第279話

「『うちの会社の投信の利回りが、一本だけ二百パーセントを超えた』だって?」


 ラックが、ネットで株の取り引きをしようと目論んで口座を開設した、ネット専業の証券会社。

 そこで取り扱っている投資信託のうちの一本が、通常ではあり得ないパフォーマンスを叩き出していた。

 それが、社内である程度公になった段階で、部下から知らされた総務部長は冒頭の発言をするに至ったのであった。


 総務部長と総務課長の二人。

 彼らは、証券会社の総務部の密談用の別室内で、休息がてら自分たちには責任のない分野の話を興味本位でしていたのである。

 むろん、二人にはその案件に対しての責任がないだけで、「会社としては重要な話である」のは言うまでもない。


「それ、誰が担当している投信だ? 純資産残高はいくらだ?」


「担当者は私の同期入社の『玉城』ですよ。現在の純資産残高は『三百五十億』ってとこですね」


 担当者には、投信の成績次第で決められた年俸とは別に特別なお金が会社から支払われる。

 それだけに、総務部長としては「誰が」の部分と、「いくらのお金を出すのか?」の部分はなるべく早めに把握したいところ。


 それ故の言葉のやり取りが、二人の間に展開されたのであった。 


「ってことは、年初の時点だと?」


「年初の時点では百億を少し超えている程度の投信でした。ざっと二百四十億ちょいを積み増したので、ざっくり言えば二百と十パーセントくらいの利回り。ここまで数字が大きいと、正確な数字は今は必要ないかと。まだ実績がこの先も上がりそうですしね」


「玉城か。そこまで優秀な男だったか? 私にはそのような印象が全くない」


 総務部長なだけに、個々の社員の名前は勿論として、一応ちょっとした個人情報は必要な知識として頭に入れている。

 けれども、全員のことを詳しく把握してるわけではない。


 目立つ人材なら話は別だが、件の玉城は少なくとも総務部長の判定だとそうではなかった。


「玉城はこれまでに、この件以外の投信を担当はしていません。で、過去五年間の平均利回りが三パーセント弱。但し、マイナスの年度も一度あるので。ま、お世辞にも『優秀』とは言い難いです」


「そうか。その程度ではな。悪い方で突出してもいないから俺にとっては印象が薄いわけか」


 投資信託は元本保証の金融商品ではないから、時にマイナスもあり得るのは仕方がない。

 けれど、もしそれが続いたら、当然ながらそこにお金は集まらなくなる。

 それが自社に複数ある取り扱い投信のうちの、一本だけの話で済むうちは良い。

 しかし、利回りがマイナスの投信の割合が高くなったり、たとえ一本だけでも突出して悪目立ちする悲惨な実績のレベルだと問題になる。


 つまるところ、悪い意味でのパフォーマンスが高いと、担当者はその投信の担当から降ろされる。

 損害額によってはそれだけでは済まず、退職してもらうケースだってある。

 まぁ、それを検討するようなレベルだと、たいていの場合は会社として動く前に本人が自主的に退職届を提出してくるのだが。


「トータルでは利益を出しているので、完全にダメってわけでもないのですがね」


「だな。で、そんな人物がどうして大化けした? 同期なだけに、その理由を知っているのだろう? じゃなければ、こそこそとここで話をしないだろうからな」


「ええ。なんでも、『とある個人投資家が全戦全勝で高額の利益を叩き出しているのに気づいて、その取引を瞬時にトレースするアルゴリズムを自分が担当している投信に組み込んだ』とか。玉城をべろんべろんに酔わせてようやく聞き出したので、これは内緒ですよ」


