第34話 星駆けて

「ついたよ、陽菜」

「ここ?」

「うん」


 土曜日の夜、陽菜とともに家を出て向かったのは家から離れた場所にある小さな山の上だった。小さな廃校舎があって、少しだけ不気味な雰囲気が漂っているものの、街から離れているため、まだ夜の8時だというのに星が良く見えた。


「こんな場所どこで知ったの?」

「昔、ね」

「……元カノ?」


 少しジト目で陽菜が俺を見る。


「ち、違うよ! 両親と来たんだ」

「……ごめんなさい」

「良いよ。昔の話だから」


 俺はそう言ってレジャーシートを引いた。その上に座ると、陽菜が隣に座る。


「流星群見るの初めてなの」


 そして、ぽつりと言った。


「え、そうなの!?」

「うん。両親はあんまりこういうのに興味ないし、兄さんたちは友達と勝手に抜け出して見てたから」

「そっか、そうなんだ」


 俺は陽菜の手を握りながら、そっと返す。


「なら、きっと今日は楽しめるよ」

「蓮君は何回目なの?」

「2回目かな」


 陽菜の問いかけに応える様に、そう返す。


「そうなの? 暁君と身に来たりはしなかったの?」

「中学の時はじいちゃんもばあちゃんも厳しくってさ。18時までは家に帰ってないといけなかったんだ。だから、見れなかったんだよ」

「じゃあ、私と蓮君でそんなに変わらないんだ」

「うん。一緒だよ」

「嬉しい」


 そういって陽菜がほほ笑むものだから、俺は恥ずかしくなってちょっとそっぽを向いてしまう。


「ね、蓮君」

「ん?」

「流れ星になにか願うの?」


 空を見ながら陽菜が聞いてきた。願うことなんて最初から決まってるもので、俺はすぐに応えれた。


「陽菜とずっと一緒にいられますように、かな。陽菜は?」

「同じ。蓮君とずっと一緒にいられますようにって」


 縁結びの神様なんているとは思えないけれど、陽菜とずっと一緒にいたいから神にでも星にでもそう願いたい。これは俺のエゴなんだと思う。ただ陽菜が好きだからずっと一緒にいたいと思ってるだけだ。


 けど、それの何が悪いのか。

 好きな人とずっと一緒にいたいと思って、何が悪いんだろうか。


「あ、陽菜。何か飲む?」


 ここまで少し山を登ってきたので喉が渇いただろうと思って、カバンに入れたペットボトルの飲み物を取り出すと、陽菜はその中から1本選んで手に取った。


「うん、これちょうだい」


 そう言って、彼女はペットボトルの蓋を開けて口に運んだ。

 俺も同じように1本を手に取って、口に運ぶ。


 するとその時、天に1つの星が走った。


「陽菜、始まったよ」


 俺がそう言うと、陽菜が顔をあげた。


 そして、わずかに空の中で星たちが落ち始めるとそれに釣られるようにして無数の星々が降り注ぎ始めた。青や紫にも似た夜の空を、白の光が線となって抜けていく。ただ、空に飲み込まれてしまいそうになるほどに深い夜空を星が染め上げる。


「……すごい」


 陽菜がぽつりと呟く。


 俺はそんな空を見上げる陽菜に見とれていた。夜空から切り出したかのような藍の髪の毛に、長いまつ毛に彩られた青の瞳が星を追う姿がまるで幻想のように映った。やっぱり陽菜は、可愛い。


 そうして、星空を見上げている陽菜が、急に何かに気が付いたように俺の方を見た。


「もう、なんで私を見てるの」

「星空を見る陽菜も可愛いなって」

「……もう」


 陽菜は怒ったように顔を赤らめる。けれど俺は知っている。これは怒っているんじゃなくて、恥ずかしがっているだけだ。


 そして、お互いに何も言わずにそっと空を見上げた。やはり空は雨のように無数の星が降り注ぎ、まるで空にある全ての星が無くなってしまうのではないだろうかと思ってしまう。


しばらく、無言が続いた。お互いの間に、言葉は要らなかった。ただ、側にいて手を繋いでいるだけで心まで繋がったかのような錯覚を抱いた。そうしていた時間がどれほどだっただろう。


 時間間隔が溶けて、周囲の感覚も無くなって、ただ俺と陽菜と夜空だけが取り残された瞬間、陽菜が口を開いた。


「蓮君」

「うん?」

「結婚したい」

「良いよ」


 俺はすぐにそう言った。そして、ぎゅっと陽菜の手を握る。

 気持ちを離さないように。俺と陽菜の心が別れてしまわないように、強く手を握る。陽菜も、それに負けないように震えるように手を握り返してくる。


「……本当?」

「もちろん」


 それはきっと、怖いからだろうと思う。俺には陽菜の気持ちがよく分かる。陽菜は今まで裏切られてきたから、怖いのだ。また、裏切られる恐怖が彼女の身体に纏わりついて離れないのだ。


「顔を見てよ」


 だから、俺は陽菜を見る。彼女は俺の顔を見てそこに嘘偽りの無い事を確認してから、ぱっと顔が明るくなった。俺にできることはただ陽菜に誠実であること。そして、陽菜を信じること。それだけなのだ。


 なんて自分が無力なんだろうと思う。

 好きな女の子に安心すら抱かせて上げられない自分が不甲斐なくて嫌になる。


 安心した陽菜が手の力を緩める。俺もそれにならった。


 刹那、ぱっと空が明るくなった。2人して空を見上げる。

 きっと星が爆ぜたのだ。


 そして、そのまま星を眺めながら陽菜が口を開いた。


「蓮君は、さ。どっちがいい?」

「どっちって?」

「名前」

「あー」


 星が空を駆けていく。


「七城……蓮か。ちょっと変じゃない?」

「変じゃないよ? かっこいい」


 そうかな、と思いながら俺は陽菜の名前を呼んでみる。


「秋月陽菜。可愛い名前だね」

「ね、可愛い」

「……恥ずかしくなってきた」

「どうして?」


 そう言って陽菜はほほ笑んだ。


「でも、蓮君には私の家に入るのおススメしないよ」

「何で?」

「だって、あの人たちがいるから」

「そっか」

「だから、私が蓮君の家に行くの」


 何かその言い方が古風で、俺は少し笑ってしまった。


「陽菜」

「なに?」

「家に入るは……ちょっと古いよ」

「そうなの?」

「うん」


 陽菜が純粋にそう聞いてきたものだから、俺はふと思い出して納得した。そう言えば陽菜は花嫁修業を家でやらされていたと言ってたし、いまだにスマホも持たせてもらえないと言っていたからそういう古い家で育ったのだ。


「でも、蓮君と一緒に居たいのは本当」

「俺もだよ」


 きゅっと手を繋ぐ。


 天から大きな星が降ってくる。

 それは燃え尽きながら虹の二重螺旋の尾を残して、消えて行く。


「陽菜」


 名前を呼ぶ。そして、陽菜の顔を見つめる。

 彼女もこちらを見つめ返してくる。


 そして、何も言わずにそっと目をつむった。

 俺は握っている陽菜の手を優しくこちらに手繰り寄せて、顔を近づける。






 星が1つ、煌めいた。

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