第5話 紋章は、利益とややこしさをもたらせてくれます。
依頼人とタケミツさん、そして私は、青い車から降りてココアカラーの車に近づいた。
外側から見ても、確かに車内は人1人も居ないようだ。
「この車に身に覚えがあるのか?」
タケミツさんは依頼人に確認を取る。
「ええ、依頼する前から身に覚えにあったわ。でも信じたくないから、あなたたちに依頼したの」
依頼人は運転席の扉をノックした。
「こら! どうしてついてきちゃったの!?」
まるでペットを叱るような声を依頼人が出すと、運転席の扉は1人でに開いた。
依頼人の後ろから中をのぞくと、青い車とほぼ同じ車内が広がっていた。
違う部分は、助手席のダッシュボードに3つの紋章が埋め込まれているところか。
ひとつは、口の形をした紋章。
ふたつ目は、脳みその形をした紋章。
3つ目は、ハートの形をした紋章だ。
「……すまない。おまえが何をしているのか、気になったのだ」
どこからか、声が聞こえてきた。
その方向は、口の形をした紋章からだ。緑色に光って、声を出している。
「……人を乗せずに、自分の考えで君を追いかけたわけなのか。この車は」
タケミツさんが依頼主を見てつぶやくと、依頼主は申し訳ないようにうなずいた。
「ごめんなさい……すべてお話しますね」
始まりは、依頼主がその車を捨てたことだった。
依頼主には、全てを捨ててもいいほど愛している恋人がいた。
その恋人は紋章に対してつらい過去があったという。そのため、付き合う条件として、紋章によって心を持ったものを捨てることを約束した。
車などの、生き物ではない物が心を持つことは、今となってはあまり珍しくない。生き物と同じように知力を上げる紋章を埋め込んだ後、人格を作り出す紋章を埋め込むとその車に魂が宿るのだから。
魂の宿った物は、人間のよき話し相手になるだろう。しかし、心を持ったがゆえに、人間との対立も起きることもある。
依頼人には、車を譲り渡すことのできる人間はいなかった。学生のころの知り合いであったタケミツさんがこの街にいることも、当時の彼女は知らなかったのだ。
だからといって、車の人格を殺すようなことはしたくなかった。
だから、捨てたのだ。
捨てられた車は、ただ山の中をさまよっていた。
時々駐車場の中に止まり、人々の会話を聞いていた。
ある日、車は聞いてしまった。
車の飼い主である依頼人が、恋人と別れたウワサを。
心配になった車は、毎晩彼女を尾行した。顔色を確かめるために……
あれから、一晩たった。
朝日が差し込む中、私は自分の家の中で、水彩画の下書きを手に取っていた。
「……やっぱり、何かが足りないかな」
下書きは、ただ車の絵を描いただけのもの。ここから何を書こうかはまだ考えていない。まあ、白紙から1歩前進したからいいだろう。
その時、着信音が左手から聞こえてきた。
手のひらのスマホの紋章が、黄色く光った。この色は電話だ。
「おはよう、くるみ! 夕べはぐっすり眠れたか?」
朝だというのに、タケミツさんの声が鼓膜に響く。
「朝っぱらからどうしたんですか……」
「ああ、昨日の依頼について、伝えておこうと思ってな」
あの後、ココアカラーの車をどうするかについては依頼人が決めることになっていた。
そして朝、タケミツさんのスマホに依頼人から連絡が入った。別れた恋人のこと、捨ててしまった罪悪感から、彼女はその車を引き取らないことにした。
その代わりとして、ココアカラーの車はタケミツさんが引き取ることになった。
「……というわけだ。よかったら、今日はドライブにいかないか?」
「いいえ。用事があるので」
電話を切り、スマホの画面を閉じる。
今日は友人の家に行かなくては。
約束という名の目に見えない紋章を付けられているのだから。
波崎くるみと埋め込まれた魔法の紋章 オロボ46 @orobo46
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