芸術と通俗の里 第2回
猫と寝て猫と覚めれば時雨かな
当地、神戸ではこの二、三日、時雨(冬の季語)とでも呼びたくなるような肌寒い小雨が降っては止みを繰り返しています(10月8日記)。二人の知り合いから、さっそく申し合わせた様に風邪気味だとの報告を受けましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。今朝、ふと「稲の梅雨」というなかなか風情あり気な新しい季語を思いつきました。
さて、「芸術と通俗の里 第2回」 https://kakuyomu.jp/user_events/16818093084069426052?order=published_at#enteredWorks
には、友未自身の作品を除き、21名さまからの佳作、力作をお寄せ頂くことができました。このあたりが、怠け者の友未が腰を据えてゆっくり愉しませて頂くことのできる理想的な数字ではないかという気が致します。毎度のことながら、反応の遅さにつきましてはただただ申し訳なくお詫びさせて頂くばかりです。
「芸術と通俗」というテーマは、深刻で根暗過ぎる純文学にも、それとは真逆のチャラいラノベにも飽き足りない友未が意識させられることの多いテーマです。第1回に引き続き今回も、文学的なエンタメ作品や、エンタメ的な文学作品、あるいは、純文学ともエンタメ文芸ともつかぬ作品など、バラエティー豊かなご寄稿を頂き、有難うございました。
今回も「ストックブック」のコンセプトに則って、作品の文学的価値を客観的に論じるというより、友未が個人的に心を動かされた作品や、気になった作品を好みのままに厳選してお勧めしてまいりたいと思います。
∮ いきなりの自己矛盾で恐縮です。今回の企画には「生粋の純文学はご遠慮下さい。」 とあったはずですが、 蘇芳ぽかり様の【あかるい深海】https://kakuyomu.jp/works/16818093080432480749/episodes/16818093080440441508
は、まさにその生粋の純文学で、それも友未が苦手なはずの「自身を模索しながら突き詰めて行く」タイプの深刻かつ陰気な中身でした。にもかかわらず、その冒頭の一行と、それに続く三つの行の詩的なリアリティーに魂を抜かれてしまったので、遺憾ながら紹介させて頂くことになってしまいました。
〈 もしも海の底で泣いたとしたら、涙なんて見えないだろう。/// 水の量も含まれる塩分も、全て透明なまま周りに溶けてしまうだろう。目の縁に染みるものなど何もないし、だから手で拭ったりする必要もない。/ 傍目からはきっと、ただ突っ立っているように見えるはずだ。〉
ストーリーらしいストーリーとてなく、敢えて言えば自分が他人とは異なる存在であることを確かめるために奇抜な髪型にしていた高校生が、床屋で「普通の」髪型に戻し、自分の意味を探り迷うなかで再び自らおかしな髪型にして行くだけの物語で、文章の多くの部分が主人公の内省に割かれているものです。
ヒトや猫は「自分は別に自分でなくて良い」という事実を背負って生れて来ますが、その通りに生きて死ぬ猫とは異なり、ヒトはつい、自分が自分であることの意味を求めずにはいられなくなってしまう存在です。その乖離に真正面から切り込んだ手強い作品でした。
純文学はともするとこうした深刻さや重苦しさを伴いがちであり、友未自身もたまにその手の作品を書くことはあっても、あまり、自分で好きになれません。ですが、脱力文学に魅かれる友未とは逆に、人の陰の部分、負の部分と向き合うことこそ好しとする純文学やエンタメ文芸が多いのも紛れもない事実です。而して、蘇芳さまの【あかるい深海】は、ピュアなレトリックと等身大の素直さで、友未が決して純文学嫌いではなかったことを思い出させてくれました。
∮ 矢向 亜紀さまは毎回、特異なシチュエーションで友未の好奇心を疼かせて下さる実力派で、今回も期待に違わず、一番好きな人が石になる力を母から受け継いでしまった保育士、佳穂の物語【恋が石化する】https://kakuyomu.jp/works/16818093080260147281/episodes/16818093080260849705
