「世界の終わり」とピエロとビッチ

石田宏暁

『人類滅亡タイマーが作動しました』

 『人類滅亡まで、あと10分です』


 悪魔の地下施設オメガキャッスルで、怪人と呼ばれる二人は見合った。普段は口をきくことも目を合わせることもない二人だった。


 拷問部屋のような禍々しい謁見室ギャラリーには二人しかいなかった。空の玉座の後ろでデジタル時計が動き出した。


 マッドサイエンティスト佐竹勇武が死に、心臓が止まると同時に動き出す最後の最後に仕掛けられた悪魔の兵器である。


 つまり我らが悪の秘密組織メトロームと正義の戦隊テラレンジャーの戦いは終わり、ボスは死んだというわけだ。


 真っ黒な口紅と青白い化粧をして、革のジャケットをきたコスプレ女を見た。『デーモンビッチ』は普段から薄気味悪い奴だと思っていたが、最終決戦まで正体が分からないままとは本当に気味が悪いやつ。


 魔人や怪人、アンドロイドや全身タイツの戦闘員まで全員参加の最終決戦で、留守番をしている間抜けな女である。もはやただのコスプレ女で充分だ。


「10:00になったら、ほんとに人類は滅亡するのかしら。どう思う?」


「ああ、そこの装置はただの爆弾じゃない。電磁波フレアで全ての電気信号を止める。どんな微弱な信号も止まるから、電子機器だけじゃなく全ての動物が死ぬ。例外なく」


「電磁……なに? あんためなよ」


「生物はみな、微弱だが電気信号で動いてる。筋肉や脳や心臓もね。だから、それが止まったら皆が死ぬ」


「分かったからさ、止めなよ」


「……無理だ」


 長髪に白塗りの化粧、無精髭。ガリガリで背の高い男だった。アラブの民族衣裳のような白いガウンを着ていて、額には666という悪魔の刺青がある変態。


 狂気の予言者シャーマンとして博士にも一目おかれていた悪の幹部のひとり『デスピエロ』だった。


「頭が良いのもマウント取りたいのも分かったから、さっさと止めてよ。あと九分で皆が死ぬんでしょ」


「正直に言うと、朝6時6分6秒に起きて朝刊を読んで、博士に報告していただけだ。俺は1日だけ先の朝刊を読めるだけの能力者だ。それ以外は臆病で犯罪者なんか向いてない、ただの無害な三十歳だ」


 俺の能力はクロノスタシスという。誰でも偶然デジタル時計を見たら、ゾロ目になってることがあるだろう。


 そいつが引き金になる。並んだ数字『666』を見ると、どういう訳かパッと1日だけ同じ時間の未来に行けるのだ。だが行き先はいつも玄関のポストに一時間だけ。

 

 今朝は最終決戦だといってバタバタしていたので寝坊してしまった。9時半、スーパーヒーロータイム終了時にこの場所に来たら、この女しか居なかった。


「使えないわねっ! 見た目は一番ヤバそうなくせに、ショボい能力。新聞読んで博士に教えるだけって。目の悪いお爺さんに新聞を読んであげる優しい中学生かっつーの」


「……ひ、酷いな、怒鳴らないでくれ。そうだよ、そのとおりだよ。新聞配達からやっと就職出来たんだ。給料だってバイト並みしかもらってない。俺に最終兵器が止められるわけないだろっ!」


「引くわ。博士の側近みたいな顔して立ってたくせに朝刊読むだけなんて。夕刊は明日になんないと分かんないのよね?」

 

