母の遺品の原稿用紙

シメ

母の遺品

 まだ実家に住んでいた頃、ある日母が死にました。ここに書くほどでもない、よくある病死です。


 母には蒐集癖がありました。

 なので、家には沢山の本やCD、レコード、服、雑貨……そんなものが家の収納という収納に詰め込まれていました。それらは全て遺品に変わりました。


 私と家族はその中から欲しいものや大切なもの、今後必要なものを選別していきました。私はCDと映画のDVDだけを貰うことにしました。


 他に何かないかと本棚を探していると、クリアフォルダに入れられた映画のパンフレットの束がありました。どれもミニシアターの作品のものでした。

 思い出に浸りながらパラパラとめくっていると、その中に異質なものがありました。よくある400字詰めの原稿用紙だったのですが、母の文字で何かが書かれていました。


 下記にそれを全文掲載します。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私の住んでいる家の近くは何かがおかしいです。向かいの家で首吊り自殺があったし突き当りにあるアパートではボヤもありました。調べてみると私の住んでいる家は鬼門にあるみたいでした。だから、


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 この通り、内容は書きかけの文章でした。実際に向かいには家があるし、突き当りにもアパートがありますがこんなことは起きてませんでした。立地も特に鬼門というわけではありませんでした。


 原稿用紙の裏面を見ると、「実話怪談コンテスト」という走り書きがありました。どうやら生前によく読んでいた実話怪談の本に投稿しようと書いたもののようでした。


 書くのに飽きたのか、この先が思いつかなかったのか「だから、」で終わっていました。よく見ると一度書いて消したあとがあったので、後者だったのだと思いました。

 何を書いたのか気になって読もうとしましたが、筆圧でできたかすかな紙のへこみしか残っていなかったので無理でした。


 私は「私と母の秘密にしておこう」と思ってクリアフォルダごと持っていくことにしました。


 四十九日も過ぎ、かなしみも和らいできた頃、突然家の前に救急車が止まりました。救命士が向かいの家に慌てて駆け込んでいきました。少し遅れてパトカーも来ました。


 後々ご近所さんに聞いてみると、どうやら向かいの家の旦那さんが自殺未遂を起こしたそうでした。

 ご近所さんは聞いてもいないのに詳細まで話してくれました。旦那さんはギャンブル中毒でアルコール中毒……妻が愛想を尽かして家出……旦那さんはロープで首を吊った……。


 神妙な顔をして聞いていた私は、最後の下りで顔を歪ませてしまいました。母が書いていた内容と同じだったからです。


 一度ぐらいなら偶然だろうと思いつつも、その日は怖くて怖くてほとんど眠れませんでした。


 そんな出来事を忘れかけていた数ヶ月後、突き当りのアパートでボヤ騒ぎがありました。

 アパートの一つの部屋が焦げた程度で済んだので家族はホッとしていましたが、私はあの原稿用紙を思い出して恐怖で震えていました。


 しまっておいたクリアフォルダから原稿用紙を取り出し、「だから、」のあとを読もうとしました。これから起こることが分かる気がしたからです。

 ふと、「筆圧のへこみがあるなら、鉛筆で薄く塗ると何が書いてあったかわかる」というミステリーの謎解きのことを思い出しました。私はそれを試しました。


 「だから、」のあとの文章がわかった私はすぐに実家から引っ越すことにしました。


 以下にあるのが、「だから、」からあとの文章です。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


(前略)だから、この家に住み続けると呪われてしまうと思っています。実際に私は呪われています。盛り塩も効かないしお祓いも効かないです。何をしてもだめでした。きっと家族もだめです。この家にいると呪われて苦しむことになります。なりました。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 引っ越したあと、父が母と同じ病気と判明しました。私は大丈夫です。

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