家に帰ったらネコミミを付けているメイド服を着た推しがいる件

デトロイトのボブ

推しが何故か家にいる

 01





 比嘉茜、二十五歳。就職活動に時間をかけたくなかった私は給料が良く、福利厚生が充実している大手企業に入社をした。田舎から上京した私は華やかな東京で充実した暮らしを満喫できると思っていたが、現実は甘くなかった。

 大手企業とは形だけで残業、残業、残業。休みなんて名ばかりで私は定時を超えても働かせ続けられた、酷い時なんかは終電ギリギリまで仕事をしていた。流石に我慢しきれなかった私は上の人間に直談判したが受け止めてもらえなかった、むしろこの女は何を言っているんだというバカにした顔をしていた。

 会社にいる周りの人間は誰もデスマーチが続くこの現状を然るべき場所に報告をしようとはせず、ただ心を壊したロボットのように手を動かしている。私もいずれ彼らのように心を無くしてしまう時が来るのだろうか。もし、就職活動をしていた大学四年生のときに戻れるなら今すぐにでも戻りたいと思うようになっていた。





 早朝、駅のホームには大量の人がいた。スマートフォンを死んだ魚のような目で覗く同族たちは奴隷船が来るまでずっと待ち構える。これを何十年も繰り返さなきゃいけないと考えると、気が重くなる。

 奴隷船が来るまでの間、私は唯一の心のオアシスである「魔法使いと七人の使い魔」というソシャゲを開くことにした。このゲームは魔法使いとなった私が、色々な属性を持ったイケメン使い魔たちを率いて敵と戦う育成物だ。お気に入りの使い魔と信頼度を高めれば恋愛関係に発展できることから、私みたいなオタクから支持を得ている。課金すればするほど、私を褒めてくれるイケメンたちが出てくるからとても気分が良い。

 少しニヤケながらスマホをタッチしていると、乗り換え案内のアプリから一通の通知が来た。





 一個先の駅で人身事故が起きたらしい。復旧するまでかなりの時間を要するらしく、周囲にいた人間は一斉に会社に電話をかけ始めた。私も同じように上司に電話をかけようしたが近くにあった鏡をみて言葉を失う。

 鏡の中に映るべき私の姿が無かった、だが瞬きをした瞬間に私の顔が映っていたことから気の所為だろうと思うようにした。

(過重労働のしすぎて疲れているのかな)



 ――――

 ――――――――









「みぃくんだけが私の心の支えだよ……」





 夜の十時、帰宅途中の私は人がいないことを確認しながらスマホに映っている推しに話しかける。二桁万円をかけてやっと出てきた推しのミィーティくんは褐色肌で、ポニーテールでネコミミメイド服がよく似合う男の娘だ。運動が大好きで私だけに見せる可愛らしい笑顔は仕事疲れの私の心を癒してくれる。

(……あと一ヶ月で水着スキンを買える資金は手に入るからもう少し仕事を頑張るしかない)



『マスター? 今日もお疲れ様! 僕はマスターが生きているだけで嬉しいよ』





「デヘヘ……私も同じ気持ちだよ」





 目を潤ませて私の顔を覗くみぃくんの姿を何度もスクリーンショットをしながら、私は自宅に戻ってきた。

(家賃五万円の安いボロアパート、一人暮らしには充分。趣味に力を入れられたら後はどうでもいい)





「ただいま〜……」





 帰宅と同時に誰もいない部屋に声をかける。我ながら何を考えているのだろう、声なんか返ってくるわけないのに。そう考えていたはずが、思わぬ返答が返ってきた。







「お帰りなさい、マスター!」





 キッチンからネコミミを生やしてこの真冬の季節には合わない褐色肌の男の子が私を出迎えてくれた。しかもヒラヒラのメイド服を着ている。





(な、な、な、何で推しがいるの!!?!?)





 スマートフォンにいるみぃくんと、目の前にいるみぃくんを何度も確認する。そしてほっぺたをつねるが痛くはなかった。ようやく事態のおかしさを確認する。





「みぃくんがウチにいる!!!!?!」





 私は我を忘れてみぃくんに抱きついた。









 02





「……つまり平野くんは私のお姉ちゃんから言われて暫く家に泊まるようにしたの」







「はい、冬休みの間でいいから茜さんの身の回りの世話をしろって言ってました」





 落ちついてきた私はみぃくんにそっくりな平野涼太くんと名乗った男の子の話を聞いて、涙を流していた。

(私は幼いころからお姉ちゃんが大嫌いだった。でも、今は大好きと叫びたいぐらい感謝してる。アイラブ姉!)

