初めての共同作業………未遂
「だから、急に忙しくなったんだよ。俺にも都合があるの」
卒業文集の編集は手伝えない、と言うと、杏子は目に見えて
だけどガラヤンの気持ちを知ったあとで、引き受けるのはためらわれた。
「……他にも進路決まったヤツいるだろ?」
申し訳なさも感じて、代案にもならないことを言ってみる。
「だって、みんなバイトだの教習所だので忙しいって言うんだもん」
そんなの逃げ口上だって、何となく思った。
みんな、やっと手に入れた自由時間を、クラスの卒業文集作りなんかに取られたくないのだ。
だいたいこういうものは、もっと早くから責任者決めてやるべきだし、フォーマルな集合写真とスナップと証明写真よりはやや砕けた個人の顔写真を載せた卒業アルバム自体は出来ているんだし。
このクラスはたまたま推薦で進路が決まっている生徒が多いから、クラス費も余っているから、くらいの理由で担任の思い付きの無茶振りに振り回されることはないと思った。
「何も俺じゃなくたって」
「だって、レイアウトとかセンスいいし。イラストとかも上手いし」
それは、ちょっと自信ある。
「……だいたい、文集の中身はどーすんだよ」
「サイン帳形式にする。プロフィールは書き込み式にして、フリースペースは自由。自分で書いても、好きなもの切り貼りしてもいいから、最低1ページは作ってもらう。それは、もう、台紙作ってある」
こんなめんどくさいこと、しかも今頃になって慌てて作ってなんて頼む担任も担任だけど、人選は間違っていなかったようだ。
こんなこと引き受けるようなヤツも、何とかしちまうヤツも、クラスの中ではコイツくらいだろう。
とはいえ。
「でもさ、これから入試でそれを書く余裕もないヤツがいるわけじゃん?」
「そういう人は、パーソナルデータもこっちで記入するように、一覧作ってある。あと文化祭でやったクラスアンケートも文面に起こしてあるから、オマケページも大丈夫」
「でも個人分担1ページだろ? パーソナルデータだけじゃ埋まらないんじゃ」
「だからさ、代わりに似顔絵描こうと思うの。もう、出来映えはこちらにお任せで、って。外山君が描くって言えば、みんなオーケーだと思うよ」
「ちょっと待て。俺決定なのか?」
「お願いします。私も分担するよ」
「あのさ、全部抱え込まないで、オマケページだけでも割り振れば? 俺も役割だけ割り振って貰えば、家でやってくるから。学校に持ち寄ってさ。それなら、他のヤツにも協力してもらえるだろ?」
「いいの?」
「だから、他の日に学校来るのは勘弁して」
二人きりになるのだけは、まずい。
「うん。ありがと」
もともと家でも作業出来るよう、準備は進めていたらしい。
卒業アルバムに使った個人写真のカラーコピーも用意してあって、ホームルームでの説明も分かりやすく、すんなりクラスの承諾を取り付けていた。
と言うか、俺と杏子が似顔絵を描くと言ったら、一緒に描きたいと言い出したクラスメートが出てきて、あと、自分も描いてもらいたいと推薦組も言い出して、結局全員分の似顔絵を描くことになってしまった。
おかげで、俺の負担は減ったが、編集に参加する人数が増えたため、打ち合わせが必要になり、結局数回は集まることになった。
まあ、二人きりにならなければ大丈夫だろう。
……正直、なるべくガラヤンを刺激しないようにしようと、この頃の俺は気を遣いすぎていた、と思う。
ガラヤンは一般受験組だったので、あれ以来顔を会わせないまま2日が過ぎた。
文集作りに参加するが、他にもメンバーがいることを仄めかす内容で、言い訳のようなメッセージを送っておいた。返信はなかったが既読にはなっていた。
そして。
入試の前夜、ガラヤンから電話がかかってきた。
『お前、彼女のこと、どう思ってる?』
「明日、試験受ける人間の科白じゃねーな」
『だからだよ。このままじゃ、集中できないんだ』
切羽詰まったガラヤンの声に対して、俺が言える答えは1つしかなかった。
「何とも思ってないよ。タダの腐れ縁のクラスメートだよ」
……この後、ガラヤンはそれなりに成績を上げて、二次試験でも無事合格した、と卒業式前日の登校日に報告された。しかも、この勢いで卒業式に告白するつもりだと、ガラヤンは俺に宣言した。
めでたいが、何だかむしゃくしゃした気持ちにもなった。
結果的には、入試を人質に俺を牽制したようなものだ。
だけど、もう遠慮することはない。
ガラヤンより先に、杏子に告白しよう。
杏子だって、俺を嫌ってはいないはずだ。
卒業文集の編集で、完全に二人きりではなかったものの、かなり距離は近付いていた。心理的にも身体的にも。
例えば、将来の夢、とか。人生観とか。好きな作家や本とか。
今まで聞いていたようで、お互い話すことがなかった話を、編集作業のBGM代わりに語り合った。
他にもクラスメートがいたから、時間的には決して多くはなかったけれど、何度も目を合わせた。
ガラヤンの牽制の目から隠れて、実はこっそり優越感に浸りながら……俺も大概腹黒だったよな、そう考えると。
だからここに来てガラヤンに先を越されそうなことに腹が立ったのかもしれない。
「何とも思ってない」と言った手前、止めることも出来なくて。
今思えば、俺らしからぬ無謀な行動に出ようとしたのは、ガラヤンへの対抗意識もあったのだろう。
杏子が卒業式に出なかったことで、俺の決意は、みるみる萎んでしまった。
でも、ガラヤンは諦めていなかった。
「俺、電話する。電話で告白するから、電話番号教えてくれ」
こっそり告白しようと目論んでいた引け目もあって、教えないわけにはいかなかった。
この頃には杏子の携帯電話も新しくなっていたが、クラス全員が持っている連絡網に載っている家電の番号にしたのは、せめてもの抵抗だった。
その夜。
俺はなかなか寝付けなかった。
ガラヤンは電話しただろうか? アイツは何て答えたんだろう?
モヤモヤした気持ちが、胸一杯に広がる。
目を閉じると、杏子とガラヤンが仲良く手をつないだり、見つめあっている情景が浮かんできて、俺は飛び起きた。
いたたまれず、俺は今日配られた卒業文集を手に取った。
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