第2話 虚言癖 

~エピソード~


ムカムカしながら沙織の話を聞いていた。


沙織と私は中高が一緒。

足立区にある私立の中高一貫校で一緒だった。

この学校、所謂私立の進学校ではなく、訳ありの子たちが通う学校。

小学校でいじめられ、学区内の中学に持ち上がりたくない子が集まる学校だった。

いじめられっ子の集まりのため、穏やか、と言うか、無気力な子の集まりで、まったりと六年間を過ごす学校生活を送った。


その中で、沙織は異質を放っていた。

いじめられっ子の私が沙織を見て

「あー いじめられるよね」と言うタイプの人間だった。


そもそもが偏差値が40なのだから、わざわざ中学受験して入るような学校ではない。


それでも「いじめられない」と言う日常があるだけで、幸せに過せる学校生活だった。


卒業後、大して沙織と親しくしていた訳ではない。

異質、と言うだけあって、この学校でも浮いていて嫌われていたのが沙織だった。

「媚びる」「男に擦り寄る」「嘘を吐く」の三拍子で嫌われていた。

卒業後も男子が居ないと同級生の集まりに来ない、男子が居ると、チーママと言われるくらいに甲斐甲斐しく世話を焼くと言うあからさまな態度が鼻に付き、あまり誘われなくなっていた。


そんな沙織と10年ぶりに顔を合わせたのが、十周年の同窓会だった。

学年全体の同窓会で、男子も参加するので沙織も参加していた(笑)

久しぶりに会い、LINEを交換し、やりとりが始まった。


高校卒業後、専門学校で保母の資格を取った。今は夜間保育もあり、シフト制で収入はそこそこ。だが、モンペも多く、ストレスも大きい。


~出会い~


そんな時に沙織から飲みの誘いが来た。

「上野にあるお店なんだけどガード下で立ち飲み立ち食い。料理はつまみ系でお酒は色々とあるの。オーナーがバーテンダーやっていたので、カクテルも自慢のお店で朝まで営業なんだけど行かない?」


浅草住まいの沙織は自宅から自転車で繰り出し、毎夜毎夜飲んでるとの事。

保母さんなので職場近くで飲むのとモンペの視線が痛いので、上野なら有り難い。

それに料理も美味しいと言う。雰囲気に馴染めなければ帰れば良いしと、一緒の行く事となった。


めっちゃ狭い。外まで人が溢れていて、活気のある店だった。

最初は寒さ対策で七厘をテーブルに出していたそうなのだが、そこから七厘を使った炙りのつまみを出したら大当たり、七厘にイカ焼きやらするめやら、お肉のセットもあると言う。どっかのテーブルには七厘にアヒージョが乗っている。

オーナーが「うちは何でもあり。なんかアイディアちょーだーい」と言うようなお店で、先日は女子会の流れの女の子たちが七厘で買ってきたマシュマロ焼いてたらしい。


そこで沙織とレモンサワーで乾杯した。

「ここ、日本酒も蔵から入れてるし、オーガニックのワインもあるよ。あと、オーナーがカクテル作れるから、好きなジュースとかあれば言ってみて」


沙織はかなりの常連らしく、隣の席の人にここのお勧めを教えたり、それこそ皿を綺麗に重ねてさりげなく厨房に運んだりしている。

マニュアル通りの事しか出来ない私とは違い、沙織はてきぱきと皿を下げたり、オーダーをお願い出来ずにいるグループのオーダーの声掛けをしたりしている。


気が利く子ではあるんだよね、と思いつつ、カクテルのメニュー表を見ているといきなり、

「おう 沙織来てたのか」といきなりごっつい男の人が現れた。


格闘家?と言うようなゴリラみたいな男の人。

その人が沙織に馴れ馴れしく話掛ける。

「よう気い使ってくれてありがとうな。もう沙織はスタッフ、いやスタッフ以上だわ」とベタ褒めしている。

「沙織がテーブル拭いたり、初めてのお客さんに話掛けてくれたり、もう新人のスタッフの教育は沙織しかおらんわ」


沙織は横で頬を染めて嬉しそうにしている。

私は心の中で(えっ? 沙織はお店の人なの?)と複雑な気持ちで聞いていた。

(自分のお店に呼んだの?)


「沙織、この子誰なん? 紹介して」とオーナーが言う。

「学校の友達の恵理佳ちゃんだよーん」

「同窓会で再開して、再開を祝して連れて来ましたー♫」

「おー 沙織でかした。恵理佳ちゃん 楽しんでってな。何か食べたか?

