卒業文集秘話
表紙は、シンプルにタイトルだけ。
下手にイラスト入れるよりも、筆文字なんかでタイトルだけを書いた方がいい。
そう言う俺の意見をアイツが取り入れて、黒々と墨色濃く『旅立ち』と担任に書いてもらった。さすがは国語教諭だけあって、見事な文字だった。
アイツが表紙の紙に選んだのは、和紙に千切り色紙を漉き込んだもので、文字が引き立っていた。
「予算ギリギリまで使いきったからね」
製本代以外のほとんどを表紙の紙代にした、と言っていたが。
ページを捲ると、真っ白な紙に『目次』の飾り文字が浮かんでいた。
俺がカットと共に描いた。
モノクロだけど、かけ網や点描まで手で描きこんだ。
字なんてパソコンを使えばそれなりのフォントが簡単に使えるのに、ついこだわってしまった。
杏子の熱に、俺も踊らされていたのだと思う。
期間も予算も限られていて、実際やっつけ仕事なのに、アイツはこだわった。
その熱意は、気がつけばクラスメートを巻き込んで、最初は忙しいと言っていたヤツラが一人二人と追加で編集に関わるようになった。
極力二人きりにならないようにしよう、なんて気を遣う必要もなかった。
けれど、本当に大変だったのは、全て原稿が揃ったあとからだったのだ。
それが分かったのは、自由登校後、最初の登校日。
教室に入って、まず目に入ったのは、ところ狭しと並べられた紙の山だった。
「こっちから回って、一枚ずつ取っていってクダサーイ」
教室の隅で指示を出しているのは杏子。
机の上には印刷面を表に半折りされた紙の山。
次々登校してきたクラスメートは、促されるまま順番に紙を重ねていき、束ねていく。
入試で欠席のクラスメートもいたが、一人二周もすれば、瞬く間に紙の山はなくなり、リンゴ箱二つにキレイに詰め込まれていった。
「おー、もう出来たのか」
担任が教室に来て、感心する。
「みんなで協力したんだな。結構、結構。ホームルームの後で製本所に持っていくから、えーと男子誰か……外山、中沢、通用口に運んでおいて」
約一時間のロングホームルームが終わった後で、担任に言われた通り、通用口までミカン箱を運んだ。
紙なので、かなり重くて、1箱を男子二人がかりで運んだ。
「こんなん、先生ってば、よく一人でやりましたよねえ」
本気で感心する。
「え? 俺じゃないよ。印刷は全部、南川がやった」
「全部……? え、これ輪転機で刷ったヤツですよね?」
原稿をセットすれば勝手に印刷してくれるコピー機じゃなくて、輪転機は原稿一枚ずつマスターを製版しなくていけない。
学校の決まりで枚数が10枚以上になる印刷物は輪転機を使うことになっている。授業用途以外は、生徒会や部活動であっても枚数に応じて印刷費用は請求されるけど、ほぼ紙代だけなので格安ではある。
クラスメート全員に、担任その他教科担当教諭の寄稿、その他もろもろで文集は約80ページになった。
B4に2ページ分印刷して半折りしてB5にするので、実際の印刷枚数は40枚。
それを寄稿してもらった先生方に配る分も入れて、60冊分。
合計で2400枚。
両面にすれば楽だったと思うのに、印刷が裏写りするのが嫌だから半折りにする、と杏子はこだわっていたけど、実際きれいに印刷されていた。
「3日がかりだったなあ。他にも印刷機使う先生もいたし、合間を見て。一人でよくやったよ、実際」
印刷後セットすれば半折りにしてくれる自動の紙折り機があるし、一人で大丈夫、と。
あれだけ一人で抱え込むな、って言ったのに。
言ってくれれば、俺だって手伝ったのに。
でも。大変なのは嫌だって、最初に杏子に伝えたのも自分だったことを思い出して、自己嫌悪する。
「これから製本所に行くけど、お前も時間あったら手伝えよ」
ご指名なら、と言い訳して、俺は杏子と一緒に担任の愛車で製本所に行った。
せめてもの罪滅ぼしの思いと、担任込みだけど、杏子と一緒に作業できる最後の
「外山くんの描いた目次のカット、キレイに印刷に出て良かった」
車の中でも、自分の苦労話は一切しなかった。
熱意とこだわりを持って作り上げた卒業文集が皆の手元に届いた時、熱を出して休んだなんて間の悪い所まで、逆にアイツらしくて笑える。
ここで、その卒業文集を家に届ける、なんて機転が利くようなら、俺の未来はもう少し好転していたのかも知れないけど。
(もっとも杏子はインフルエンザだったから、直接会えなかったかも知れない)
「外山くん、中学の同級会とかあるんでしょ? みんながすごい喜んでいたって、キチンと伝えてよ」
何人かのクラスメートに、同じような頼みごとをされた。
思いの外キレイに仕上がった卒業文集が、誰の手柄によるものか、みんな、ちゃんと分かっていた。
杏子は、世話好きで、責任感が強くて、しっかり者で。でも、時々天然が入って、間抜けな所があって。
割合何でもこなすけど、努力が目に見えるタイプで、時々空回りすることもあるけど。
優しくて、元気で。
美人とか、そういう形容詞には、正直縁がないんだけど……かわいい、と思う時はある。
そして、実感した。
俺は、アイツが、本気で好きなんだって。
ガラヤンへの対抗意識とか、勢いとかじゃなく。
だからこそ。
怖くなった。
また、会う機会がある。その事実が。
少なくとも、今月末には中学の同級生がある。
このクラスでも、夏休みに同級会をすることになっている。
それに、成人式は中学単位だから、かなりの確率で一緒になるし、そのまま同級会を開くところも多いって聞いている。
そして、俺も杏子も、進学先は地元だ。
だから、その気になれば、だたの腐れ縁から、卒業することもできたんだ。
だからこそ、怖かった。
……もし、上手くいかなければ?
俺は、気まずくて、もう杏子に会えないかも知れない。
そんな保身が、頭をよぎった。
まだ、いつでも機会はある。
都合のよい言い訳で、最悪の逃げ道だった。
それに追い討ちをかけるように。
翌日、ガラヤンから、告白に失敗した、という報告を受けて。
安心すると同時に、ますます怖くなっていた。
俺だって、失敗するかもしれない。
月末の同級生で真相を聞き。
ガラヤンの迂闊さに同情しながらも、ホッとして、そんな自分の卑怯さに腹が立ち。
そして、その告白の一部始終をヘラヘラ嬉しそうに話す杏子にも腹立たしさが募った。
杏子、お前な、男が一世一代の覚悟でした告白を、『は?』で終わらせるんじゃねーよ!
熱があって体調が悪かったとしても、もう少し労ってやれよ。
セコい牽制したり探り入れたりしていたけど、ガラヤンは本気でお前が好きだったんだからな!
せめて申し訳なさそうにしろよ!
……断ったんなら、そんなに嬉しそうにするなよ……。
もちろん面と向かって言えるわけもなく。
そんな精神状態で告白なんて、なお出来るわけもなく。
後から考えれば。
相手が例えガラヤンでなくても、告白されるなんて、高校生の男女にとっては、一大イベントだ、と理解できる。
でも、結果的には告白もせず、クラスメートと約束していた卒業文集の感謝を伝えることもせず。
(きっとその前に、個々にメールぐらいはしていたと思うけど)
その後、予想通り開催された各種イベントでも、単なる元クラスメートの立場を崩すことなく接して。
……25歳の、今に至る。
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