最終話 バイト帰りに拾ったのは世界一の奥さんでした!

 ピピピピ、とアラームの音で目を覚ます。


 俺はぼーっとしながら時計を見た。時間は朝の7時。1人では大きいダブルベッドの上で同居人はまだ眠っているようで、藍の髪の毛がベッドの上に散らかっていた。そっとその頭を撫でるとともに、ぼんやりと記憶の整合性を取る。


 あれ、さっきまで陽菜と一緒に星を見てたのに……。


 そう考えた瞬間、それが夢だということに気が付いた。


「……随分、懐かしい夢を見たな」


 俺はそう呟くと、ベッドのサイドテーブルの上に2つ並べられた銀の指輪を手に取ると左手の薬指にめる。これをするだけで、急に目が覚める。朝になったんだという感覚を掴める。


 ベッドから降りようとすると、後ろから手を掴まれた。


「……やだ」

「うん」


 俺は指輪を再びサイドテーブルに戻すと、さっきまで眠っていた陽菜が抱き着いてきた。


「蓮君の良い匂いがする」

「くすぐったいって」


 陽菜は俺の胸に顔をうずめながら、すんすんと匂いを嗅いだ。


「蓮君。今日すごい顔色良いね」

「良い夢見たんだ」

「夢?」

「うん」

「どんな夢?」

「俺が初めて陽菜と出会って、星を見に行くまでの夢だよ」

「むー。私も見たかった」

「じゃあもう一回寝る?」

「ううん。こうしてる」


 甘えてくる陽菜を可愛いなぁと思いながら抱きしめる。


 俺の胸に顔を静める陽菜を抱きしめると、ちょうど陽菜の頭が俺の顔のあたりにくるので髪の毛と触れ合ってくすぐったいのだけど、それがまたちょうど良い。


 俺が起きてから5分経ったので、再びアラームが鳴る。

 俺はそれを気だるげに止めると、陽菜を抱きしめた。


「ね、蓮君」

「ん?」

「初めて星を見に行った時って何年前?」

「5年前じゃない?」


 多分それくらいだったと思って答えたら、陽菜がぐりぐりと頭を押し付けてきた。


「違うよ。6年前だよ」

「そっか、もうそんなに経つのか」


 俺は陽菜を抱きしめながら、そう呟いた。


「……早かったね」

「うん。そうだな」


 俺はそっと陽菜の柔らかさをいっぱいに感じながら返した。


「蓮君、まだ市役所はあかないよ」

「楽しみだから、早起きしちゃっただけ」

「本当?」

「うん」


 俺はそっと陽菜の頭をなでる。


「そろそろご飯作るよ」

「なら、私も起きる」


 俺がそう言うと、陽菜は俺に続くように起きた。


「蓮君、おはようのキスは?」

「さっき陽菜が寝てるときにしたよ」

「じゃあ、もう一回」


 甘える陽菜に応える。


 そうして2人でサイドテーブルに置いてある指輪を取ると、左手の薬指につけた。思わず示し合わせたかのような行動に俺と陽菜の視線が合って、ほほ笑む。そのまま、階下に降りて俺は朝食の準備に取り掛かった。


「蓮君さ」

「ん?」


 いろいろと準備をしている後ろで陽菜が俺を見つめていた。


「料理、上手になったよね」

「陽菜先生のおかげだよ」


 壊滅的だった料理も陽菜に教えてもらいながら何度も作っているうちに、下手が普通になりそして得意と言えるまでになった。それでも5年はかかったけど。


「わっ!」


 ふと、後ろでスマホを触っていた陽菜が驚いた声をだした。


「何かあったの?」

「葵ちゃんたち、今日出すんだって!」

「じゃあ、一緒か」

「凄いね」

「だな」


 実は昨日のうちに岳からあらかじめ教えてもらっていた俺は陽菜にサプライズとして隠していたのだが、どうも向こうの相方が陽菜に暴露しちゃったらしい。


「本当にこれで大丈夫かなぁ……」

「大丈夫だよ。だってもう5回は確認しただろ?」

「でも心配だもん」


 スマホで正しい書き方を調べながら、陽菜は机の上でクリアファイルに入っている一枚の書類を何度も見る。俺はそれを微笑ましく思いながら、手を進めていく。もう慣れたものであっという間に朝ごはんを作ると陽菜に振る舞う。