でご参加くださいました。
イメージ的には、触ったものが全て黄金になってしまう王様の童話を連想させるお話ですが、さて、困りました、彼女はどう生きて行くのでしょう。作中に登場する相手役(あるいは標的)はふたり。アイドルグループのメンバーAと、保育園児の翔太の美形の父親、市ノ瀬。ふたりには共通点が多く、とても似ているのですが …。Aが第一主題で、市ノ瀬が第二主題とするなら、全二章からなるこの作品全体も、まるでソナタ形式の提示部と展開部のような関係にあり、おバカ以外の恋愛ものには少なからぬアレルギーのある友未にとって、前章自体はどこか抵抗感もあったはずなのに、恋の有りようという主題や動機が変形されながら入り乱れるかのような後章の面白さにたちまち絡み捕られてしまいました。そして、これだけはどうしても避けて通る訳にはいかないラストの一文!作者自身にどこまで作品自己破壊の願望があったのかはともかく(というのも内容的にこう終るべき必然性も十分感じられたからですが)、人騒がせもほどほどに⁉ あぁ、この曲はこうやって終って行くんだなと耳を傾けていたら、コーダが最後の和音に辿り着く直前で演奏をやめてしまった感じ、とでも喩えれば良いのでしょうか。
本線とは少し離れた部分ですが、前章の河原のシーンにもこころ誘われて行くものがあり印象的でした。
∮ 海さまの【水槽姫】 https://kakuyomu.jp/works/16818023212096426184 と、
つばさ様 改め カルカルさまの【魔女カータリのミートパイ】 https://kakuyomu.jp/works/16818093084038538987
は、残酷童話で、確かに共にたっぷり残酷なのですが、血なまぐさいグロテスクさや過度の暴力性を売りにしていない点では共通しており、その上で、読後感が少し異なります。【水槽姫】は、びっくりしました。〈 ぼこりと、あぶくのはじける、鈍い音が、聞こえたような気がした。// ふっと読んでいた本から顔を上げ、音の聞こえた方に視線を向ける。どうせ、庭にしつらえてある猫の額ほどの池で飼っている鯉が、空気を吐き出したのだろう。〉と詩的なスケッチで始まるお話で、〈 (中略)池の中には、ふわふわとした白いドレスに身を包んだ、鯉よりも一回り小さな女の子が沈んでいた。// しばらく眺めていると、彼女の口から小さな気泡が漏れ、頬を伝い、こめかみの辺りで可愛らしくはじけた。//「水槽は、どこに仕舞ったかな」 〉と続いて行きます。民話的な雰囲気の漂う微妙に不可思議な世界観と、幼い少女のただひたすらあどけない愛らしさにひかれて、これがどうなって行くのだろうと最後まで読み進めていたのに、突然、目眩がしました。ですが、単なる意外さに留まらず、ラストは勝れて文学的で、残酷さと切なさが静かに迫って来る薄ら寒さに衝撃を覚えます。透明な諦観が印象的でした。ただ、惜しむらくは、多すぎる読点が逆に文章を読みづらくしている気はします。
一方、【魔女カータリのミートパイ】には、より乾いた、少しシニカルな笑いがありました。魔女カータリは森にすむ可愛い女の子。人の魂を食べて暮らしていますが、ある時、食べたあとの体を捨ててしまうのはもったいないと考えて、相棒の黒猫(この猫、あとでカータリのために頑張ります!)の勧めでミートパイにしてみます。〈 「カータリのミートパイ!カータリのミートパイはいりませんかー!外はサクサクで中身はぎっしり!とってもとっても美味しいミートパイですよー!」 〉と村の人たちに売りに出かけました。お金ではなく、バラの花と交換で … という夢に満ちた?お話です。あまりに、あっけらかんと描かれているので、最後の〈 仲良しな2人はミートパイを半分に割って、揃って口に入れました。瞬間1人と1匹は顔を綻ばせます。 〉という結びで、思わず「めでたし、めでたし」と言わされそうになりました。
