思いがけないライバル

「あの人、南川みなみかわさんて言ったっけ? 幼なじみなんだってな?」



 ガラヤンにそう訊かれたのは、高校二年の時だったと思う。


 確か一緒に図書委員をした時だ。


 小学時代から本の虫だったからか、杏子とは図書委員だの会誌委員だので、よく委員会がかぶった。

 高校でもどうせやるなら慣れたものをと選んだら、また一緒になった、それだけで他意はない。


 うちのクラスのほうが委員選出が早かったから、ガラヤンも「じゃあ俺もそうしよ」と、名乗りを上げただけ、だと思っていた、が。


 杏子も美術を取っていたから、当然、顔と名前くらいは知っていただろうし、長い腐れ縁があることも同じ中学の奴らが、ひやかしで口にすることもあって、結構知られてた。


「別に、ただクラスが一緒なだけだよ。偶然だよ」

「いつから?」

「……小学一年生から」

「マジ? うちは3年間クラス替えないから、……12年間一緒ってことか! 偶然なんてあり得ねー」

「たまたまだって! うちの小学校、クラス替えなかったからさ」


 趣味や得意教科まで似てることは、あえて口にしなかった。


「元気だよな。何か頼れる! って感じ」

「……まあな」


 昔から必要以上に世話焼きで、それが疎ましい時期もあった。小学生男子にとって、クラスの一女子にやたらと世話を焼かれるのは、ありがた迷惑でしかない。


 嫉妬とか羨望とかは無関係に、単に囃し立てたいだけで冷やかされるものだ。


「……もしかして付き合ってたり、して」

「! っ! バッ! ンなわけ!」


 委員会の最中だということも忘れて、思わず叫んでしまい、そこうるさい! と注意された。


 書記を命じられて黒板の前にいた杏子が、口パクで、ナニヤッテンノ、と言ってよこした。


「ただの、腐れ縁、だ」

 低い声で、それだけはきっちり伝えた。

「ふーん」


 それっきり、ヤツは黙りこくってしまい、その後、アイツの話題が二人の間で出ることはなかった。


 あの日まで。


 


 高校生活最後の冬休み。


 推薦で家から割りと近い大学に合格を決めていたため、何年かぶりに気楽な休日を過ごしていた。

 一応大学からの課題も出ていたが、推薦組は一般受験組とは別室で自主勉強していたので、冬休み前には全ての課題を終えていた。

 休みが明けても、しばらくしたら自由登校になるので、大学へ入学する前に自動車の運転免許を取るつもりだった。

 兄貴が同じように自由登校中に取ろうとしたが、受講希望者が多くて、教習所に入れず苦労したのを知っていたので、夏休みには予約を入れておいた。


 冬休みに入ってすぐ、本申し込みしたが、それでも順番待ちで、講習は2月に入ってからということだった。

 冬休みはバイトでもして過ごそうかとも思ったが、何となくダラダラ過ごしているうちに、もう半ばになり、気が付けば来週は始業式、と言う頃。


「つかさー! 電話よー!」

 母親の甲高い大声で、ハッと飛び起きた。

 部屋でテレビを見ながら、いつの間にかうたた寝していたらしい。


「つかさー!」


「聞こえてるよ!」


 怒鳴りながら、電話機のある居間へ行った。


 家電にかけてくるなんて誰だよ?

 何かの勧誘電話じゃないだろうな?


 でも、この時は違った。


「杏子ちゃんよ」


 小さい頃から知っているから、懐かしそうに話し始める。


「すっかり大人びて……話し方もしっかりしてて、最初は誰かと思ったわ」


 感心することしきりの母親を追い立てて、電話に出た。


「もしもし?」

『あ、もしもし? 外山とやま君? ごめんなさい、休みなのに』


 電話を通して聞く杏子の声は、確かに別人みたいだった。畏まっていて、何だか、くすぐったかった。


「別にいいけど。何?」

 って言うか、用事なら携帯にかけてくればいいのに。

 つい、言い方がつっけんどんになってしまった。

 不機嫌な様子に、杏子は申し訳なさそうな声で、もう一度「ごめんなさい」とつぶやく。


『実は携帯水没しちゃって。しばらく家電しか使えないんだ。あと電話番号分からなくなっちゃって』


 家電はクラスの連絡網に載っているし、そもそも小学校からの付き合いで親も知り合いだから、すぐ分かる。


「電話帳、クラウドに同期させてないんだ?」

『していた、……と思う。クラウド? って、ネットにバックアップしておくみたいなのだよね? 品薄でまだ新しい電話機こないから確認できないんだよ-』

「で、誰かの連絡先でも聞きたいのか?」

『あ、ううん。今日は別件。もう進路決まったって聞いたんだけど、教習所とか行ってる?』

「いや、今一杯で、来月に入ってから」

『あ、そうなんだ。やっぱり混んでるよね。私、3月にならないとダメなんだ。春までに免許取れるかな?』


 杏子も俺と同じように推薦で進学が決まっている。

 確か、地元の医療系の短大だ。


『バイトとか、するの?』


「考えていたけど、何となく何もしないまま過ぎちゃって」


『じゃ、暇なんだ?』


「うん、まあ……」


『だったらお願いがあるんだけど』


お願い、の内容は、卒業文集の編集を手伝え、というものだった。


 返事は休み明けでいいから、と言われたので、保留していた。


 正直、めんどくさい気もしたが、編集作業自体は嫌いじゃないので、やってみようかな、と思っていた。


 だけど。


 始業式の朝、登校途中にガラヤンに会った。


 久しぶりだったので、色々しゃべっているうちに、話の流れで、卒業文集の編集を手伝えと、杏子に言われた旨を口にした。


 それまで唾を飛ばしてしゃべくっていたガラヤンは、急に黙り込んだ。


「ガラヤン?」

「……るんだ?」

「何?」

「手伝い、引き受けるんだ?」


 聞き取りにくい低い声で、でも確かに、そう言った。

「……まだ決めては」


「でも、やる気あんだろ? 彼女のご指名だしな。登校日でもなくちゃ誰も来ないし、教室で二人きりになれるじゃん」


 トゲのある言い方が、気にさわった。

「何? ガラヤン、アイツに気があるわけ?」

 思わず口にして、しまったと後悔した。


 ガラヤンは、真っ赤になっていた。


「マジ?」



 返事の代わりに、ガラヤンは、真っ赤な顔でそっぽを向いた。

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