自己破壊の里

       キャンバスのそとは空なり雲うごく 友未


 この四日間、「今日が秋なんだ」と実感せずにはいられない青天のど真ん中で生きています。このすがすがしさ以外にはもう何もいらない、と思うのは歳のせい?いえ、子供だって若者だって同じはず。猫たちも見違えるように夏バテから回復しはじめました。一年の内でエアコンもコタツもいらない本当にもったいない季節です。

 さて、「自己破壊の里」https://kakuyomu.jp/user_events/16818093085268046650?order=published_atにご参加頂き、有難うございました。風変わりなテーマにも、11の作品をお寄せ頂きました。予めしっかり覚悟させて頂いていた通り、これぞ自己破壊、と完全に納得できる作品だけでなく、自己破壊の一種と言われてみればそうなのだろうか、と首を傾げさせられたり、このどこが自己破壊なんじゃ、と抗議したくなった作品まで含め、それぞれに個性的な、強烈に癖のある作品を愉しませて頂くことができました。

 では早速、「これぞ自己破壊」と友未を狂喜させた二つの作品をご紹介してまいりましょう。


∮ まず、祭煙禍 薬さまの … え?タ、タイトルが読めません。【 (っ °Д °;)っ=♡、 】https://kakuyomu.jp/works/16818093084055225808 という題名でした。一言で言えばルビと超モノローグの文学、でしょうか。

〈鈍い痛み,甘味,毒。共に死に殺したいとってしまう。貴方はこの世此処に居ないから。/ 人と関わるのが億劫なんだ。それに傷つけ巫山戯たくない。気づけば健全だった人間関係もどんどん崩れていった。日常も休日も毒まみれ。全てが退屈で笑えない。/かと言って人の役に立てる俺でもなイ。無価値無意味だ俺の人生は。 〉と始まりますから、とにかく何だか足掻き、煩悶し、絶望しています。全篇がこうした詩的な狂気と辛辣なルビに覆い尽くされて行くのです。然り、〈 鈍く痛かったw笑えたずっと。毒はくなったけど中和,解毒,○○研究を覚え随分と楽しくなった。貴方は死んだ可愛い。何回も何回もそして生き返った逃げた。そのたび泣い笑ったよ貴方は希望ヤミだから。 〉といった具合に。まるで作品自体が背負ったルビの重さで自己崩壊してブラックホールへ潰れて行くかのような感触でした。何かはませんが、もの凄い重力です。ただ、それだけでは単なる内容的な自己崩壊に過ぎないのではないかと思われるかもしれませんが、最後までお読み頂ければ(一旦終わったかのように見えますが必ず最後の最後までお読み下さい)、この作者が本気でこの短編を読者ごと破壊しに掛かっていることがわかります。最後は文章と言うより、文字通り絵そのものへと退化して行き、最後にひと粒だけペーソスが残されていました。

 あ、タイトル読めました!ラスト直前に〈歪と狂気に愛も〉と、ルビが振られているではありませんか。


∮ もう一つ、全く性格は異なりますが、自らの作品を完全に破壊してみせて下さっているのが鐘古こよみ様。【君のシンリ】https://kakuyomu.jp/works/16818093079071954127

う~ん、詳しくは申せませんが、まともな読者なら呆気にとられること必定です。祭煙禍さまの作品と違って、何が書かれているかが普通にはっきりわかる内容なのですが … 。

