S氏の遺書

鹽夜亮

S氏の遺書

 私は金によって死にます。

 馬鹿げているとお思いでしょう。なんと俗物的だとお思いでしょう。しかし、有限はやがて尽きるものです。

 私は生涯、金を憎悪しました。慢心の憎悪を持ってそれを用いました。慢心の憎悪を持ってそれを得ました。この社会生存の根本的な矛盾は、やがて行き止まると知りながら。

 私の生涯を、ここで多く語ることはしません。それはただの無駄です。私の思考を多く語ることもしません。私は、既に今の私の全てを語り尽くしました。より多くを語れなかったことは、残念です。

 私は今、疲労も、憎悪も、怒りも、悲しみも、虚しさも、楽しさも、喜びも、何も感じていません。ただ、私は私の五感を通して世界のあるがままを感じています。それらは、ただそこに在るというだけで、なんと優しく、温かいことでしょう。…

 全能すら感じる地平の果てで、私は今、これを書いています。悟りなどと大それたことは仰らないでください。せいぜい、私のそれは幻覚に過ぎないことでしょう。

 満ち足りることと、全てを無くすことは同じなのかもしれません。空っぽのフラスコは、清浄な水を湛えたそれと同じように透き通ります。フラスコが割れずにいることを、私は今も幸せに思っています。

 ああ、こうして書き始めたというのに、もはや書き残すべきこともない、というのは不思議な感覚です。これ以上は蛇足というものでしょう。

……

 庭の日当たりの悪い場所に芽吹いた花が枯れるだけの話です。

 ただ、それだけです。

 願わくば、同じ場所に、もう誰も芽吹くことなどありませんよう。

 枯れた花の上にも桜の花弁は落ちることを、一つの慰みとして携えていこうと思います。


 それでは。また、いずれどこかで。

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S氏の遺書 鹽夜亮 @yuu1201

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