うちは料理もうまいよー」とオーナーが笑いながら、あちこちのテーブルに挨拶に向かって行った。


「今のね。ここのオーナーなの。ゴリラみたいにごっついけど、レシピもカクテルもオーナーが考案しているの。料理も食べよっ。何食べるの? 七厘で何か焼こうよ」


料理は料理と言えた物ではなかった。

上野なのでアメ横がある。恐らくはそこで購入してきた海産物を七厘で焼いたり、肉の卸しは韓国エリアがあるのでそこで購入したもの。基本は焼くか煮る、そしてカクテルはオリジナリティー溢れると言うか、バーテンダーの仕事ではなかった。多分同じ味のカクテルは二度と作れないのでは? なカクテル。と言うか、お酒とジュースのブレンド(笑)

だが、オーナーのキャラなのかお店は盛況。オーナーと話に来ている人も居て、終電ギリギリまでお店に居てしまった。


そんな時に彼と出会った。

このお店の厨房で働いている人だった。

ひょろっとした体格で料理をさっと各テーブルに提供する。

私達のテーブルはお喋りに夢中で料理を持て余し気味だった。

彼が「口に合わなかった?」と聞いて来た。

オーナーに話掛けられたり、沙織が隣のテーブルの人の面倒を見ていたりで、食べている暇がなかった。


「ごめん 美味しいけど放置してた」

「生モノだから、こっから焼くならしっかり焼いてね。味変も出来るけど、素材はマジで良いものだから食べて欲しい」


自分が料理したものを見てるんだなーと思い、やっぱり美味しく食べて欲しいよね、とそこから食材を焼き始めた。



~自己紹介~

沙織に誘われて、何度かそのお店に行った。

常連の人達の話も面白く、更には沙織が店に馴染んでいて、

(どれだけ知り合いがいるの?)

って言う位、沙織はこの店の常連だった。

と言うか、スタッフだった。


しかし沙織に聞くと

「スタッフじゃないよー。

飲み屋なんで、お世話する人が居てなんぼ

それで流行るんだし、私は他のテーブルの人にも良くして貰ってるから―。

バイトでもないし、一緒に飲んでるだけー」


そういうものなのだろうか。

沙織は毎回お会計してお金も払っている。

だが働きぶりは、最初に一緒にきた時よりもダントツに働いていた。

最近は私と二人ではなく、高校時代の友達を数人呼び、私は同級生なのでその子たちと一緒に食べ飲みし、沙織は一人で皿を片し、オーダーを取り、と言った具合。

本当にスタッフじゃないのかなー、と思っていた時に厨房の君と話をする機会があった。


どう考えても、お店のスタッフが足りなくて、沙織が着く早々働き始めた時、厨房からぬっと出で来た彼がオーダーを取りに来た。

「何か食べる?」

「わっ こんばんは。」

「どっかで食べて来た? 何かつまむ?」

「みんなお腹どう? 何か食べる?」

「食べたーい。さっきのお店の女子会プラン、めっちゃ足りなかったー。お腹空いてるから、何かご飯とかパスタとか食べたい」

「了解。任せて貰えたら作るけど」

「じゃあお願いします」


彼とまともに話したのはこれが初めてだった。


出て来たのはフライパンで作った具がいっぱい乗ったピザだった。

「女の人ってダイエットしてるから、炭水化物は抑えた方がいいんだよね?」

と出て来たのが、薄ーいクリスピーで具が盛り盛りのピザだった。

「遅い時間に来た特権。足が早いものは次の日使えないから」

と言って、ニコニコと焼き上がったピザを出してくれた。


「ここはさ、ピザ窯ないから。フライパンで焼くので、ちょっと上のチーズの溶け方には納得行ってない(笑)」と言う彼に興味が出て、そこから連絡先を交換した。


有名な調理師学校出身だけど、リーマンショックで決まっていた就職先から弾かれたって言っていた。

彼の料理は食べると幸せになり、美味しい以上の気持ちになれるのが嬉しかった。

上野のお店に行くと、所謂グルメって言う人達が居て、彼の料理をあれこれと論評していたけど、私は彼の料理の味が好きだった。


合い言葉「今日は何食べる?」で、彼のオリジナルの料理が出て来た。

恐らくはメニューにある、ただ切って、ただ盛り付けて、ただ火を入れるだけの料理には飽きていたのだと思う。

でもメニューを無視して、もしかしたら採算度外視して作ってくれた料理は、心の底から美味しかった。


ニコニコ食べる様子が気になってたんだと、連絡を取るようになってから言われ、一緒に出掛けるようになった。自然と出掛けるようになった。飲食店なので営業している時間の前後は仕込みと片付け。私も夜間保育はあるけれども、中々一緒に過ごす時間が取れず、自然の流れで一緒に住むようになっていた。


