不条理の里 第2回
乱れ雲床屋は空を傾ける 友未
「不条理の里第2回」へのご参加有難うございました。今回も20篇を越えるユニークな短篇作品にお集り頂けましたこと、お礼申し上げます。
https://kakuyomu.jp/user_events/16818093085988948029?order=published_at
ストックブックで作品をご紹介する際いつも迷うのが、友未のお願いしたテーマから外れていても面白かった作品は取り上げるべきなのか否かという問題です。たとえば、楽しい作品をお寄せくださいとお願いしたのに、悲しい作品が届いてしまって、困ったことにそれを友未が気に入ってしまったら、私はそれを「楽しみの里」でご紹介すべきでしょうか?これは、今回の「不条理」のように、書き手ごとにそのテーマの捉え方や定義づけが違ってきそうな企画の場合、かなり悩まされる問題です。
「不条理」とは何か、「理不尽」や他の類似の言葉との違いは何なのかについては、前回の「不条理の里」の折、軽く私見を述べさせて頂いておりましたが https://kakuyomu.jp/my/works/16816452218770886042/episodes/16817330664254882862 今回も「不条理」といえるのか、他の言葉を当てるのが妥当なのかと戸惑わされたり、面白かったけどこれは「不条理」じゃないだろう、と思わされたりした作品が少なくありませんでした。前回の「自己破壊の里」ではテーマから多少はずれていても個人的に面白ければご紹介させて頂いたように感じており、今回こそはより友未の考えるテーマにビシッと沿った形でご紹介できればと思っていたのですが、そうは問屋が卸してはくれなかったようで、面目ございません!
∮ ですが、多田いづみ様の【貯水槽】https://kakuyomu.jp/works/16818093083152279773 だけは、まさにこういう作品にお会いしたくてこの不条理企画を立てさせて頂いたのですよと真っ先にお伝えしておかなければならないイチオシの佳篇でした。「あつまり」に参加した主人公が〈 みんなで貯水槽を見に行くお話 〉(作者紹介文)で、「あつまり」というのは互いに関係のない雑多な人たちがただ何となく集まって、さしたる目的意識もなくいっしょにどこかへ行ったり何かを見たりするような、緩すぎる人の群れのようです。
〈 夜が長くなった。/ 気分がざわつき、足の裏がムズムズする。いてもたってもいられず、部屋のなかをいったり来たりして、なんとかなだめようとするのだけれど、じりじりと焦るばかりで、胸のうちのもやもやはいっこうに晴れない 〉(原文冒頭)、そんな主人公が気晴らしのために久しぶりに「あつまり」に参加して巨きな貯水用の建物の内を見学しに行く、ただそれだけの、それ以上でも以下でもないエピソードです。このお話の一番不思議なところは、何ひとつ不思議なことが書かれていない点にあります。描かれる景色にも、先導役らしい眼鏡の人物やメモをとる女性と主人公との間に交わされる他愛ない会話にも、あり得ない奇怪さや非日常な異常さなど全く見当たりません。ただ、描かれている物事自体にどういう意味があるのか、この烏合の衆たちの行動にどんな価値づけができるのかがわからず、ふと足場を失うような戸惑いを覚えずにはいられませんでした。
「不条理」というと、つい、ぶっ飛んだ風景や論理的混乱ばかりを想像しがちですが、当り前の描写のどこかに、ふーっと日常を踏み外すような違和感の覗くこうした不気味さが、大きな醍醐味のひとつであることを再確認させてもらえる傑作でした。
ただ一つ、ラスト9行については、友未なら絶対書きたくないと思ったのですが、他の皆様方のご意見は如何でしょうか?
