最終話
振って湧いたモノポール騒ぎは、あっという間に終息した。モルモ石がモノポールではなくなったのだ。河原に
時間の経過によって単極性を失った。いや、元々ただの磁石だったのを集団ヒステリーのような精神状態で見間違えたのだ。いやいや、帝国調査局のエージェントが全てを回収、すり替えたに違いない。
「俺の
後日、帝国調査局の第六室(学術・学芸担当)に出頭して角一が告げた真実は、そのまま闇に葬られた。
すわ天然モノポール鉱床の発見かと、全調査員が動員状態になりかけていた第六室をはじめとして各調査局室、および政府各機関から、角一の所属する第十室は白い目で睨まれる羽目になったが
「――そこはコラテラルダメージってことで一つ!」
「あらあら、矢面に立つのは私なのだけど?」
「いやあ、すんません」
第十室の事務所。室長室と銘打たれた三枝の執務室。
流石に申し訳なさそうな様子を見せる角一に、三枝は小さくため息をつき
「けれど、騒動自体は大きくなったとはいえ、おおよそ、あなたの望むような展開にはなったわね」
三枝は、空中投影されたディスプレイに新聞記事を写す。MINおよびセントエルモⅢに関連する記事だ。
「現状の帝国法では40年以上前の殺人については時効が成立します。
なので関係者や組織に対して、法的なペナルティは課せられません。ですが世評という点では違います」
今回のことで、MINは事件にかかわった現状の長老級は軒並み引退。若手は知らなかったアピールで乗り切るつもりのようだ。しかし、死体遺棄のことを知っていて、それを交渉材料にしようとしていたのは事実であり、そして人の口に戸口は立てようがない。倒産こそしなさそうだが、企業イメージが損なわれることで発生する損失は馬鹿にならないだろう。
セントエルモⅢを含む地域の惑星議会や地方議会の官僚、政治家達についてはもっと悲惨だ。なにせ企業以上に面子、看板の意味が重い職業だ。しばらくあの地域では、政治的な地殻変動が続くだろう。
「ただ、その地殻変動も悪いことばかりじゃないようね。
松田くんの分析では、地域の分断状態はだいぶ改善したようよ。全く元通り、というわけにはいかなかったようだけど」
「まあ、こればっかりは認識の、気持ちの問題ですからねえ」
一度集団として分かれ、対立したグループが、再び一つに戻れるのか?戻れるとしてそれはすぐか?それとも何年もかけてか?こればかりはケースバイケース、神のみぞ知る事柄だ。
「けれど、少なくとも件の少年からは感謝される程度の成果は出たみたいよ。
はいこれ、手紙と一緒に郵便で届いたわ」
机の下から、三枝は一抱え程の段ボール箱を取り出した。
「ねるねるねるねる。練れば練るほど色が―――――」
「変わんないじゃない」
「――まあ、ただの硫化銅水溶液だからなあ」
荷物を受け取った角一は、事務所のリビングでそれを開帳した。
中身は、モルモの素と書かれた砂袋と記録チューブだった。
「これ、マジでモルモができるの?」
「さあ。まずはやってみましょ」
毛布をかぶったカトレを膝に乗せながら、水槽を覗き込むレベッカに、シェラザードがおたまで青いお湯が入った水槽をかき混ぜながら言う。
彼女が片手に持った説明書にはこうある。
1.まず水槽いっぱいのお湯と、水溶性の金属塩を用意する(硫化銅水溶液だと見栄えがいいです)
2.お湯に金属塩を溶かし、そこにモルモの素をコップ一杯分注ぐ
3.水槽に強い光を当てる
4.光を当ててまま、同梱された記録チューブに入った電磁パルスデータを、水に流す
5.数分、水を揺らさずに放置。するとモルモが生まれる
「まるでシーモンキーね」
「シーモンキー……ああ、アルテミアのことね。生態としては確かに類似するわ」
「光源、用意できたぞ」
「パソコンにデータ入ったッス。端子も用意したッスよ」
レベッカ達と同じく、たまたま暇をしていたハラフィや松田も、それぞれ準備に協力していた。
あれよあれよという間に準備が整えられ、パソコンから引っ張られた電極が水に付けられた。