そんな時に事件が起きた。

上野と言う立地なので大概彼は終電を逃す。自転車で帰ってくるのだが30分弱掛かる為、いつも帰宅は2時頃だった。その日の帰宅時間は明け方5時頃だった。

いつも先に寝てしまうため、帰ってない事に気が付かなかった。長い時間シャワーを浴びている気配がし、目が覚めてしまった。


「お帰り。遅かったね? お店の人達で飲みに行ったの?」

ビクッとした様子にこちらも驚いた。

「どうしたの?」

「あー ごめん。寝てるかと思ってたから」

「うん シャワーずいぶんと長いなーって思いながら目が覚めてた」

「終電逃しちゃったお客さんが居てさ。店閉めるに閉められなくて」

「あー そうだったんだ。でも朝までってわけにはいかないでしょ?」

「もちろんそれは出来ないけど、注文したものを食べ終わるまではどうにも出来なくて」


彼のために朝食の準備をしたがベッドで眠ってしまっていた。

日勤だった私は仕事に向かうべく家を出た。


~衝撃の事実~


衝撃的な話を沙織から聞いた。

もうパニックで何が起きているのか分からなかった。

「恵理佳 もうあんな男とは別れた方がいいよ」

「えっ? なんの話?」

「あんな浮気性の男なんかとは別れた方がいいって」


彼が浮気? 一緒に暮らしていて、特に怪しいところなんてない。

私が夜間保育の時は彼が先に帰って寝ていて、二人でお昼前にごそごそと起き出して、ブランチを取ったり、一緒に居る時間が長くなり、やはり同棲は正解だったと思っている。


「私達、二人で楽しく暮らしてるし・・・」

「いやあ駄目駄目 あんな男。簡単に浮気しちゃうような男は恵理佳には勿体ないよ」

「そんな浮気したかどうかなんて分からないでしょ? 沙織には」

「それが分かるんだねー」

「目撃したって事?」


目の前でにやにやする沙織。

何だか気持ち悪い。何なんだろう?

「うーん それがさー。その浮気相手って私なんだよねー」


驚きのあまり勢いよく立ちあがってしまった。

椅子がひっくり返り、店中の人が一斉にこちらを向いた。

スタッフがやってきて「お客様 大丈夫ですか?」言われ、

椅子を起こしてくれた。御礼を言い、沙織に対峙する。


「どうしてそんな酷い事が出来るの?」

「酷い事? 別に恵理佳の彼氏を取ろうなんて思ってない。ふさわしいかどうかを見極めようとしたの、親友として」


親友? 10年ぶりに再開して、ちょっと食事をしたぐらいだ。

彼と付き合い始めてからは、逆にお店には行かなくなった。

仕事と生活と切り替えたかったし、厨房に居る彼はオーナーのように女性と話し込んだりする事もなかった。


朝帰りをした日、沙織が店に居座り、しつこくせまり、店を閉める事も帰る事も出来ず、ラブホまで行ってくれたらそれで良い。そこで話を聞いて欲しい、と言われて、鴬谷のラブホに行ったらしい。


沙織の話が止まらない。

「でもそんなに恵理佳が彼の事が好きなら、三人で暮らさない? うちのマンションに空きあるよ。引っ越してきて三人で仲良く暮らそうよ。最初は二人きりがいいなら、私は実家から二人の新居に遊びに行くよ」


「恵理佳 ちょっと待ってよ」

沙織を無視して、そのまま店を出た。沙織が追い掛けて来たが、泣いてる私を見て、ようやく黙った。沙織を置き去りにして帰宅した。


彼を問い詰めた。結局しつこく迫られて、関係を持ってしまったとの事。

すごく反省しているし、何とかして追い出して店を閉めれば良かった。

それにオーナーの女の一人なので、ちょっとやばい、とも言っていた。

オーナーのお手付きが激しく、店に来る女の子で気に入ると口説いているとの事。

それこそ曜日替わりで付き合ってるんじゃないかって言うくらい、沢山の女の子をはべらせているとの事だった。


沙織の相談も他の女の子の事と、最近オーナーが冷たい、と言う内容だった。

そして沙織が「この事は絶対に恵理佳には言わないから。二人だけの秘密にするから」と言われ、関係を持ってしまったとの事。傍から見ていてもオーナーにべた惚れなので、まあ大丈夫かなと思ってしまったと言い訳していた。


私は沙織が誘惑した理由と三人で住もうと言われた事を話した。

そして二人で出した結論が次の人が見つかったら店を辞め、沙織とも縁を切る、と言うものだった。

中々後釜は見付からず、そうこうしている内にオーナーの周りの女子がお互いの存在に気が付き始め、ごたごたが増えて行った。

中には、店に来てもオーナーが居ないと帰ってしまったり、ほとんど注文せずにオーナーが来るのを待つようになり、売上も下がっていると言う。


そんな時に沙織のトラブルが発覚した。


~陰口~

店に通う常連の中でカップルが誕生した。店で何度か一緒になる事があり、意気投合して付き合うようになったそうだ。私もその二人とは何度か顔を合わせていた。最近はお店に行ってないけど。