 厳密には完全自動取引として組み込んでいるのではなく、ラックの取引行動が逐一玉城に伝わるようになっているだけだ。

 そのあたりは、酒の席で話を聞いただけの、総務課長側の誤認もあったりするのだが、このケースの場合だと些細なことであろう。


「それ、不味くないか?」


「ええ。『個人取引を勝手にトレース』とかバレたらちょっと、いえ、かなり大きな問題になるかもですが。ただ、それだけに全額投入しているわけではないのと、銘柄の売りや買いが足らなくて完全には真似できないことも結構あるようでしてね。なので、もしバレても、本人は明確な証拠を残すほど馬鹿ではないでしょうし、『偶々、投資判断が被った部分がある』で逃げるでしょうね。実際それで逃げ切れるかと。売買を先回りしたら大問題ですけれど、後追いしているだけですからね」


 ラックは株式投資用の口座を開設して、そこから間もない時期に投資を始めているので、信用取引が可能な口座を持つことができなかった。

 株式の信用取引の可否は、株式投資の経験が審査条件に入っているからだ。

 そもそも、日出国に登録した生年月日上、ラックは年齢が十九歳。

 そのため、『二十歳以上』の年齢の要件でも、必ず引っ掛かるのだが。


 前述の事情が「何の話か?」と言えば。

 話題に上っている玉城なる人物は、ラックの買い注文をトレースする時に、ラックには不可能な株の空買いを行なうことができ、時にそれで、大きく利益を出していたのであった。


 ちなみに、玉城は初期に手痛い大失敗もしている。

 ラックが売った時点で玉城はまず持ち株を同じように売り、その上で彼は更にそこから空売りをやったのだ。

 ところが、そこから株価は下がらずに上昇してしまい、空売りで大きな損を出す結果に繋がったのだった。


 超能力者が、特定の銘柄の株価が上がることを確信できる情報を掴んだ場合。

 その銘柄の売買取引を行うのは事実なのだが、利益を確定した段階で株価が天井だとは限らない。

 つまり、ラックは必ずしも売り時を正しく判断するすべは持っていない。

 それを玉城は知らず、ラックの取引状況を過信しての失敗も経験していたのであった。


 まぁ一度の大失敗で懲りたのと、動かせる資金力が違うだけにそこで出した損失はすぐに取り戻せたので、玉城個人としても投信としても問題はない。


「しかし、逆に言えば、もしそのまま真似できていれば総額が三倍超どころか、五倍十倍になっていたかもしれんのか。恐ろしい話だな。そいつは、インサイダー取引を疑うべきなのでは?」


「そのあたりは何とも」


「だろうなぁ」


 総務部長の先に挙がった見解の最後の部分は、実のところ完全に正鵠を射ているのだが、それを誰も証明することはできない。

 超能力者が行っている取引は、客観的にはどれだけ不自然であろうとも、不正取引の証拠は出ようがない。

 なので、その意味では合法の範囲であった。


「ですが、『個人投資家がインサイダー取引をできたとして』ですよ? 一回だけのスポットならともかく。『複数の企業に対して長期安定』ってのは、常識的にはあり得なくないですか?」


