第13話 CALL FOR YOU TO FIGHT①
午後十時を少し回った頃。
俺は一人、部屋の中でベッドに寝転がって携帯の画面とにらめっこを繰り広げていた。かれこれ三十分経過ほどこうしているだろうか。別に暇を持て余しているわけではない。やることはあるのだが、……あまり気が乗らないだけだ。
「はぁ……」
もう何度目かも分からないため息が漏れた。俺の視界にあるのはある人の連絡先。
『
別に今から告白するわけでもないので悪しからず。《お姉ちゃん》と表示されているのは勝手に操作されて誤登録されただけだ。変えればいい話だと思うだろうが、設定を変更できないからどうしようもない。ご丁寧にハートマークまで追加されていたのには、びっくりしたどころか恐怖を感じたね。
こんな状況を作った張本人は隣で呑気に寝ているだろうな。脳内でニヤニヤしている大輝の顔が浮かんだので、軽く壁をどついてやった。
それはそうと、俺が和葉さんに電話しなければならないのは大事な用があるからなのだ。オルガから異能を取り返す手立てが付いた今、何が不足しているかを改めて考え直した。如月とのペア戦になる以上は、完全に俺の実力不足が目立つ。
いくら武術が解禁されたとはいえ、ここ一年まともに体を動かしてこなかった。しばらくまた稽古すれば体は思い出すだろうが、そのブランクを埋めるためには別の手段が関わってくる。
武術だけではどうにもならない壁がある。ここは異能者の集まる学園なのだから。
俺の残された半分の『
というわけで、本格的に和葉さんに弟子入りしようと思い至ったわけだ。
そして俺はようやく決意を込めてコールボタンを押した。プルプルプル、プルプルプル……、三度目のコールで電話主が応答した。
「はあぁい」
「あ、もしもし」
「どぉーしたの? 翔くんから電話してくれるなんて珍しいじゃない」
「あ、和葉さん。ちょっと頼みがあってさ」
「…………フン」
「もしもし? 聞こえてる、和葉さん?」
「……翔くんはそう呼ぶのね。そう、そっかぁ。そうかぁ」
最初の声からだいぶトーンが落ちた皮肉の効いた返事が耳を刺す。う……これはまた名前の呼び方を気にしてんのか。電話の向こうであの光の失った目をしていると想像すると、背筋がゾクッとした。
「……か、和ねぇ。お願いがあるんだけどさ」
「なぁに!? 何でも言って!? 何でもするわ!」
「おわっ、急に大声出さないでくれ……」
それになんでもすると申すか……。俺が電話をかけるかかけまいか、ずっと悩んでいたのはまさにこれなんだ。姉呼びをしただけで、どんなことでもしてくれるところがあるから困っていた。どんな無茶でも躊躇わないから心配になる。
まあ、俺のお願いを聞いた後に必ず要求してくるアレも、俺が渋った理由の一つなんだけど。
「……ん? ………くん、ねえ聞こえてるの?」
「………ああ! ごめん」
少し考え込んでいたせいで、和葉の問いかけにまったく気づいていなかったのか、何回か呼ばれてようやく返事した。どこか心配そうな声音で先を促す和葉さんに、俺はつっかえながらも口を開いた。
「大丈夫? それで話ってなんなの?」
「ああ、ちょっとお願いというか手伝ってほしいというか」
「私にできることならなんでも手伝うわよ」
「いや、答えを出すのが早いんだって。せめて内容くらいは聞いてくれよ」
「んーでも翔くんの力に、んん、なりたいのよねぇ……よいしょ」
「正直それはすごく嬉しいんだが。……てか、さっきから聞こえる音はなんなんだ?」
動きながら会話でもしているのか、声が途切れ途切れになっている。まったく聞こえないほどの雑音ではないものの、聞き取りにくい煩雑な音だ。もっと言えば、まるで衣擦れのような音。気が散っていまいち集中できないので、音の正体を聞いてみると、