なんでも沙織がこのカップルの男性の方、亮さんに「実は私も口説かれていた」と吹聴し、彼女の逆鱗に触れているらしいのだ。

また店の悪口も吹聴しているらしく、オーナーからも目を付けられていて、そのうち出禁になるのではと噂されていた。


店の悪口は主にオーナーと厨房スタッフの女癖の悪さ。

最近オーナーから相手にされないため反撃に出たようだが、この反撃で店の評判を落としたため、オーナーの怒りを買っていると言う。そして私の彼と関係を持った事までオーナーに話したらしい。

彼も沙織との事がオーナーの耳に入り仕事がし辛いと言う。

後任は見付からないけれども退職する事にした。

元々が次を見付けて欲しいとお願いしていた話なのだが、売上が落ちている今、店の死活問題。オーナーから何とか続けて欲しいと懇願された。

給与も上げてくれると言う。

沙織を完全に出禁にすると言う事で続ける事となった。


オーナーも女遊びを止めにし、真面目に店に顔を出すようになった。

時折店の様子を伺う沙織が目撃され、厚顔無恥に店の前で常連に話掛ける様子が見受けられたが、皆大人なので挨拶程度の会話をし店に入るため、ほとんど相手にされていない状態だった。常連カップルの話も厨房で働く彼と関係を持った事も周知の事実となっていたが、本人達にも言わず、普通にお酒と食事を楽しみ帰って行く。一部のお客は沙織と連絡先を交換していて、店の様子を探ったり、オーナーの様子を探ったりするメッセージが届いていたが、皆「飲みに行ってるだけだから」「オーナーと別に友達な訳じゃないから」と返事をするか、無視するかしているため、沙織には何の情報も流れていないと思う。

私や彼にもメッセージが来ていたが、既読スルーしていた。ブロックしても良かったのだが、同級生と言う事もあるし、それこそある事ない事言い触らされるのは困るし怖いしでそのままにしていた。


これで落ち着いたらいいな、お店の客足も戻っているみたいだし、彼も沙織の暴挙に恐れをなし、「もう恵理佳以外の女性は懲り懲り」と言っている。お店には女性客も多いけど、迂闊に手を出すとどういう事になるかがよーく分かったみたいで、これから飲食のお仕事を続けるのには絶大な効果と言えると思う。


そんな時に同級生のみんなで集まろうという話になった。



~近況報告会~


一緒に住み始めてから、すっかり出歩かなくなってしまい、集まるのは三カ月ぶりだった。以前は頻繁に会っていたのに。そんなに集まっていなかったとは。

前回は同棲開始して直ぐの時で、みんなにお祝いして貰った。

それぞれの近況報告となった。

家の事や旦那の事や仕事の事と話が尽きない。

そこで思わず沙織の事を話題に出した。


「うちの彼氏が働いている店あるじゃない? 上野の。あそこ沙織が出禁になったの知ってる?」

「知ってる。実はね沙織から恵理佳の彼氏とやったって話も聞いてた。本人言いたくないだろうと思って、今まで何も言わなかったけど、店の事話すなら、話してもいいのかなって」

「そうだったんだ。ありがとう。彼氏は今回の事でお店に来る人に手を出して、その相手がおかしな人だったら大変な事になる、って学んだので却って良かったのかも知れない。お店のオーナーと厨房スタッフが女癖悪いって、言い触らされたから」

「げっ 沙織そんな事までしてるの? 『恵理佳 あんなのと別れれば良いのに』ってLINE来たけど、返事せずにほっといたよ。元々そんなに仲良くないし」


彼氏と関係を持って直ぐに同級生に「別れた方がいい」と言い触らしたようだった。知らないのは私だけだった。でもみんな相手にせず、それこそ人の彼氏に手を出すと言う事で警戒を強めたとの事だった。