 雑談に興じていた総務課長の最後の一言が、ラックを不正取引で告発しようがない根拠の全てであった。

 むろん、「本当は真っ黒」なのは言うまでもないであろう。




「えっ? もう貸した一億円を返してくれるの? 幸甚、貴方たった半年で一体いくら稼いだわけ?」


 美和の問いに、ズルをして稼いでいる自覚があるラックは曖昧な笑みを浮かべたまま、自身の証券口座の残高が表示されている画面を見せた。


「まぁ、見ればわかると思うけど、タネ銭は作れたから」


 ラックが美和へと見せたそれには、十桁の数字の表示がされていたのだった。


「そうね。これだけあればもう貸したお金は必要ないでしょうね。って、待って。貴方、一億を半年で三十五倍に化けさせたの? 投資の天才じゃない?」


「どうだろう? 僕には何となく上がりそうな株がわかるからね。しかも不思議なことに、最近は僕が株を買うと、何故か急激にその株の値が上がるんだよね」


 ラックはデイトレードをしているわけではない。

 基本は一件の銘柄に手持ち資金の全額を投入してしまう。

 これは、たとえどんなど素人でもまずやらないような、危険極まりない投資方法となっている。


 ラックのソレは、株式取引の相場の格言にある、「卵は一つのカゴに盛るな」をガン無視した行動だ。

 けれども、それで確実に利益を出している以上は、本人にとってその行動は正解なのである。

 そして、一旦株を購入してしまえば、そこからは空いた時間で電子マスターの能力を発揮して、他の銘柄の機密情報を探しに行く。

 そうやって、超能力者は電子の海を彷徨う。


 即日で利確するケースは極まれであるため、そのようなスケジュールになっているのだ。


 ちなみに、ラックが株を購入したあと、わりとすぐに激しく値が動いてしまうのは、彼を監視している玉城が、便乗取引で後追いの巨額を突っ込むからであった。

 超能力者が原因に気づいていないだけで、値が動く理由はちゃんとあるのだった。


 ラックはインチキ投資家であると同時に一応大学生でもあるので、そもそも平日の日中に自由な時間は限定されている。

 大学の敷地内では、美和が他者に対してマウントをとるための行動を欠かさない。

 そのため、講義を受講する時間以外でも、それなりに忙しかったりもする。

 また、夜は夜で子を望む妻の要望に答える形で、肉欲に溺れる爛れた生活が待っている。


 以上の状況から、毎日のように購入したくなる新たな株式の銘柄を見つけ出すことは不可能なのが、最早必然であろう。


 そのような環境下にあるラックは、金を稼ぐのにできる範囲のギリギリを攻めていることになる。


 それでも、美和的には信じられない額をラックは稼いでいるのだから大したものではあるのだろう。


 だが、そんな状態は長く続けられるものではなかった。

 いくらどう調べても「不正をしている証拠が上がらない」とはいえ、状況だけは完全に真っ黒なのだ。


 そうして、事態は動く。

 まずは異常なパフォーマンスを叩き出し続ける玉城の投資行動が調査対象となり、芋づる式にラックのそれが着目されることになる。


 その結果、ラックと美和と二人は、「これまでの金の流れ」というか、「税金逃れの容疑」という名目で、税務署の人間に囲まれることになるのであった。

 

 突如二人の愛の巣に掛かって来た一本の電話で、「税務調査が発生決定」となったのである。


 むろん、そのような状態で美和が黙っているはずもない。

 過去の彼女は、「幸甚が、万一にも日出国における正当な身分を、入手できなくなることがないように」と、細心の注意を払って行動をした。

 法律の専門家に高い金を支払って、完璧な手続きを進めさせたはずだし、裁判所で詳細を確認することを自らの手でも行っている。


 納めるべき税金を含む全ての金額は、「限りなくシロに近いグレーの部分だ」との専門家の助言を承知していた部分にすら、難癖を付けられないために気前よく支払ったのだ。


 掛けられた嫌疑は、贈与税の脱税。

 すぐさま、法律家と税理士の出番となったのは、言うまでもないであろう。


 ちなみに、やって来た「税務署の人間」と名乗った集団の中には、聖幸甚名義のラックのインサイダー取引の証拠を、探しに来た者が含まれていたりしたのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、三日間にわたって「税務調査」という名の実質別の何かが、美和とラックに対して行われた。

 二人の所持していたスマホと、自宅に鎮座しているデスクトップパソコン二台と、大学で使用するためのノートパソコン二台も入念に調べ上げられる。


 しかし、そこから決定的な証拠が出るはずもなかった。

 そもそも、証拠など最初からないのだからそれで当然であった。


 そうなると、だ。


 今度は出張って来た側の面子の問題に、この案件はすり替わってしまう。

 彼らは彼らで、「何かが必ずある」と踏んで来ている以上は、手ぶらで帰ると無能を晒すことになるのだから。


 そのあたりは、立ち会った弁護士と税理士の二人も良くわかっている。

 今後の彼らとの関係を考えると、今回の事案で彼らの面子を完全に叩き潰しても何らメリットがないどころかマイナスしかない。

 それが、世知辛い現実であった。


 よって、何も見つけられずに苛立っている連中に対して、頃合いを見計らった税理士が美和にこそこそと耳打ちをして了承を得ることで事態は動く。

 弁護士と視線のみで意思疎通を果たした税理士は、本来完全にシロの部分のはず案件について、かなり無理矢理で乱暴な解釈を付けることで、美和が三百万円の税金を追加支払いする決着へと持って行ったのであった。