「んふふ、着替え中なの。お風呂上がりでまだ服着てなかったのよねぇ」
「ぶふっっ!!」
「あ~、今想像したでしょぉ? もう翔くんはえっちなんだからぁ」
「俺のせいじゃねえだろ、和葉さんから言ったんじゃん!」
こらえきれず思わず吹いてしまった。反応したら絶対に何か言われるとわかっていたが、それでも我慢できなかった。うふふと機嫌良さそうに笑い続ける和葉さんに対して、俺は強く止める術を知らないので黙って流した。くしくしと前髪をいじりながら、しばし待つことにした。
着替え終了の報告を受けて、本題を話し始めることにした。一応これまでの経緯を軽くかいつまんで説明をしながら話す。生徒会に所属する和葉さんならまた別の手段でオルガへの手掛かりが入るかもしれないと少しだけ期待した。
丁寧に相槌を打ってくれる和葉さんに、俺は少しずつ饒舌になっていった。
「ってことで、剣術の指導をして欲しいんだ。頼めるかな、和ねぇ?」
「なーるほどねぇ。それで私に……」
「他に頼めるつてがない、というか和葉さんが一番いいんだ」
「私が、一番?」
「…………そうだよ」
少し表現悩み、長考の後でなんとか返答する。語弊がありそうな気がするが、この際は仕方ないか。もはや半分許可は得ているようなものの、正式に弟子入りという
「んん」と咳払いの音が聞こえたかと思うと、さっきとは別人と思えるような低い声が耳に届いた。
「ねぇ、そのオルガくんはぁ、今どこにいるのぉ?」
「え、いや、それがわからないから、別の対策を――」
「ごめんね翔くん。和葉さんは急用ができたので電話を切ることにしまぁす。相談の件はまた今度ねぇ」
突然会話の流れを切られたかと思うと、チリチリと日本刀が鳴るような音が聞こえて、背中にひやりと冷たいものが落ちる感覚がする。その正体が当たっていませんようにと、俺は祈りながら尋ねた。
「え、えっと…………ご用事ってなんでございましょう?」
もう嫌な予感しかしない。
「決まってるでしょぉ? オルガくんをコロスの♡」
「こわい!! この人怖いよ!?」
「ちょーっといたぶってから搾れる分は絞らないとねっ!」
「可愛く言っても内容とのギャップがすごすぎて逆に恐怖だよ! てか、それはもうギャングみたいだよ! 生徒会の治安を守るどころか、境界をぶっちぎってんじゃん!」
「止めないで翔くん! 翔くんが辛い思いをしたのなら、その原因を
「いやいや待って待って! 本人いなくなったら、異能ごと消えちゃうかもしれないんだぞ!? 最悪のパターンだよそれ!」
確か大輝曰く、異能を取り返すにはオルガの意志で返却させるんだとか。死んだら意味ないんだよ、と和葉をなんとかなだめさせた。俺の必死の説得もあってか、息巻いていた和葉さんは数分後には落ち着きを取り戻していた。
「……分かったわ。翔くんのお願いを聞いてあげる。その代わりに――」
「ありがとう和葉さん! 恩に着るよ」
早口で言って和葉の言葉を途中で遮る。この後に続く言葉を言わせないために。
「その、お願いを聞く代わりに、条件があってね」
「本当ありがとう! マジで感謝してるから! それじゃまた学校で」
「あの、条件が――」
「いやーマジで感謝してるって。ははは、やっぱ頼りになるなぁー」
「……」
「じゃあまた」
「…………」
そうして言葉を重ねて、電話を切ろうとした時だった。
「……翔くん、聞きなさいっ!!」
「ひっ」
「これ以上私を怒らせると、もっとひどいことになるからね」
「…………はい」
先程の低い声で怒鳴られたら、もう話を聞くしかなかった。
異能らいふ~学園の底辺から最強目指します~ 吉城カイト @identity1228
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