「学生の時からそうだったじゃん、沙織って。同級生の彼氏とべたべたして別れさせたり、人の間に割って入るって言うか」

「中学入った時の自己紹介も媚び媚びで気持ち悪かったよね。『みんなと仲良くしたいです♡』みたいな感じで。」


もう15年以上前になるのか。

いじめられっ子の集団の入学式とクラス分け。

みんなビクビクしてた。

そんな中、異様に明るくて気持ち悪さを感じたのが沙織だった。



~生い立ち~


沙織の母親は向島の芸者の髪結い、つまり美容師だった。

向島の芸者遊びをしていた旦那に見染められたが、本妻も子供も居る人で、

美容室を出して貰い、マンションを買って貰い、認知して貰い、としたが、本妻と別れる事なく亡くなった。

愛人を隠す気もない無粋な旦那だったため、浅草に本妻、二号と住み、葬式には義兄弟が集結してしまったそうだ。

それをケラケラと沙織は高校の時に話していた。

芸者の置屋がどんどん少なくなる中、愛人の旦那に強請って美容室を貰っただの、マンションを買わせただの、本妻側からはかなりの批判を受けていたらしい。


所謂「日陰の身」の癖に図々しいと。


実際やり手のようで、浅草で美容室を開業し、華々しく「着物を着て浅草散策」と銘打って、着付けとヘアセットでかなり儲けているらしい。

母親くらい図々しければ良いのかも知れないが、浅草の小学校で沙織は本妻の子供達からいじめられた。大人は好き勝手出来ても、子供の社会は狭い。

砂場で砂を食べさせられたり、上履きを焼却炉で焼かれたりと壮絶だったらしい。

さすがに母親が中学は地元に通わせず、うちの学校に入学させたと言うわけだった。


ただ、沙織はそんな壮絶な目に遭っても、中学入学の時から笑っていた。

なんと言うか

能面のような笑顔だった。

普通以上に明るかった。

それがトラウマがある私達には異質だった。私達はいじめっ子が居ない世界に来て、ほっとしてもまだ笑えなかったから。


高校生の時に父親が亡くなったが、認知されているとは言え、葬式では肩身が狭かったようだ。母親と一緒に参列した。三号と三号の二人の子供も居た。

三号一家は横浜で暮らしていた。

浅草と言う狭い世界が嫌で横浜を選んだと言う。

こちらは芸者を水揚げし、横浜に料理屋を持たせていた。もちろんマンションも買い与えていた。女の子二人で横浜の有名私立に通わせ、お嬢様風に育てていた。


浅草のあちこちの舞台や芝居の興行主をしていた旦那はかなりの資産家だったが、見事に分散していた、沢山の子供を作る事で。相続税が安くなると言うものだが、本妻とその子供とは面白くない。葬式は修羅場だったらしい。遺言書もなく、二号、三号には生前よくしていたので何もなし。ただし、本妻、二号、三号の子供には綺麗に財産分与される事となった。本妻は怒り狂い、事業で成功している二号は何事もなく参列したが、少しは遺産を貰えると思っていた三号は泣き叫び、本妻の長男は暴れた。

さすが浅草でも有名な旦那だと言われるくらいの葬式だったらしい。


また驚きの四号と五号がいたらしい。


沙織の母親は、三、四、五号と言う水商売の女とは違い髪結いだったので、自分は特別と思っていたらしい。思いこんでいた、そう信じ込んでいた、と言ってもいいのかも知れない。

だから仕事に打ち込む事も出来たのだと思う。


だが、沙織に対する躾と称した虐待は酷いものがあった。

それは中学、高校の時も、そして大人になってからも続いていた。

私も同窓会で再会した後、学生時代と同じく青痣のある彼女の腕を見せられた。

時にその痣は人の指の痕のようで、強く握られた事を想像させるものだった。


結局は旦那を繋ぎとめるための手段として、子供を産んだに過ぎなかった。



~片鱗~


「高校の時に私達の『ギャル部』の活動でギャル男も入ってきて盛り上がっていた時あったじゃん」と千夏が話し始めた。

私達の高校時代はギャル全盛期で、メイクして、盛って、盛って、盛って(笑)

でもお金もない私達は大した事は出来ない。

ギャルモに憧れつつ、お泊まり会したり、カラオケ行ったり、制服ディズニーしたり、くらいがせいぜい。バイトして着ぐるみ買ってのお泊まり会とか、せいぜいそんなもん。


「懐かしいよねー。プリクラも目の大きさが五倍くらいだったw」

どうしてあんなにプリクラ撮ったのかも分かんない。

プリ帳どこにあるんだろう。


「あの時も沙織、サークル・クラッシャーしたじゃん」


えっ? 何かあった?

いじめられっ子の私達が市民権得て、高校時代はほんとに楽しかった。

ギャル全盛。でも足立区の高校に通う私達は渋谷に行くでもなく←そもそもがいじめられっ子で渋谷なんか怖くて行けない

地元でカラオケ行って、それこそ上野のアブアブで服買うのが精一杯。


田舎もんかよ(笑)


でも楽しかった。

それ壊れたっけ?

壊したのは誰?