「災難だったわね」


 美和がポツリとラックに向かって語った。


「だね。あの人たちはそれが仕事なのだから仕方がないけれど、『最初からこちらが脱税をしている』って前提なんだから恐ろしいね」


 ラックは「美和の資産が、どのようにして入手に至ったのか?」について詳細を聞かされたことがあるので知っている。

 日出国はなんと、美和が相続税として支払った四千億円超の金を既に受け取っているのだ。

 いくら彼女の手に「まだまだ大金が残っている」とは言え、明らかにこれはやり過ぎであろう。


 だからこそ、ラックは事態が落ち着いてから、密やかに報復行動に出る。

 超能力者は、政府や公務員に対して忖度を一切しない某新聞社の編集部のパソコンと、同じく忖度をあまりしない某週刊誌の編集部のパソコンに、スキャンダラスなネタを「これでもか!」とばかりにどっさり置いてきたのであった。


 そうしたネタ探しの過程で、「本当の標的は美和ではなく自分だったこと」に、ラックは気づいてしまった。

 けれど、だからと言って、簡単に自分の資産が増やせる手段を放棄する気にはならなかった。

 そして、ラックは考え込んだ末に、「国内企業の株式への投資には、限界がある」と見切りをつける。


 美和の夫は、その視線を海外企業の株式へと向けたのであった。


 こうして、ラックは絶対にバレようがないインサイダー取引を連発したことで、証券会社の人間と税務署に目を付けられるも、なんとか致命的な損害を受けることなく事態が鎮静化するまで息をひそめて待つことに成功した。

 便乗取引を行った玉城の存在に若干ムカつきはしたが、結果的に電子マスターの投資行動にはプラスしかなかったため、今回は容認して済ませる。

 今回の事案発生で、過去の戦争で日出国を敗戦に追いやった戦勝国、大麦国がアレコレと被害を受ける未来があるのは、たとえそれが単なるとばっちりであろうとも些細なことなのであろう。


 忙しい日常の合間を縫って、己の力で金を稼ぐことそのものが、それもバレようがないインチキを同時にしてしまっていることが、楽しくなってしまったファーミルス王国の元国王様。安易な気持ちでばら撒いた報復目的の情報が、わりと洒落にならない闇の部分だったことにはまるっきり気づいていない超能力者。税の案件で詰め寄られたことで、税金関係の話に興味がそそられ、詳細を調べるにつれていろいろとおかしな部分に憤ることになってしまうラックなのであった。



◇◇◇お願いとお知らせ◇◇◇


 現在【魔力が0だったので超能力を】はカクヨムコンの異世界ライフ部門で391位となっています。

 このままでは、読者選考の通過が叶わないものと思われます。

 なので、大変恐縮ではございますが。

 この作品に、『まだ、応援の☆を付けてくださっていない読者の皆様』へお願いです。

 どうか、応援の☆を付けてはくださらないでしょうか?


 何卒よろしくお願い申し上げます。



 以下はお知らせ。


 【勇者やってたはずが宇宙へ】の描写マシマシ改稿版が10話(1話1万文字前後で10万文字超え)まで書き上がりそう。

 なので。

 1月1日から投稿する予定でいます。


【最強勇者の後日譚 ~ランダム転移で異世界に飛ばされたファンタジー世界の最強勇者は、偶然出会った超科学文明が造り出した生体宇宙船を相棒にして、大宇宙で自由に生きる~】

 と、ベッタベタのなろう風タイトルを予定していますが、もし、無償で使用してOKなタイトル案がございましたら、提案いただけると嬉しいです。


 尚、あくまで描写マシマシ改稿版なので、元の作品とストーリー部分での変更はあんまりありません。

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