 そして朝食を取って着替えると、身だしなみを整える。

 とはいっても、服装は楽なものだ。


「陽菜、いこっか」

「うん!」


 書類を入れたクリアファイルをカバンに入れて、俺と陽菜は家を出る。

 ふと、俺はその家を振り返った。


「どうしたの?」


 それを不思議に思った陽菜が尋ねてくる。


「ううん。本当にあっという間だったなって思って」


 そこにあるのは、ずっと変わらず高校の時から住んでいた家族の家だった。かつて、祖父母から逃げ出すようにやってきたこの家で、俺は寂しさと住んでいた。でも、陽菜がそこから救い出してくれた。


 それから6年間。

本当にあっという間だった。


「蓮君、バス着ちゃうよ?」

「うん。もう行く」


 両親との別れの寂しさとは決別をしたはずだったけれど、ふと時々無性に会いたくなる。だからきっと、俺は一生をかけてこの寂しさと付き合っていくのだろう。だから、それが叶わない願いだと知っているけど今日だけは2人に大きな声で言いたいのだ。『新しい家族ができるよ』と。


 父は驚くだろう。母は喜ぶだろうか。


 2人に自慢したいのだ。


 自分の奥さんは可愛いんだって。

 自分の奥さんは素敵な人なんだって。


 けれど、それは叶わないからそっと胸の中にしまっておく。

 そして、新しく家族になる人の手を優しく握った。


「大丈夫かな」


 バスの中で陽菜は再びクリアファイルを取り出して確認する。


「大丈夫だよ」


 俺は『婚姻届』と書かれたそれを見ながら、陽菜を安心させられるように優しく紡ぐ。


「それに、書類が駄目でも結婚できないってわけじゃないんだから」

「そうなの?」

「間違えてたら教えてくれるよ」


 俺がそういうと、「それもそうだね」という顔をして陽菜は書類をしまい込んだ。


 バスの『市役所前』という音声を聞いてバスから降りると、見知った顔がちょうどバス停の近くにいた。


「よう、蓮」


 それに気が付いたのは俺だけじゃなかったようで、岳が手を挙げた。


「おう、岳」


 岳の隣には阿久津さんがいる。いや、今日から阿久津さんではなく暁さんになる。岳と被って言いづらいな。もっと早い段階で下の名前で呼ぶようにすればよかった。


「秋月君たちも出しにきたの?」

「そうだよ」


 俺が頷く。すると、隣にいた陽菜がちょっといたずらっ子っぽく笑った。


「葵ちゃん。今日から私も秋月だよ」

「あ、そっか! じゃあなんて呼ぼう……。蓮君、はまずいし。蓮はなんか親しげ??」

「……何でも良いよ」


 本当に何でもいいので、俺はそう返すと4人で市役所に向かった。


 手続きは驚くほど簡単に終わった。たったそれだけで家族になれるのかと俺はちょっと不思議に思ったけれど、陽菜の笑顔を見ていたら何だかこちらも笑顔になってきて、何だかどうでも良くなった。


「蓮。結婚式にはちゃんと誘えよ」

「あ、私もね! 岳だけ誘わないでね!」

「もちろん」


 岳と阿久津さん……じゃなくて、葵さんは俺たちと向かう場所が別らしい。


「葵ちゃん。私たちもちゃんと式に誘ってね」

「うん! もちろんだよ!!」


 そう言って、俺たちは別の方向に歩み始めた。


「ね、蓮君。時間は大丈夫?」

「ん。大丈夫のはず」


 俺は腕時計で式場見学の予約時間まで、まだ余裕があることを確認した。

 タクシーでも拾おうかと歩きながら、隣を歩く人生のパートナーを見つめた。


「陽菜」

「んー?」


 俺の問いかけに、陽菜は俺の方を見た。


「俺、いま凄い幸せ」

「私も幸せだよ」


 そして、2人してほほ笑んだ。





終わり










後書きは近況ノートにて

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バイト帰りに拾ったのは家出してきた学校一の美少女でした シクラメン @cyclamen048

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