「あの頃、学校の屋上でパラパラ練習してて、男子も『混ぜてー』って来て、みんなでパラパラしてたじゃん」


あー懐かしい。私達は東京の東側のダサい系ギャル。渋谷なんか行けないから、学校の屋上でパラパラ研究部みたいな感じで、一生懸命踊ってたw


「あの会に沙織が参加して、男子に媚び始めたの覚えてる?」


思い出した。


沙織の母親は家庭内暴力を振るう代わりに、沙織にはふんだんの小遣いを与えていた。痣が出来るほどの暴力。贖罪の意味もあったのだと思う。

いつも大量のコンビニお握りとドリンクを差し入れしていた。

男子にニコニコと差し入れを振舞っていた時に


沙織のサークル・クラッシャーの片鱗が現れる。


学生時代のヒエラルキーは「お金を持っているか」「お金が使えるか」

不良グループならカツアゲしてお金を持ってくるのかも知れないが、所詮はいじめられっ子集団。お金を持っている人に迎合する。


パラパラを踊る男子の胃袋をコンビニお握りで「懐柔」する。

カップルで楽しく踊っていた子達に「介入」する。

そしてサークルを「解散」させる。


韻を踏んでみた。


そういえば、屋上の楽しい集まりはある日突然失われていた。

私は参加しているギャル男に興味がなくて、めっちゃ楽しくパラパラしてた。

そっか、あの場所はそうやって失われたんだ。



~策略~

「恵理佳はもしかしたら沙織と仲良くしてんのかなって思ってたの。学生時代と違うし、恵理佳の彼氏は沙織の紹介だし」別の友達が口を開く。


えっ? 沙織の紹介じゃないよ?

確かにお店に行くきっかけは沙織が作ってくれたけど。

どうしてそんな事になってるの?


「『私が恵理佳と彼氏を引き合わせたけど、彼氏がクズだったので、私が責任もって別れさせなきゃいけないって思った。』って沙織から連絡きた」


「マジで恵理佳 別れなきゃまずいじゃんって思ったよ」


「こういう人をサークル・クラッシャーって言うんでしょ?」


「うちは子供小さいからあまり会う事ないけど、それでもわざわざ恵理佳と彼氏の事、LINEしてきたよ」


「うちら屋上で楽しくパラパラ踊ってたじゃん。あの集まりがなくなったのも沙織のせいなんだよね」


「めっちゃ男子に差し入れして、『お握りの好みの具とか食べたいもの聞きたいから~』って連絡先交換してさー」


「そうそう それでなっちの彼氏にしつこく言い寄ったんだよね。」


「なっちの初彼だったから、マジ修羅場だった。」


「沙織がなっちの彼氏になっちの悪口吹き込んで。本当は別の人が好きだったけど、彼氏欲しかったから我慢して付き合ってるって言ってたとか酷かったよね」


思い出した。あの時も嘘話しに彼氏が騙され、なっちに暴力振るったんだった。なっちは顔がパンパンになるまで殴られた。いくら好きだったから、傷付いたからと言っても、女の子を殴るのは許されない。そしてそれを見て沙織はほくそ笑んでいた。

結局沙織が嘘を吐いていた事が分かったが、「暴力を振るう人とは怖くて付き合えない」と言い、完全に別れてしまった。


いじめられっ子集団の我が校で、この時は沢山の人の反感を買い、ハブられてた。

昼休みも一人でご飯食べ、移動教室も一人。修学旅行のグループ分けでも誰からも誘われず、陰キャの余り者グループに入る事となった。

本人は嫌がり、グループ分け直前にサークル仲間に媚びて「混ぜて~」と言ってきたが、ガン無視を貫いた。だってなっちを優先したかったから。なっちが居るのに沙織なんかを参加させたくなかった。


と言うか、なっちが居るのにグループに参加させろと言ってる図々しさにぞっとした。


修学旅行先では陰キャの同じグループの子達に馴染めず、新幹線の中でもやたらと私達に話掛けてきて、「自由行動はどこに行くの?」などと聞いて来た。私達六人グループは一切行き先は漏らさず、自由行動当日に私達に着いて来ようとした沙織を先生にチクリ、沙織が怒られている内にさっさとホテルから出かけ、修学旅行を満喫した。


修学旅行の時に先生にチクった事で沙織もようやく察したのか、それ以降は私達のグループに関わらなくなった、と言うか、他のグループに入り込んだみたいだった。

私達は専門学校進学組、沙織は就職組だった。就職組は在学中に色々な資格を取るための授業が組み込まれていた。介護だったり、簿記だったり。そのため違う授業となる事も多かった。


卒業後もなっちの事があるので、沙織とは疎遠になっていた。聞くところによると、六年同じ学校で過ごしたのに、誰からも結婚式の招待を貰っていないとか、男子が参加しないと飲み会に来ないとか、そういう噂ぐらいしか耳にしなかった。



