんは苦しくなります。ボタンを押すと、ピピーの音といっしょに、声は黄色い線を伝わって消えて行きます。受話器の中が、からっぽになって、チリンさんは元気になるのでした。このボタンを押すのは、ヤ子であったり、くまであったり、ペロであったりします。あわてずに一番じょうずなのはヤ子ですけれど。

 これからは、もぐらもチリンさんの病気を治すようになるでしょう。


            7.


 ヤ子はいつも朝ねぼうしました。

 ペロはもっとおねぼうで、ヤ子より早く起きたことは一回もありません。

 ヤ子が起き出すころは、おかあさんは仕事に行っています。洗たく物は、お日さまの光の中で泳いで、少しずつかわいていました。

 今朝のヤ子は、おばあさんにあいさつするより先に、もぐらのおうちへ行きました。そこにはどうでしょう。もうちゃんとペロが来ていました。

「ペロおはよう。早起きしたのね。」

「ヤ子ちゃんおねぼうね。早寝早起きするものだよ。」

 ペロはそんなこと言っていばりました。

「ぼくね、もぐらの名まえ考えてきたの。」

「まあ、何て名まえ。早く教えて。」

「フフフ、いい名だよ。言うのがおしいくらい。」

 そう言いながらペロは、早く言いたくてしかたがなかったのです。

「あのね、モッチって言うの。どう?」

「もぐらのモッチね。モッチ、モッチ。」

 ヤ子は満足でした。

「早くもぐらに教えてあげよう。」

「それが、まだ眠ってるらしいんだ。返事しないよ。」

「でももう起こさなくちゃ。」

 ヤ子は、もぐらモッチのおうちの戸を少しずつあけました。

 モッチは、土の上にだらりところがっていました。

「モッチおはよう。」

 ヤ子は六回くらい呼んだのですが、モッチはピクリともしません。

 ヤ子は、そっとさわってみました。

 だらしなくのびた足やからだ、とがった口は、土の上に投げ出されたまま、もう動きませんでした。

「死んでる。」

 ペロが言いました。

「モッチが、死んでる。」

 ヤ子は、そう言うのがやっとでした。体中がしびれてしまうほど、びっくりしてしまいました。ポロポロ涙がこぼれました。

 ヤ子の涙は、いつも用意されているように、すぐ出てくるのです。そして今まで

上きげんだった声も、ウワーンと泣き声になっていました。

 ヤ子の泣き声は、家中、どこにいても聞こえました。

 チリンさん、ピュッピちゃん、赤子ちゃん … とみんな集まってきました。

 モッチが死んだ。

 家中のお友だちは、こんな悲しいめに合ったのは初めてでした。

「こんなさびしいことって、あっていいのだろうか。」

 ベロは、どっちを向いてもそう言って怒っていました。

 ピュッピちゃんは、ヤ子に負けないくらい大きな涙をこぼしました。だから、ほっぺはかわく間がありませんでした。

「お友だちがふえてよろこんでいたのに。」

 赤子ちゃんは、歩く元気もなくはいはいのかっこうで言いました。

「おそうしきをしなくちゃね、ヤ子ちゃん。」

 チリンさんは、なぐさめるように言いました。

「土の中から来たんだから、土に帰してやろうよ。」

 クモタが言いました。


            8.


 モッチのおうちを、ヤ子が持っていました。

 みんなは、そのあとに続いて、裏庭へ出ました。洗たく物の下をくぐって行くと石段があります。そこには、しもつけ草、あじさい、椿などの木がありました。そこを進むと、野菜畑がありました。

「モッチのお墓は、あそこがいい。」

 ペロは畑をさしました。

「あそこは、すぐほり返されてしまう。このあじさいの花の下はどうだろう。」

 クモタが言いました。あじさいは、濃いい紫の花を力いっぱい開いています。お日さまの光が、どの花びらにもあたって、きれいに輝いて見えました。

「ここにしよう。」

 ヤ子は、クモタにさんせいしました。

「土に帰れモッチ、

 ぼくの友だちモッチ

 わずか一日だったけれど

 ぼくの生活に

 ひとつのもようを作ってくれたモッチ

 生きている者の悲しみを教えてくれたモッチ

 土に帰れ、やすらかに」

 クモタは、今作ったばかりの詩を読みあげました。


   <モッチのはか>


 その日の午後、あじさいの花の下に、そんな立てふだが見えました。

 ヤ子は、ひらがなより書けなかったんだけど … 。モッチという字、いっしょうけんめい練習したにちがいありません。

 ちょっとゆがんでいました。


                                 おしまい

 



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