 幼い頃から正義感の強かった俺は幼稚園でも小学校、中学校でも、真っ直ぐにその正義を貫き通そうとして、その度に理不尽な誤解や反発を招き続けてきた。だが、高校生の時、通学中の電車で痴漢に遭っていた彼女を助けたことで、 はじめて薔薇色の学生生活が開けたかに見えた。所がその彼女までもが〈 「あなたは私じゃなくて、世の中の不正が好きなんだよ。正義の味方になったつもりで自分に酔っているだけ。」 〉と去って行く。打ちのめされた俺は己の正義感を封印し、ようやく人並みの平穏無事な人生を手に入れる。不正にも不均衡にももう興味はない。そんな社会人二年目のある日、居酒屋で酒を飲んでいた俺の後のテーブル席で先輩の同僚たちから歓迎会という名の悪趣味なハラスメントにあっているひとりの新入社員が困っていることに気がつく。昔の俺ならすぐにでも注意する所だが、今の俺には関係ない。黙って店を出ようとしたとき、新入社員と目が合った俺は、それがかつての彼女だったことを知る。〈 彼女は縋るような目をしていた。/ 俺の背中を見ていたのだろう。前から俺に気付いていたのだろう。〉〈 全てに背を向け、無味乾燥な日常に埋没することが俺には可能だった。// どうする。// 自分の足がどこへ向かうのか、判断を仰ぐような気持ちで、足元を見た。 〉というお話でした。はい。


∮ 次にご紹介するA子舐め舐め夢芝居さまの【砂の嵐】https://kakuyomu.jp/works/16818093085510978837

は、独特のシュール感に彩られたファンタスティック・ホラーで、なぜ、これが「自己破壊」なのか理解できなかったのですが、作品としては申し分なく気に入りましたので、取り上げさせていただきました。内容は、作者ご自身が手際よく一言で要約して下さっている通り、〈 隣人がペットを飼い出してから日常が崩れて作り直される話。 〉です。最初、普通のペット譚のつもりで読んでいたのですが、次第に薄気味悪くなってきて、犬の足音が部屋の前で止まって私の右足の小指と薬指が虫に解けてしまうあたりでは、完全にダーク・ファンタジーか、サイコホラーの様相へと一変して行きました。ありきたりの幽霊やゾンビーの話などよりずっと怖さのある翳りの美学が印象的だったのですが、どこが「自己破壊」なのだろうかと戸惑うことしきりです。コメントに頂けたご返信の中で「書いているうちに収拾がつかなくなり無理やり終わらせてしまったという苦い思いがあって」とのお言葉があり、あぁ、そういう意味だったのかとようやく理解できた思いです。作者さま的には予定外の地点に着地してしまったという一種の挫折感的な割り切れなさをお持ちだったのかと気付かされました。自己破壊というより、破綻に近い思いを抱いておられるようで、確かに、上述の辺りから、急激にシュールさや幻想性へ傾斜して行くため、ムード的にはともかく、ストーリー的な怖さは迷子になってしまったようにも見受けられない訳ではありません。ですが、一読者としては独特のダーク・ファンタジーを愉しませて頂けました。


∮ 奥行さまの【夜に囀る金魚】https://kakuyomu.jp/works/16818093082871659518/episodes/16818093082874938243

も、友未の考える「自己破壊作品」ではないと思いました。ですが、きわめて面白く美しい、現代文学や現代詩のファンにはたまらない佳篇です。散文詩のように言葉とイメージの混乱した世界ですが、アイデンティティーを喪失したひとりの何者かが死を思い描きながら外界を記述していくような趣でした。ストーリー性はありませんが、詩的な言葉の連鎖が見事です。

〈 それはまるで、物理学的に逃避行することの無い、包丁の刺さったままのメリーゴーランドが傾斜になった地図を歩くことが出来ないのと同じだった。〉〈 自分の様な仮人間、元人間達はきっとフラッシュメモリ内蔵の枝分かれして行く自動ドアを、ひとりでに歩く飛行艇を後遺症も無しに止める事は出来ないのだ。〉等々 …

 ただ、内容は破滅的でも、断じて自己破壊ではないような。


∮ 最後に、今回のテーマである「自己破壊」の友未的定義に沿っているのか、外れているのかさえ判別困難だった雨野冾花さまの【空と想】。https://kakuyomu.jp/works/16818093085557236296