~追撃~

再会は同窓会。なっちは第二子がお腹に居て不参加だった。

だから私達もちょっと油断していた。なっちが居ないし、沙織が一生懸命に話掛けて来る事を邪険には出来なかった。

なっちの事も「あの時は本当に酷い事しちゃって。」としょんぼりしていたので、つい連絡先を交換した。


だがやはりおかしい人間はおかしいままなのだ。

そんなに簡単に変わるものではない。

高校時代と全く変わっていなかった。


上野の店を出禁となり、誰からも相手にされなくなったかと思っていたが、沙織が反撃に出た。

沙織はこっそりオーナーのスマホからオーナーが手を出した女の子の画像を盗んでいた。

オーナーはあちこちの女の子に手を出していたが、その子達に「付き合っているのはお前だけ。店が繁盛したら結婚しよう」とタキシードとウエディング・ドレス姿で写真を撮っていた。それを盗んでいた。

また私の彼氏とラブホに行った時に、彼氏がウトウトしている隙にベッドでのツーショット写真も撮られていた。


オーナーについては「女癖が悪く、こうやって騙している」とウエディング・フォトを見せて歩き、私の彼氏の事は「本当に付き合っていたのは私で恵理佳に盗られた」と言い触らし始めた。もちろんベッドの写真も見せてである。

それを同級生にやられた。私達の仲間内はそんなの相手にしてなかったが、中には本気にする子がいて、その子の親から私の親に伝わってしまった。

元々同棲も反対されていたので、親からきつく問い詰められた。


「そんなだらしない男とは別れてしまえ」と父親から言われた。


無視していれば良いと思っていたのに、噂がどんどん広まっていく。

沙織vs恵理佳なんて言われて、噂に尾ひれも背びれも付き始めている。

そして沙織が自分自身を被害者に仕立てていく・・・


「恵理佳って大人しそうなのに」

「今回は本当にびっくり」

「やな奴」

「沙織可哀想」

「沙織、結婚するつもりだったんだって」

「略奪して、今はのうのうと二人で同棲してるって」

「結婚出来ると思ったから、店も手伝ってたって」


もうノイローゼになりそう。


ない事ない事ない事ない事ない事ない事ない事ない事ない事ない事


何がしたい? 別れさせたいのか?

私達はオーナーが給料を上げてくれた事から結婚の話もしていた。

沙織と付き合った事もない彼氏の事をどうしてここまで噂されなきゃいけないんだろう。



~決意~

きちんと対決しようと思う。

どうしてこういう事をするのか、きちんと聞いてみようと思う。

そして止めて貰えるように話そうと思う。


沙織を呼び出した。

いつものようににやにやと笑いながら沙織が現れた。

悪びれた様子さえない。

「久しぶり~」と笑っている。

私はすでに会った事を後悔し始めている。


「私と彼の事をあれこれ言ってるみたいなんだけど・・・」どうにもうまく言えない。怒りでいっぱいでいっぱい過ぎて、わなわな震えてしまい、口が回らない。


いきなり怒涛の如く沙織が喋り始めた。

嘘吐きって付け入る隙を与えないために喋り続けるって、どっかで聞いた気がするなーって思いながら聞いていた。


「本当はさ、あのお店に通い始めて、オーナーと恵理佳の彼氏の両方から口説かれたのよ。で、結局選んだのはオーナーだった訳」

「恵理佳の彼氏はさ、厨房スタッフなのにフロアに出て来ては女の子口説いててさー。オーナーも結構目を付けてたんだよね。仕事しねーって」

「オーナーはさ『あいつ クビにしてー。ほんと仕事しねーし、料理不味いし』って言っててさー。『恵理佳と付き合い始めたから、勘弁して上げて』って私がお願いして上げてたんだよ」

「オーナーもお店始めたらモテ始めちゃった、みたいな人でさー。もう手当たり次第だったから、私がガードして上げてたんだよね。元々モテない男だったのがモテちゃうと激しいからさー」

「恵理佳もさー もうちょっと男見る目磨いてさー。自分の店も持ってない料理人なんかでいいの? やっぱり私みたいに経営者と付き合わないと。恵理佳の彼と付き合えなかったのはそこなんだよね。やっぱり付き合う男はさー 勝ち組って言うの? じゃないとうちも親は経営者だしさー」


目の前にいる沙織をマジマジと見た。

身長165センチで75キロの巨漢デブスが沙織だった。

二重あごで目も鼻も口も肉に埋まっていた。

相撲取りみたいな女が何を言ってるんだろう。

自分を客観的に見れない女。

母親は髪結いだった頃はお座敷前の芸者のアップで忙しく、美容院を開業してからは、夜のライトアップの中を着物で散策、などの企画を出して当たっていたため、夜はいつも遅くなり、沙織は毎日コンビニで大量の弁当やお菓子を食べて過ごしていた。高校生の時には立派な肥満体になっていた。