∮ 広河長綺さまの【不信仰な聖餅】https://kakuyomu.jp/works/16817330648782374920 もまた、逆説と矛盾に満ちた衝撃の不条理小説でした。愛と悪魔のお話です。主人公は熱く初々しい信仰心を抱く若いシスターである私。人生でただ一度、キリストの教えに反した罪の独白です。10年ほど前のこと、教会のキッチンのオーブンで聖餅を焼いていた私の耳に物凄い爆発音が響きました。外に出た私の目に悲惨な交通事故の光景が飛び込んできます。一台の車がひっくり返り、駆け寄ってみると投げ出された男がひとり、すでにこと切れていました。ですが、向こうにもうひとり、地面に転がる少女の姿を見つけて「しまった」のです。〈 年は12,3歳くらいでした。/不機嫌さが素直に顔にでている所は幼いのですが、目つきの鋭さは子どもらしくありません。/そのアンバランスさが不思議な魅力となり、彼女の顔に目が吸い寄せられていました。//「何ボーっと見てんだよ。動けよ」少女は右手を私の方へ伸ばし、私を罵りました。/「ご、ごめんなさいお嬢さん」私は慌てて彼女の手を引っ張り上げながら謝りました。//圧倒的な存在感からは予想もできない程に彼女の体は軽い物でした。 〉〈 ちょっと引っ張っただけで彼女の体はもち上がり「シスターさん、ありがと。あと、私の名前はミリアムだからね」とちょこっと頭を下げ、感謝の意を示してくれました。//私は「どういたしまして」すら、言えません。/胸がキュッと締め付けられたような感覚に襲われていたからです。//苦しいけど不快ではない、甘美な痛み。/サウナにでも入っているかのように火照る顔。//今でも信じられません。//でも、確かに、私は恋に堕ちていました。//しかも、「一目ぼれ」で「初恋」で「同性愛」です。//混乱の極値にある私の脳裏に、聖書の一節が浮かびました。//『こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、 同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです』/ローマ人への手紙1章26節27節 〉〈 どうすればいいのか、わかりませんでした。 〉〈 自分がどれほど淫らな行為をしてしまうのか、想像もできません。/
自分自身が、私の心の中にある醜さが、怖かったのです。//何かミリアムと「私」を止める言い訳に使えるものはないかな、と周囲を見渡していたその時です。〉そして気付くのです。〈 私はやっと気づきました。/この少女は、悪魔なのだということに。 〉〈 私は慌ててネックレスの十字架をエプロンの下から取り出し、掲げました。 〉
∮ ラーさん様の【スペランカー男とバンドを組んだ女の話】https://kakuyomu.jp/works/16816700426198377322 は、ある種の不条理をはらんだインパクトの烈しいSF風の作品です。最初はタイムリープものとして拝読していたのですが、途中で、待てよ、必ずしもそういう話ではないんじゃないかという空気を感じて、矛盾やもどかしさをレトリックとしてはらんだ男女の想いに理屈では割り切れない不条理めいたものを覚えはじめました。友未のコメントへのご返事のなかで〈 諦めれば解決すると知っても捨てられない想いが、捨てたはずの出会いを呼び寄せて、再び理不尽な別れを迎えるかもしれない人生を選ばせてしまう。こうした不条理もあるかなと思い 〉とラーさん様ご自身がおっしゃられている通りの、運命の測り知れなさと人の選択の不合理さが描き出されます。「スペランカー」は1980年代のコンピューターゲーム名で、主人公がちょっとしたことですぐに死んでしまうため「コンピューターゲーム史上最弱の主人公」などと呼ばれることもあるとか。そのため、故障しやすいスポーツ選手などをそう呼ぶこともあるそうですが、ここでは文字通り「すぐ死ぬ男」の意味で用いられています。前述の通り、形の上では一種のタイムリープもので、あるギター弾きの男に「俺と組んで欲しい」と口説かれている歌姫が、高校時代、同様に口説かれてバンドを組んだばかりに自らと相手の身にふりかかることになった洒落にならない異様な現象について語り聞かせて行くという内容です。特筆すべきは、主人公の台詞まわしに絶妙な味があり、ストーリー抜きでも愉しめるくらい雰囲気豊かな点でしょう。この種の物語としては珍しく、不穏ながらエモーショナルで熱いラストへとなだれ込んで行くのがユニークです。これぞ不条理小説と言い切るにはいささかのためらいも覚えないわけではありませんが、不条理風味を含む印象深い物語としてご紹介させて頂く次第です。
∮ かけふら様の【記憶をどこかへ置いてきて】https://kakuyomu.jp/works/16818093081012893111 は不条理というより、終末風景という呼び方がよりふさわしそうな、それでも、敢えてと言うなら理不尽小説とは呼べるかもしれない、哀しみに満ちた美しい作品です。高度な記憶能力を持つが故に恐怖や苦痛を自らの内に蓄積し続けるしかなく、ついには家族に見放され、「あの組織」に売り払われて過去のない番号として生まれ変わった6人の若者たち。生成会話AIの人体実験の中で、そのうちの1人、「2番」の人格が崩壊し、それが他にも伝染したため中止されたプロジェクトから私「5番」は、ペアだった「3番」と共に解放される。「5番」は「五十嵐」を、「3番」の彼女は「三田」の仮名を自ら名付け、それぞれのポケットに1万円だけを持たされたまま、同年代の者たちの集う夜の街を野垂れ死にに向ってさまよい続ける。〈 「ねえ、五十嵐君? 私はあなたの特別な何かになれた?」 〉…