 平野くんは私が抱きついても拒否反応を示さずに、むしろ私の頭を撫でてくれた。お仕事お疲れ様と言ってくれただけで、私は満足だった。



「じゃあ早速ですが……ご飯でも作りますね」





「え? いいよ私作れるよ!」





 こんな美少年が私の為にご飯を作る。何と言葉で表したらいいのかはわからないが、これだけは言える。

(私はなんて幸せなのだろう、手元にあるサイフからお札を手渡したいぐらい平野くんが天使に見える)

 平野くんは普段から料理をしているのか、私よりも手馴れた動作で冷蔵庫にある食材を使って豪勢な料理を作ってみせた。いつもの私が作るものと違って、彼が作る料理はレストランを開けるぐらいレベルが高い。





「凄い、凄いよ! 平野くん!」





「茜さんに喜んでもらえるだけで僕は嬉しいですよ。冷めないうちに食べてください」





(みぃくんにそっくりな平野くんが隣にいてくれる、いつも画面でしか触れ合えないのに今日は目と鼻の先にいる。幸せだ、いつ死んでもいいぐらい幸せだ。もし、これが夢なら覚めないでほしい……)





 平野くんは私がお皿を洗っている間にいつの間にかお風呂に入っており、上半身裸でリビングに来た。私は透かさずその光景を脳内に入れた後で、自己嫌悪に陥る。

(未成年相手になに興奮しているのだろう、昔大好きだった人に似ているからといって彼はもういないのだから冷静になれ私)



 みぃくん、いや平野くんは私が昔好きだった人と顔がそっくりだった。顔以外は全く似ていないけど。偶然もあるもんだなと考える。





「お風呂譲ってくれてありがとうございます」







「いいよ、別に。お料理してくれたお礼だよ」





(別に平野くんが入ったお風呂を堪能したいからではない、これは断じて違う。料理をしてくれたからお礼としてお風呂に先に入らせただけだから)



 お皿洗いを終え、充分にお風呂を楽しんだあとに私はテレビを見ていた。テレビは今日起きた人身事故について報じており、私は透かさずチャンネルを変える。

(どうして鏡に映らなかったのかな……何か変な物を食べた訳でもないのに変なの)





「茜さん、顔色悪いですよ?」





 ずっと考え事をしていたせいで、私は隣に平野くんがいたことに気づけなかった。





「ご、ごめんね。何でもないよ」







「大丈夫には見えませんよ……僕で良ければお話聞きますから」





 私に笑いかける彼の顔を見ているだけで心が落ち着く。信じてくれるかはわからないけど話をしてみることにした。





「……一度お仕事休んで見たらどうですか」







「でも私が休んだら人がいないし……」







「茜さんの心が壊れたら意味がないですよ、ちゃんと体を休めないと」





 平野くんは私が幻覚を見たという話を聞いても、笑いはせずにむしろ体の心配をしてくれた。今まで私の体調を気にしてくれる人はいなかった。体調を崩すだけで罵詈雑言を浴びせられる毎日だった私にとって彼の言葉は嬉しかった。



(どうしてか、私は平野くんの体を抱きしめていた。自分より歳が離れている男の子に心配をされるなんて私は何てダメな大人なのだろう)



「じゃあ今日は早く寝ましょう。僕がいっしょに寝てあげますから」













 03





 翌日、私は平野くんの言う通りに会社に有給を取りたいと連絡をした。断られると考えていたが、上司はイヤイヤながらも了承してくれた。あまりにも上手く行き過ぎていることに疑問を思った私は隣に寝ているはずの平野くんの布団を見てみる。





「すぅ……すぅ」





 十代の男の子らしく、寝相が酷くて私はつい笑ってしまった。

(もし、昨日の光景が夢だったらと思ったけど杞憂だったみたいだ)



「あ、おはようございます……」





 キッチンで朝食の準備をしていると、水の音で起きたのか平野くんが眠たそうな顔をしてふらふらと歩いてきた。普段はしっかりしているのに朝は弱いのだと思うと少し愛おしくなる。





「朝ごはんできたから食べちゃって。平野くんの料理と比べると美味しくないかもしれないけど」





「作ってくれるだけで僕は嬉しいです、ありがとうございます」





 平野くんと食べる食事は一人で食べる食事よりも楽しかった。私の仕事に対する愚痴も嫌がらずに笑ってくれて、彼は自分の話は一切せずに私の話に頷いてくれた。

 朝食を食べたあと、私と平野くんは電車に乗って遊園地に来ていた。まさか平野くんから提案をしてくれるとは思いもしなかった。今までのストレスを全部吹き飛ばそうと言ってくれた時は驚いた。既視感がある、何故か私はそう考えた。

 一通りアトラクションを乗り終えた私たちは昼食を取ることにした。平日ということもあって客は不自然なぐらい少なかった。





「あ〜、久しぶりに絶叫しちゃったなぁ」







「ジェットコースター昔から苦手でしたもんね茜さん」





(どうして私がジェットコースターが苦手なのを知っているのかな?)