女性に生まれたのに、思春期に可愛さも美しさも持たずにやり過ごしてしまった女。

どんなにコンビニお握りを貢いでも、誰からも相手にされなかった女。

店の手伝いをしている時も、その巨体と老け顔から「おかん」と呼ばれていた。

巨体なので、あちこちのテーブルにぶつかり、グラス倒したりしていたのに、

この勘違いぶりは何なんだろう。


「うちの彼、彼から店を辞めたいって言って、引き留められて給料も上がったんだよね」

「えー それは人手がないからだよー。だって恵理佳の彼は無能だよ? 店も持てないんだよ?」


彼、まだ20代だし、開業資金は働いて貯めたいって言ってるんだけどね。

それに・・・

オーナーには年上の嫁が居て、その人が店の開業資金出してるのに。

店に来る女の子はみーんなタダのお手付き。

オーナーはお金持ちの嫁と別れる気は一切なくて、嫁にも「もう絶対に浮気はしない」って謝ったのに。


「そう言えばさ、あの常連のカップル。イケメンの亮さんにしつこく迫ったババアが居たじゃん。あれも大変だったんだよー。私は亮さんの相談受けてさー。『もうしつこくて勘弁して』って、亮さん参っちゃって。お金持ちでイケメンなんでロックオンされちゃって可哀想だよね。タワマンから引っ越したって言ってたっけ」


常連カップルは結婚決まって、確かに引っ越ししたよ。それも彼女の実家が資産家なので世田谷に一軒家買って貰ってね。それに二人の馴れ初めは亮さんが彼女にぞっこんになって、ずーっとずーっと口説いてたって聞いたし、何なら沙織と一緒に店に行った時に何度も口説いてるのを目撃したよ。


私が口を開く。

「話したい事はそれだけかな?」

「えっ? いやいやまだあるけどさー。恵理佳もぼーっとしてるから騙されちゃうよね」

「言い方変える。言い訳はそれだけかな?」

「えっ なに? 言い訳ってなに? ほんとの事しか話してないよー」


「私の彼は厨房スタッフで余程店が忙しくないと店には出ない。また開業資金は自分で貯めるって言ってる。オーナーにはお金持ちの嫁が居て、あの店は嫁の出資。亮さんカップルは先日入籍して、彼女さんの実家がお金出して新居用意して世田谷に住んでるよ」

「あと彼は『沙織さんの事を口説いた覚えはない』って言ってるし、私は彼を信じる」


「えっ なに? 何の事? 嫌だから本当にしつこく恵理佳の彼氏に口説かれたから。マジだから。オーナーに嫁が居るわけないじゃん。あと亮さんに確かめた? 確かめてないでしょ? それ亮さんの彼女が言ってるデマ。亮さんにも私口説かれてたんだよ。もう本当に大変だったんだからー。『私、オーナーの彼女なんですっ』って言っても、しつこくてー」


「だからそのオーナーも沙織の事は彼女じゃないって言ってるけど」

「そんな訳ないから。私は彼女だから店の手伝いも許されてたんじゃん。」


彼氏とオーナーと亮さんに出てきて貰った。

実は会話はスマホで音を拾い、三人に聞こえるようにしつつ、録音もしていた。


「沙織、今話していた事はスマホで音を拾い、三人に聞こえるようにしてたんだ。何か言う事ある?」


さすがの沙織もワナワナと震え、何も言えずに居る。

男性三人が「こんばんは」と挨拶し、亮さんが「流石に名誉棄損で訴えようかと思う」と言った。

「それならうちの店の評判落としたんで、俺も訴えたい」とオーナー。

彼氏は黙っている。まあ一度は関係持ったし気不味いよね・・・


彼が口を開いた。

「俺は事は何言って貰ってもいいけど、恵理佳を傷付けた事は謝って欲しい」

沙織は黙ったまま。

沙織は他の女の味方をされるのが一番嫌なのだ。

全ての男性は自分の味方じゃないと嫌だと思い、嘘を吐き続ける。


(デブスなのにどうしてここまで自意識過剰なんだろう)


みるみる顔が赤くなっていく。

いきなり立ち上がり、沙織は何も喋らず店を出て行く。


男性三人が後を追いかける。

口々に

「俺も嫁が大事なんで、もういい加減にしてくれ」

「もう入籍して彼女と住んでる。彼女を大事にしているし、そもそも俺沙織ちゃんとほとんどちゃんと話した事ないよね?」

「他の女の子はウエディング・フォト撮ったけど、お前とはフォトすら撮ってないし、付き合ってもないだろう」

「彼女の事をしつこく迫っただの、相手にされてないだの言ってるけど、もう本気で訴えるよ?いい加減にしてくれないかな?」

「恵理佳に一言謝ってくれ。俺達結婚するんで、もう関わるな」


沙織は口をへの字に曲げ、駅へとずんずんと歩いて行く。


そして私は録音したスマホを握りしめていた。
































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ボーダー 阿佐ヶ谷の女王 @yukapyh0726

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