第33話 幸せのあり方
朝起きるとまだ熱が残っていたので、俺はその日学校を休むことにした。陽菜は心配そうにしていて、家に残ると言ってくれたが流石に俺の都合で彼女まで学校を休むわけにも行かないだろうと思って俺は陽菜を送り出した。
そして、ベッドに倒れこむ。
「あっつ」
自分の額に手を置いてぽつりと呟く。
頭が痛いが、昨日ほどじゃない。
しばらくそのまま天井を見つめていると、窓からの光が強くなった。太陽が昇ってきたんだろうと思って、目をつむる。かなり眠ったから、眠気は無い。
心の中にあるのは静かな暖かさ。
今まで虚ろだった場所に何かが注ぎ込まれて、そっと俺の心を満たしている感覚。
「……陽菜」
名前を呼ぶ。
間違いなく、彼女だ。心にいるのは、彼女だ。
「……なんで、あんなに優しいんだ」
陽菜のことを思い返しながら俺はぽつりと呟いた。風邪の時にみる悪夢はいつも同じものだ。きっと、両親が死んだあとに体調不良で寝込んでしまったことが自分の想像している以上にトラウマになってるんだろう。だから、風邪を引きたくない。夢でまで、あの悲しみを背負いたくないからだ。
陽菜に手を握ってもらって、頭を抱えてもらって寝た時は恥ずかしかった。正直、赤ちゃんかよとは思った。けど、一晩寝てみて起きた時になんの夢を見ずに起きたことがどれだけの安堵につながるのか、俺は見くびっていた。
「……なんで陽菜は、あんなに大人なんだ」
陽菜のことを考えようとして、陽菜のために何かしたくてもから回っている自分とは違う。陽菜は大人だ。でも、そんな陽菜が好き好きでたまらない自分に気が付いてわずかに笑う。
「……体、洗おう」
汗で気持ち悪いから、立ち上がる。昨日陽菜に身体を拭いてもらったとはいえ、一晩寝れば汗もかく。俺はふらふらと風呂場に向かった。シャワーだけでも浴びておきたかった。
階下に降りて水を飲もうと寄り道をすると、机の上に手紙がおいてあった。
『蓮君へ。昨日のお粥が残ってるから温めて食べてください』
たった1行のシンプルな手紙。
俺はそれに言葉にできないような温かさを覚えた。
……ああ。俺はいま、幸せなんだ。
そして、静かにそれを噛み締めた。
さらに一日経てば体調も完全回復。
翌日、バイトのシフトに穴を開けてしまったのが申し訳ないなぁと思いながらバイト先に向かったら店長が笑顔で受け入れてくれた。大人だ。俺はバイトを終わらせて、帰路につく途中でそっとスマホを取り出した。
「……大丈夫かな」
次の土日が陽菜と俺の付き合ってからの初デートになる。ちゃんと、『それ』の日付を間違えてないかどうかネットで確認。予測では、ちゃんとデート日と被っている。大丈夫だ。
「人、多いだろうな」
俺はそう一人で呟いて、公園の隣を自転車で抜けていく。つい先月まで、この公園で一人で夕食を取っていた。家でご飯を食べると、親がいた時を思い出して辛かったから、この公園で食べていたのだ。
そしたら、ある日そこに陽菜がいた。
偶然、だったんだろうと思う。
陽菜の家からこの公園は遠いし、間にいくつも公園がある。その中で、わざわざ俺が夕食を食べている公園に足を止めたのはまさに偶然だろう。
「運命、か」
そんなもの、今まで信じていなかった。
その言葉を憎んでいた。
何が運命だ。なら、俺の両親が死んだのも運命なのか。
俺が高校に通えないのも運命なのか。
俺が不幸なのは、俺の運命なのか。
そういった負の感情が俺の中で渦巻いていた。
けれど、陽菜が来てからその考えもぐっと変わった。
「……馬鹿馬鹿しい」
やめよう。
陽菜と俺が出会ったのが運命だとすれば、俺たちの過去が運命によるものだと言うようになってしまう。
俺と陽菜の環境が悪いのは、運命なんかじゃない。
保護者に、恵まれなかったからだ。
それだけだ。
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朝、顔を合わせるなり岳はそう聞いてきた。
「よう、蓮。今週末のやつ、行くのか?」
「そりゃな。岳は?」
「俺もだよ」
どうやら今週末に岳もデートらしい。
それもそうだろう。
「なんせ1年に1回しかないビッグイベントだからな」
「1年に1回ってビッグか?」
「ビッグだろ。正月とかクリスマスみたいなもんだ」
「そう言われたらビッグに聞こえるな」
俺たちは下らないことを言い合いながら学校に向かう。
「流星群、な。去年は曇りだったっけ」
俺が尋ねると、岳は首を振った。
今週末、タイミングよく流星群がやってくる。俺たちの地域では星が降るさまを日本の中でも一番きれいに眺められるのだ。それが、年に一度のビッグイベント。
「いや、雨だった」
「今年は?」
「今のところ、晴れの予報だぞ」
岳はスマホも見ずにそう言った。こいつも結構調べてるクチと見た。
「蓮はどこで見るんだ?」
「内緒。でも、穴場スポットだぜ」
「おい、どこだよ。気になるじゃねえか」
「行ったら来るだろ。お前ら」
「おう」
ノータイムで頷く岳にはもはや尊敬を抱く。
街を歩いていると、デカデカと掲げられている広告が見えた。俺と岳はそれを見て、同時に笑った。
「つっても大げさだよなぁ。愛の流星群なんてよ」
「誰が言いだしたんだろうな、これ」
岳と俺が好き勝手に文句を言う。
今週末にあるのは、カップルで見るとずっと一緒に居られるという謳い文句の流星群。もちろん、俺も岳もそんなものは信じていない。信じていないが、デートにはぴったりだ。
「しっかし、あの蓮が流星群を彼女と見に行くとはな」
「んだよ。悪いかよ」
「いーや? ただ、そんなにロマンチストかなぁ、と思ってな」
「ロマンチストじゃなくても見るだろ。普通に」
一度だけ、両親とともに見に行った光景が今でも頭に焼き付いている。両親はともにこの時期、仕事が繫忙期にさしかかるので、両親と流星群を見れるのは本当に稀な機会だった。あの日の光景は、まだ俺の心の中に焼き付いている。
また来ようねと約束した母親はもうこの世にいないのだけれど、俺は陽菜とあの光景を見たくなったのだ。
「なぁ、蓮」
「どした」
「ちゃんとラブホ確保したか?」
「は?」
俺の戸惑いに、岳はちょっとテンション高めに返してきた。
「バカ! 何のために夜遅くの約束を取り付けると思ってんだよ! そういうことのために決まってるだろ!」
「何言ってんだお前」
「はぁー。これだから童貞は」
「岳もだろ」
「流星群の日は世界で二番目にやってる奴が多いんだぞ」
「マジ?」
「俺調べ」
「ちなみに一番は?」
「クリスマス」
「…………」
俺はそんな岳のテンションについていけないので、飽きれながらに返す。
「あのさ、岳」
「なんだ?」
「俺、一人暮らしだから」
「……あ」
全てはそれで決着した。
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