普通なら助けを求めるなり、仕事を探すなりできるはずなのに、そうした行動に向えないところにこそ、このエピソードの真の傷ましさと孤独が秘されているような切なさでした。
∮ さて、野栗さまの【檸檬】。https://kakuyomu.jp/works/16818093077297613827
すっきりと苦笑させられてしまいました。短いので冒頭の原文をそのままお読み下さい。〈 夏の試合の前日、スーパーの青果コーナーで一番やっすいレモンをごっそり買って、半月形の冷凍レモンを作るのが、桜台南中学校ソフトボール部に代々伝わる一年生の仕事だそうな。// 世間では「部活レモン」なんて言葉があるみたいだけど、ソフト部員たちはもっぱら「南中レモン」と呼んでいる。// 県大会進出のかかった大事な試合の前、一年生たちはばかでかいエナメルバックから次々に大きなタッパーを出した。ベンチに集まった先輩たちは、心地よく冷えた「南中レモン」を遠慮なく口に放り込む。//「……何これ?」// 妙に肉厚なそれは、◯子のタッパーにぎゅうぎゅう詰めになっていたやつだ。//「あのさ、南中レモンの厚さは2ミリだって言ったよね」// 苦虫をかみつぶしたような先輩の顔を見て、◯子は泣きそうになってうつむいた。// こうやって、部の伝統は受け継がれていくのだ。〉続いて次の節 —— 〈 ある年、「南中レモン」に革命が起きた。// 一年の△子が、レモンに砂糖をまぶして持ってきた。甘味と酸味の調和があまりにも絶妙で、それに勢いを得たか、この年のチームは念願の県大会出場を果たしたのだった。// こうして、「南中レモン」には必ず砂糖を入れる、という決まりになった。分量はレモン一個に砂糖大さじ5杯。レモン、砂糖、レモン、砂糖の順番にきっちりタッパーに詰める。// 県大会の試合前、レモンと砂糖をぐちゃぐちゃに入れてきた一年生が先輩たちに寄ってたかって叱られ、泣きべそをかいていた。// こうやって、一年は鍛えられるのだ。 〉かくしてチームの勝利と共に「南中レモン」は進化を続け、後輩たちは「秩序を学び」「根性をつけ」、そして遂には … ⁉ いかにも野栗さんらしい社会批判精神のこもった皮肉なカリカチュアですが、素晴らしく軽妙な語り口と心地よいテンポのおかげで、全く嫌味やえぐ味がありません。おしまいのオチも小粋でした。友未の予定していた「不条理」ではないかもしれませんが、こうして客観的に変遷を辿るように鳥瞰して下さると、なるほど滑稽で何だか不条理な気が … 。読みながら、どうしても南中レモンが欲しくなりました。
∮ 全然不条理だと思えなくて、あまり紹介したくなかったのですが、そうざ様の【コユビブツケタ】https://kakuyomu.jp/works/16817139558923628819 は、紛うことなきナンセンスドタバタ変態ギャグファミリーおバカコメディーです。テーマを大切にする真面目な自主企画ページなら退場して頂くべき所なのですが、遺憾にも笑い転げさせられてしまったので、無視するわけにもいかなくなってしまいました。
異常気象が常態になった十四時二十一分五十七秒頃、駅前の何かに左足の小指をぶつけた蓮っ葉な娘が片足コサックダンスを踊りながら帰宅してきて、冷やかした父ちゃんに回し蹴りを喰らわせ、父ちゃんは娘の体が女っぽくなったなと感心し、娘は父ちゃんが言い損ねる度に、ぶうぅん、ばごっ、と独学で習得したムエタイ、カポエイラの技をお見舞いしまくり、父ちゃんは蹴りを米神にまともに受けて後ろでんぐり返しで縁側から地面へと転げ落ち、犬走りにしこたま後頭部を打ち付けた拍子にスケスケ透視能力を獲得し、一度も目にしたことのなかった遺伝子的に繋がりのない娘の透過率100%のあられもない姿体を眺めていたら、そうと
∮ 鮭さん様の、戦慄の【新幹線のトイレ】https://kakuyomu.jp/works/16817330667955310281
鮭さん様の作品はユニーク過ぎます!以前にも「海だったのか」というショートショートを「レビュータイトル:取り締まり不可能なおバカです 本文:これはキッチュか、はたまた文学テロか?幼稚すぎて手出しできません。」と絶賛させて頂いたことがありました。本当に、幼児がひとり遊びしているみたいに非文学的です(もちろん賛辞)。今回も内容が不条理なのかかどうかさえ判別できませんでしたが、作品の存在自体が不条理なのは明白でしょう。「ズゴッ!!」
∮ 最後に、八柳 心傍さまの【夢に架かる橋】https://kakuyomu.jp/works/16818093086187404471 は、民話調のタッチが面白く、〈 夢のなかに橋が出てきたら壊すか塞ぐかしなさい。 〉という祖父からの戒め自体に不条理感のある、美しいような、薄気味悪いような白昼夢でした。
また、廃棄予定の夢分子発生装置さまの【シニフィアンな彼女】https://kakuyomu.jp/works/16818093086048313043 や
夜市川 鞠さまの【薔薇の残骸】https://kakuyomu.jp/works/16817330668117789740
さらに、崇期さまの【三日月を伸ばしたくて】https://kakuyomu.jp/works/16816927860710114976 は、別のテーマでなら取り上げてみたい佳作でした。
泣いたから淋しいのかと皿洗う 友未
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