「……お姉ちゃんたら余計なこと言って……何か変なこと言ってなかった?」







「そうですね、後はお化け屋敷が大の苦手で周りのお客さんもびっくりするぐらい絶叫してたって言ってましたよ」





 私の恥ずかしい話を聞いて無邪気に笑う平野くんはどことなく私が好きだった人の顔に似ている。少女のような美貌を保ちつつ、男の子らしい体つきを持っていた彼、二階堂くんは私にとってヒーローだった。クラス内で友達がいなかった私に声をかけて、興味がないだろうアニメの話でも平野くんのように嫌がらないで笑って頷いてくれた。

 当時の私は家族が日常的にケンカをしていたこともあって、上手く人に感情を表すことが下手な女の子だった。友達に悩みごとを話せば解決できたかもしれなかったかもしれない、でも勇気が出なかった私は一人で楽しむことが出来るアニメに没頭していくようになっていた。クラスの人気だった彼は私を遊園地やスポーツの試合に連れってくれて、私を楽しませようとしてくれた。





(私は……そんな二階堂くんのことが好きになってしまった。お門違いかもしれない、私には好きになる資格はないと思っていたけど私の笑顔を心から喜んでくれた彼に告白をしようと考えた)





 ずっと楽しくない毎日に二階堂くんは色を与えてくれた。嬉しくて嬉しくて仕方かなかった私は平野くんにそっくりな彼に告白をしようとした。運動が苦手で一生懸命、彼の家に向かった。根暗で泣き虫な私は浮かれていたのだ、こんな幸せが続くかもしれないと。でも彼は事故で死んだ。私と最後に出かけた日を最後に……亡くなった。

 二階堂くんがくれた想い出を忘れないために二次元のキャラクターのみぃくんに彼の代わりをしてもらうことにした。





「平野くん、私ね気がついたの」





(最初から気づいていたかもしれない私は)





 平野くんは私の顔を見つめる。ああ、何て可愛らしい顔をしているんだ君は。







「……平野くん、私が好きだった二階堂くんだよね」





 初めて出会った時から言うべきだった。現実にネコミミをつけてメイド服を来た男の子が家にいる訳がないと。

 平野くんは二階堂くんと同じ素振りをしていた。気づかない訳がない、私の愚痴も嫌がらずに頷いてくれるのは二階堂くんしかいない。





「……バレちゃったね」







「どうして、二階堂くんは死んだはずじゃ……」







「茜ちゃんも気づいてるはずだよ。ここは死の世界、生きている人間が鏡に映るわけがない」





(心が苦しくなる、二階堂くんの口から死の世界なんて言葉は聞きたくない)







「……私、私ね。二階堂くんが私を鳥かごから連れていってくれたこと嬉しかったよ」






「知ってたよ、表情に出てたから」







(寂しげに笑う二階堂くんの手を握りたくても出来なかった。手を触りたくても、触れたら消えていなくなってしまいそうだから)







「私は二階堂くんのことが好きで好きで仕方なかった。貴方がいなくなってから……私はずっと貴方に似ているキャラクターに代わりをしてもらってた。でも心が苦しかった」







 やっと十年間言えなかった想いを言えた、重くのしかかっていた感情を解き放つことが嬉しくなったのか私はその場に座り込んでしまった。



(返答は望んでいない、私は二階堂くんの死を認められなくてずっと墓参りに行けていないのだから)







「……ありがとう、でもね僕はもう死んでいる。返事を告げたくてももう出来ないんだ」





 二階堂くんの体はまるで泡のように溶けていた。





「君は……これからもずっとあっちの世界で生きていくんだ。僕を忘れて好きな人を見つけてほしい、茜ちゃんなら出来るはずだよ」







「待って、行かないで二階堂くん!!」





 私は二階堂くんの手を伸ばそうとしたが届くことは無かった。









 04






 目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。周りを見渡すと、家族が泣きながら私を抱きしめてくれていた。

 どうやら私は仕事から帰宅する途中、トラックに轢かれてしまったみたいだった。一ヶ月も昏睡状態だったようで、医者から回復は望めないと言われていたらしい。

(でも、二階堂くんが私を引き戻してくれたんだ。あのまま、二階堂くんを平野くんだと思い続けていたら戻れることは無かった)





「大好きだよ、二階堂くん……」







 仕事を辞め、私は二階堂優太くんの墓に来ていた。

(今でも二階堂くんがみぃくんと同じ女装をして私の家に来てくれたことは信じられない。だけどこれだけは言える、私を助けてくれてありがとう)





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家に帰ったらネコミミを付けているメイド服を着た推しがいる件 デトロイトのボブ @Kitakami_suki

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