 こちらも現代文学でしたが、意外にも前半の部分は普通にSFとして意味を追えるストーリーです。日々をただ流れて行くだけの中身のない者たちを冷ややかに避けながら自らも虚しく永遠の冬眠に身を置くように、二年目の大学生活の昼食を連日、学食のカレーライスで孤独に過ごす主人公。その前に、天から降りて来た一筋の蜘蛛の糸の如く二つ年上の彼女が現れる。〈 「あまり同じものばかり食べていると体調を悪くしちゃいますよ。私、料理好きですから。是非、今晩でも食べに来てください」 〉誘われるままに部屋を訪れた彼は、久々の手料理に身も心も満たされ、彼女の申し出た奇妙な実験に乗ってみる。スマホとイヤホンを手渡され、イヤホンから流れるボーンという静かな低い音を聴いていると左ふくらはぎに抓られた様な痛みが走り、姿を現した彼女の同じ部位にも赫い痕が刻されていた。〈 脳波はシューマン共鳴によって相手に伝わっていたのです。例えば、背後からの視線の感覚や虫の知らせ等、五感では説明しづらいこと、第六感とも呼ばれるものは脳波がシューマン共鳴を介して相手の脳に届くことによって惹き起こされています。〉〈 「でもこの技術には世界を変えるだけの力が有ると思うのです。いじめも戦争も他人の痛みが分かれば無くなる筈なのです。被害者の痛みを加害者が知り、戦場の痛みを為政者が知る。他者の痛みが、己が痛みになるのなら、誰も自分が痛まないようにする、それが人間ではありませんか?〉主人公は実験に協力し、室内に留まらず、大学でも様々な実験を試み、協力者を募ろうとしたりするが、思ったようには捗らない。そんなある日、彼女が突然行方不明になる。彼女を捜し求めて行くうち、〈 「我々ハ ネラワレテ居ル」 〉という手紙が届けられ、彼自身、何者かに覗かれていることに気づかされて逆襲を試みる。〈 見られると云うことは、こちらからも見ることが出来ると云うことだ。繋がっているのだ。この四次元目は繋がりの奥行だ。逆転せよ。イヤホンを耳に嵌め、音量をあげ、思考を相手に向けてぶっ放す。喰らえ。間も無く、電波に乗って相手の苦しみが聞こえてくる。へへ、左様奈良。 〉

 ざっとそういう物語なのですが、彼女の姿が見えなくなった辺りから、この作品はいきなり、他我を問う現代文学的内省のモノローグへと羽化してしまい、ストーリー性を失います。それを自己破壊と呼んで良いのかどうかはよく判りませんが、【君のシンリ】や、【砂の嵐】同様、見事に破綻したキメラ作品である点だけは間違いありません。(この点については、友未のコメントへの雨野冾花さまのご返事をご覧ください)。

 全篇、他者と結び得ない人間の虚しさと、それでもそれを希求せずにはいられない魂の餓え、それを妨げる社会的悪意や、それ以上に根深い存在の不条理への烈しい抗議が錯綜しているようでした。とりわけ、後半に執拗に現れる「他我短歌」「存在短歌」とでも呼ぶべき三十一文字が実に印象的でしたのでご紹介させて頂きます。


〈 自己が在る。ただ在るためには他者が要る。ただ他者そこに在らねばならない。

 

  他者の無きところに自己は無い然し自己無き場所にも他者はただ在る。


  他者の淵、それが自己也。自己は空。見るな愛すな理解をするな。


  在る事と重力結ぶ相対論、衆愚の周囲に善悪有之これあり


  脳味噌と心臓繋ぐが首ならば、カラの心は屹度曝頭しゃれこうべ


  カラ在らば、氷も温し火も涼し、ただし現実、君とはさらば。


  鳥の様、魚の様に浮かぶなら血肉の付いた心は桎梏しっこく


  咎人のレゾンデートル、蜘蛛の糸。のぼれやのぼれいざ生きめやも。



       けさ見れば遅れた秋が置き配で 友未

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る