その数分の内に水中に靄が生まれ、それが水の流れもないのに渦巻くように中央に集まる。そして、ポンとでも効果音が出そうな唐突さで
「―――」
水槽の中に一匹の、クラゲとカブトムシの相の子のような生き物が姿を現した。
手のひらサイズのモルモである。
「ほう」
「うわ、マジで数分ッスね」
水槽を覗き込む一同。カトレも被った毛布の奥で目を丸くして、水槽に手を突いて生まれたばかりにモルモを見つめる。
モルモはそれを気づかないかのように、水を吸い、そして吐きながら、水槽内をゆっくりと回遊し始めた。
「あの粉の中に卵でも入ってたのかしら?それとも、乾燥した状態で休眠?」
「孵化した、という風にも見えなかったけど……」
首をかしげるシエラザードに、少し離れたところでコーヒーを啜っていた角一が
「流石シエさんご明察。実はそのモルモ、シーモンキーとかみたいに卵から孵ったわけでも、クマムシみたいに休眠してたのが復活したわけでもないんだ」
「と、いうと?」
「これはクワジット博士の受け売りなんだけどさ。そもそも―――モルモなんて実在しないんだよ」
クワジット老の家に忍び込んだあの夜。全てを聞き終えた最後に、角一は興味本位で質問をした。
「本音として、モルモ研究の第一人者であるバズ・クワジット博士としては、モルモの生息域を破壊するかもしれない鉱山開発については、賛成?それとも反対?」
「設問自体が間違いだ、と答えよう。
生物の保護の是非は科学の問題じゃない。価値観の問題だ。科学者として応えられるのは、開発の影響についての客観的な予測のみだ。
だが―――そうだな、強いて意見を言うとすれば、だ。
そもそもあそこをモルモの生息地というのは間違いであり、そしてもっと言うならば―――厳密には、モルモなんてものは実在しない」
は?と疑問を浮かべる角一に対して、クワジットは言葉ではなく実験で答えた。
戸棚の一つから取り出したのは、砂のような物質が詰められたガラス瓶だ。
「これは乾燥保存状態にしたこの星のテラフォーミング用ナノマシンだ。
そこら辺の水や土壌にいくらでもいる」
そういうと、クワジット老は水槽を用意し、お湯と乾燥ナノマシン、そして金属塩を混ぜて注ぎ込む。かき混ぜ、光を当て、パソコンから引いた線で電磁パルスを送ると
「――と、このように特定環境を用意すると、ナノマシンが集合しモルモを形成する。
さて、私が『実在しない』といった意味が分かるかね?」
講義をするかのように問う老人に、角一は少し考えて
「つまり―――モルモはナノマシンが一時的に集合して生じた、言わば群。
ある種の小魚や渡り鳥の群が遠目に見ると一つの生物に見えるのと同じ。その群が実は実体のない錯覚であるのと同じで、このモルモのナノマシンが作った群を、俺達が一つの実在する個体のように扱っているだけ、と?」
「うむ、その通りだ。
モルモ―――
故にあの河原や、今、鉱山があるかつての湿地帯を、生息域と表現するのは、厳密には不適切なのだ」
「けど、それを言ったら人間とかも、一つ一つの細胞の集合じゃないですか」
「そうだな。認識論的に言えば、あらゆる物体に使える存在否定のメソッドだ」
椅子は存在せず釘と板と棒があるだけ。馬車は実在せず車軸と車輪と車体があるだけ。
畢竟すれば 『万物は原子でできている。故に実在しない』と言えてしまう。
「だが、少なくとも我々は細胞一つ一つでは生きていけないが、ナノマシンは本来、一つ一つが独立した単位だ。
そういう意味でも、モルモは生物とは言えない。そしてまた、仮にこの星の上からモルモが一つ残らず消えたとしても、それは 『セントエルモⅢのテラフォーム用ナノマシンが自発的にモルモ化するという珍しい環境がなくなった』 だけで 『モルモが絶滅した』 とは言えん。なにせ条件が整えばすぐにまたモルモは発生するからな。
この星のテラフォーミング用ナノマシンが絶滅するか、ナノマシンネットワーク上の共通記憶部が初期化され
老人は皮肉っぽく笑いながら
「面白いものだ。
