第4話 車のライトは、ドライバーのものだけにあると思います。




 “レストラン”の店内は、穏やかな木材の色使いが目に優しい、ログハウスのような雰囲気だった。


 店内に飾られている時計は5時を指している。

 席についている客は空席と比べてやや少なめといったところ。まあ、夕飯には少し早いほうだからこんなものだろう。




「タケミツさん、依頼人は6時にこのレストランに来るんですよね?」

 席についた私は、今回の依頼について確認しておくことにした。

「ああ。急な申し出だったから戸惑っていたが、ちゃんと本人は了解してくれた。彼女は夕飯をここで済ますのが日課らしいからな。日にちを開けるより、当日行った方が依頼人に探偵が付いたことが相手に知られにくいだろう」

 タケミツさんはさっそくメニューを手に取り、今夜の夕飯を選んでいた。

「依頼人が来る前に注文するつもりですか?」

「ああ、今回は車に乗るまで依頼人とは別行動だ。だからわざわざ待つ必要は……よし! ここに来たらやっぱり生姜焼き定食だな!」

 説明の途中でメニューの話題にかじを切られてしまった。

 生姜焼き定食が出ない店風には感じられないから違和感はないのだが、先ほどはハンバーグがうまいと言っていなかっただろうか? いや、あれは私に勧めただけか。




 メニューを注文し、しばらくしてから料理が運ばれてきた。


 タケミツさんの前には、生姜焼きとサラダ、みそ汁に白米ご飯が置かれている。

 私の前にはハンバーグ……ではなく、たらこのパスタが置かれた。最初は内心乗り気だったのだが、あまりおなかは減っていなかったため、別の機会に食べにくることにした。


 アルデンテなパスタのかみ応えとたらこの風味を楽しんだ後、依頼人がやって来るまで左手のスマホの紋章をつついていた。

 タケミツさんは店内に置かれている雑誌を読んでいた。コーヒーを追加注文し、合間合間に口を付けるその姿は無理に優雅さを演じているように思える。




 時計の短針が6を指したころ、店内に見覚えのある女性がやって来た。


 探偵事務所の前で顔を合わせた、ショートカットの女性だ。


 タケミツさんがちらりとその女性に目を向けたことから、彼女が依頼主であることは間違いない。




 依頼主は私たちから離れた席にひとりで座り、料理を注文する。


 注文を待っている間、依頼主は左手から紋章のスマホの画面を出し、作業をしていた。画面は私のものよりもやや大きく、一昔前のタブレットを思い起こされる。


 やがて出されてきたのは、ハンバーグセット。依頼主は遠目で見ているだけでも、先ほどの私の選択が間違っていたような気持ちにさせてくれる。

 ああ、口の中のつばが止まらない。


 そのハンバーグセットを平らげた後、依頼人は再び左手のスマホの紋章をつつき始めた。途中でタケミツさんと同じようにコーヒーを追加注文しながら、8時まで作業に集中していた。




 まもなく午後8時になろうとしたころ、依頼主はスマホの画面を閉じながら一息ついた。

 私は目線をタケミツさんに移すと、彼は何もいわずにうなずいた。


 依頼主よりも先にレジへ向かい、タケミツさんが代金を払い終えると、私たちは出入り口の付近で依頼主を待った。


 依頼主が支払いを済ませ、出口に近づいてきた。


 彼女が出入り口の扉を開けた時、私とタケミツさんがその後ろに近づき、一緒に店から出た。






 彼女の車は、濃い青色だ。

 依頼主が運転席に乗り込むと同時に、タケミツさんは助手席に、私は後頭座席に、それぞれ乗り込んだ。


「タケミツくん、今日は本当にありがとうね」

「気にしないでくれ、学生時代からの付き合いだからな。それよりも紹介しておこう。後ろの席に座っているのが、私の優秀な助手の“波崎ハサキくるみ”だ」

 タケミツさんは依頼主と親しそうに話した後、後頭座席にホウキとモップを持って座っている私を親指で差した。

「こんにちは、くるみちゃん。うちの個人的な事情に巻き込んでごめんね」

 ……丁寧に誤ってくる依頼主に対して、私はどう答えたらいいのだろうか。

 すぐには思いつかなかったので、事務的に答えよう。

「よろしくお願いします。それよりも早く発進させましょう。ここで突っ立っていたら、ストーカーに感づかれてしまうかもしれません」

「それもそうか。よし、さっそく作戦開始としよう」


 タケミツさんの合図で、依頼人は左手をハンドルに触れた。


 そのハンドルのクラクション部分にも紋章がついており、スマホの紋章と共鳴するように緑色に光る。


 前方のライトが光り、車が走り出す。


 依頼人はアクセルはおろか、ハンドルに触れずに手を引っ込める。


 紋章が運転する自動運転の車は、レストランから離れていった。







「……来たようだな」


 店から離れて数分もしないうちに、タケミツさんはバッグミラーをにらんだ。


 そこには、ライトを付けていないココアカラーの車が、街灯に照らされていた。


「山のふもとに公園があるはずだ。そこで止めてくれないか?」

「ええ、わかったわ」


 依頼人は左手のスマホの紋章を操作し、それをハンドルの紋章に触れる。ルート変更をしたのだろう。




 私たちの乗る青色の車は、山の麓の小さな公園で止まった。


 後ろを振り返ると、ご丁寧にココアカラーの車も止まっていた。


「くるみ、彼女を頼んだぞ」

 こちらを振り向くタケミツさんの言葉にうなずいて答えると、タケミツさんは右手のスマホの紋章に触れてから、勢いよく扉を開けた。


 後頭座席の後ろの窓からは、ココアカラーの車の運転席をスマホの紋章で写真を撮るタケミツさんの姿があった。


 しばらくして、タケミツさんは首をかしげながら助手席に戻ってきた。




「あの車には……人はひとりも乗っていなかった」


 誰もいなかった? それならば、考えられるのは……


 依頼人は何かを余寒したように、大きなため息をついた。

「……間違いない、あの子だわ」

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