∮ 深川夏眠さま。短編の名手にして妙なるストーリーテラーとして、ご存知の方も多いのではないでしょうか。以下にご紹介する【熱願冷諦】、実は以前に「NGの里」にもご参加頂いていた佳作で、その折は、すでにそれまでに三作、他の御作をこのストックブックで取り上げさせて頂いていたため、敢えて紹介を見合わせた経緯がございました。今回、再度のご寄稿を頂き、拝読し直して、やはり筆力の素晴らしさを痛感させられましたので、新ためてご紹介させて頂きましょう。
登場するのは、遺産生活に流されるダメ父麻川匠吾と、そのひとり息子である小学5年生の遼吾、遼吾に連れられてやって来た家事代行サービス社の青年黒渕楓、気を病んで実家に引き籠ってしまっている匠吾の妻、それから甲虫のような掃除機ロボット、グレッグ。父子の家庭を舞台に最初はさりげなく綴られはじめた心理劇は、物語の進行に連れて加速度的に不穏の色合いを強め、ついには母の部屋だった開かずの間の破滅へと導かれて行く … という恐怖劇です。深川さまお得意のミステリアスな陰に彩られており、他の作品とも共通する独特のダンディズム —— 適度にストイックな文章は、時に唐突ささえ感じさせながらもどこまでも冷静で乱れず、食物やファッションやインテリアなどへの半端でない博識ぶりが随所に散りばめられる —— にはまり込んでいました。短編の書き方を本当に心得られている方だと敬服致します。
∮ 森緒 源さまの【たけんこうち王子外伝 フミの京都慕情】https://kakuyomu.jp/works/1177354054887355887
は、上述のどの作品とも似ていません。過去の実話に基ずく家族譚で、まるでエッセイを読むような楽しさ、可笑しさです。とりわけ、サダジの超マイペースな破天荒ぶりと言ったら … ! タイトルに「外伝」とある通り、このシリーズには「たけんこうち王子の伝記」という10万字越えのいかにも愉快そうな本編があって、ネット検索しても判らなかった謎の「たけんこうち」が新潟県長岡市竹之高地のことだと記されていることを第6話で発見しました。
〈 母フミは若い頃はそこそこの器量良しだったので、見合いの席ではサダジの方はすぐにポ~ッとなったとのことですが、フミは特に相手のことや印象などは好きとも何とも思わなかったらしいのです。/ そんなフミの気持ちを動かしたのは、席上でのサダジの意外な言葉でした。「…僕は小学生の頃に新潟の田舎から京都の商家に丁稚奉公に出されまして、成人する頃まで京都で過ごしました。京都は本当に綺麗な街です。結婚したら2人で京都に行きたいな!あの古都の街並みを見せて上げたいんです!」/ …サダジと同じ新潟県出身のフミは、その後東京の下町で働いた経験しか無かったので、それは雅やかな甘い囁きに聞こえたのでした。〉という訳でめでたく結ばれたご両親でしたが、〈 「…結婚したら2人で京都に行きましょう!っていうから一緒になったってのに、その後20年以上経ってもお父さんは京都のキョの字も言わないんだよ、全くもうっ !! 」 〉とフミの愚痴るある年の正月、元旦からこの家族旅行のお話がはじまります。まあ、とにかく、サダジに振り回されっぱなしの可笑しさは読んで頂くしかありませんが、その行いをことさら可笑しがらせようとするでも、非難するでもなく、ちょっと呆れながらも静かに描き出すスタンスに、そこはかとないぬくもりと癒しの漂って来るのが命の笑篇です。その上、京都観光の気分も味わえますし、ブルートレイン「銀河」のシーンなど、国鉄時代の雰囲気も懐かしく留められた作品でした。
最後に、私ごとで恐縮ですが、先日の第1回「短歌の秋」20選に友未の夕陽の歌も選ばれていました。ご声援、有難うございます。短歌は正直、すごく苦手で、今後もあまり詠む機会はなさそうですので、今回の三首が「我が生涯最良の歌」になるかもしれません。「何クソ、友未だって短歌くらい書けるぞ!」と気合だけは込めて詠みましたのでお目よごし頂ければ幸いです!
秋あかね風を区切れば島影の傾げどなほも瀬戸の船すじ : 「鳥瞰賦」
両腕に夕陽は抱えきれなくてぜんぶ赦して坂にたたずむ
母猫の乳首は紅く余されて子らは四つ
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