ただのお題目とはいえ、実在しないモルモの保護だのどうだのを看板に掲げながら、ここの住民達は分かれ、これまた本来は実在しなかった対立する二つの集団を作る。まるでモルモを一つの生物として扱うのと同じように、今までなかった“集団としての定義”を勝手に作り、まとまり、実体として影響力を持って存在しようとする。
なんとも面白いものだよ」
「―――と、こんな感じの、お偉い専門家先生のありがたい講義だったわけさ」
「興味深い話ね。言葉遊びだけど」
「シェリーは相変わらず、理解した上でソリッドね」
私は途中からついていけなかったし、聞く気も起きなかった、とレベッカは肩を竦める。
と、そこで角一達を見つめる視線に気づいた。
カトレだ。彼女は不思議そうに
「このこ、ここに、いる。かわいい、よ?」
水槽の中の、そこに確かに浮かんでいるモルモを指さして言う。
そのシンプルな実在証明に、屁理屈をこねまわしていた大人達は降参して両手を挙げ
「カトレちゃんは賢いなあ」
きょとんとした彼女の頭を、そっと撫でてやるのだった。
事件は終わった。
50年越しのスキャンダルに世間は湧き、モノポール騒ぎは一部のオカルト好き記憶にとどめるだけのゴシップとして片づけられた。
鉱山開発も白紙化。一応は保護派の勝利というべき結果だが、主導していた当事者たちはもはやそれどころではなく、公式のSNSでおざなりな勝利宣言を一文流したのを最後に一切の活動が見られなくなった。開発派も似たようなものだ。
分断されかけた地域住民は、MINや行政府のごたごたに多少の影響を受けながらも、意外とすんなり日常に復帰した。対立した者たち同士での多少のギクシャク感はまだあるが、時間が解決してくれるだろう。
こうして、全ては時の流れの中に風化し、事件にまつわる全てが風化していく―――と思われた中、一つだけ、この事件を切っ掛けとして宇宙に広がったものがあった。
モルモだ。
モノポール騒ぎで話題になった時、スペチューバーの一部がモルモの素を購入。自宅で発生させる動画を投稿した。
それがバズった。
ユーモラスな外見。簡単な購入、飼育方法。しかもこのモルモ、水から揚げ、市販されているナノマシン保護剤をかけて乾燥させれば、モルモの素に戻るのだ。
この後地球時代においても、ペットは贅沢な嗜好品であり、インテリアだ。
だからこそ、商人や政治家、その他多少は生活に余裕がある中産階級以上の人々はこぞってペットを欲した。
とはいえ、犬猫のような生物を可住惑星以外で飼育できるのはほんの一部の金持ちのみ。普通は上等でも金魚や熱帯魚、もしくはシーモンキーやカブトエビのような、一時的に飼育を中断し卵などの状態で休眠できる生き物を飼育するにとどまった。
その需要にモルモは嵌った。
比較的大きな、見栄えのあるサイズ。簡単に活動、休眠を切り替えられる生態。餌は有機物ではなく、光と金属塩であり保存も調達も極めて容易。
さらに追い風となったのが、変異形態の発見だ。
発生時に与えるパルスのデータを微妙に変えたり、僅かに他のナノマシンを混ぜたり、水温やpHを変更したり。それらの工夫によりモルモの姿形が多少なりとも変化することを、モルモ愛好家達が発見。白一色だったモルモは一気にカラフルになり、触腕や胴体の形、大きさもバリエーションが増えていき、それに伴い市場も需要も拡大していった。
高級なモルモが入った水槽はステータスシンボルの一種となり、政治家や企業重役の執務室や応接間に飾られた。庭園の池には大型のモルモがゆったりと漂うのが定番。祭りの屋台に並ぶモルモ掬いは季節の風物詩だ。
その研究の第一人者から、実在しないとさえ断言されたモルモという存在は、しかし全宇宙に求められ、銀河の果てまで広がっていく。しかし当のモルモは我関せずと、今日もゆらゆらふらふらと、呑気な顔で漂うのだった。
老人とモルモとモノポール 終
無双の能力者(ボッチドライバー) 詞連 @kotobaturame
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