「……」


 この女は分かってない。毎朝きっちり同じ時間に起きて、ぴったり『666』の時計を見ることがいかに難しいことか。


 夜更かしもせず、酒も飲まず規則正しい生活をおくること。安全、安心でヘルシーな食事、メンタルケアは最重要課題のひとつだ。


 興奮するような害のある情報はシャットアウトし、ストレスを軽減する。ストイックな生活だから恋人も友人も居なかった。急に凍てつくような悲しみが込み上げてきた。


 昔は誰かの役に立ちたかった。明日の新聞を見て何が出来るか考えた。あるいは世界の人々の命を救えるのではないか。だが自分ひとりの力では何も変えられなかった。


 事故を防げば自分が違反切符を切られた。殺人現場に行っても恐怖で何も出来なかった。手紙を書けば、犯罪予告状を送りつけるサイコパスと呼ばれ、何度も警官に追われた。


 そして1日ぐらい先の新聞情報はだいたい役にたたない。何時間か後に起きる現場に駆けつけても、大抵はギリギリ間に合わない絶妙なタイムテーブルだ。


 スポーツ欄か株式か競馬のコーナーを見れば金には困らないが、大きく儲けることはしたくなかった。俺は正義のヒーローになりたかった。


 いや、本当は違う。予告状で警察に目をつけられた。能力が見つかれば、両手の動かせない囚人服を着せられて、刑務官に殴られると思ったのだ。


 いつ捕まるかとビクビクしていた。だから、この安全な地下組織にいる。


「……俺の人生はいったい何だったんだ。このまま童貞のアルバイトで終わるのか」


「つまんないオッサンね。そんなこと考えてる暇があったら、これを止めてよ。人でなしっ、あんたなら出来るはずよっ!」


「怒鳴らないでって言ってるだろ。他の幹部なら止められただろうね。だが俺は世間の評判どおり、君の予想どおりの人でなしなんだ。良かったな、予想が当たって」


『人類滅亡まで、あと5分です』


 アナウンスが流れてデーモンビッチはじっとタイマーを見つめ、黒い唇を手で覆った。奇妙な化粧をしなければ綺麗な顔立ちだった。


「……私の能力は、もっと役にもたたない」


「口が悪いってのは分かるが、どんな事が出来るんだ?」


「誘惑出来る。あと誘導っぽいの」


「はあ!? なんて淫らでビッチな能力なんだ。いいや、羨ましくなんかないぞ。そんなのは女性ホルモンむんむんの美女なら誰だって出来る。何も特別じゃない」


「……」


 そんなことは自分が一番分かっていた。学生時代は指揮者の道を目指した。でも私には音楽のセンスがなかった。オーケストラ全員に恥をかかせるだけだった。


 いい男を誘惑するのは気がひけた。私は正義のヒロインになりたかった。だから絶対に淫らなことに使いたくなかった。


 おかげでずっと彼氏も出来ず、男と手すら繋いだことがない。誘惑以外に、しっかりとした正しい使い道があるはずだと信じたかった。


 それは皮肉にも赤いLEDの誘導灯を持った指揮者気取りの警備員だった。新都心中央交差点に立って毎日誘導灯を振り続けた。


 警備員の制服は、無駄に可愛かった。婦人警官のスカートが廃止されて二十年もたつというのにヒラヒラしたミニだった。


 それだけ世の中が平和になったということだろうか。あの時のサイレンと野次馬、雑音が記憶を狂わせる。


「おい、いつまで止めてんだ。渋滞してるのが分からねぇのか! さっさと誘導しろよ」


「おーっ、むちむちな太ももだ。俺たちを逮捕してくれよ。誘導警備なんかどうせ要らない仕事なんだろ?」


「俺たち迷子なの~。裏道教えてよ、裏筋みせてあげっから」


 あの制服のせいで舐められた。自動運転用レーンがあるに関わらず事故は絶えず、小さな窃盗事件も自殺も失踪事件も増していた。


 私は殺してやりたいという衝動に駆られて交差点をグシャグシャにしてやった。追突事故を起こして炎上する車を見て笑ってやった。もともと私はサイコパスだったのだ。


 みんな死ねばいい、そう思った。事故は最小限、死傷者はなしだったけど。でも最後尾のトラック運転手は急病で意識不明になっていた。


 悪の組織に勧誘された後、トラック運転手が心筋梗塞で死んでいたことを知った。直接ではないにしろ、私が殺したのだ。


 吐き気がして息が出来なかった。私はヒーローでもなければサイコパスでもない。何者でもないただのバカだった。


 だから唇を真っ黒に塗って能力を封印したのだ。人を近付けないようにしていた。だれも私を見たくないと思うように、悪態をついて人を遠ざけた。


 ここにいたのは、敵が来たら速やかに外へ誘導する能力があったからだ。それだけの理由で留守番を任されていた。


 本当は誰かの役にたちたかった。誰かに愛されなくてもいい。誰かを愛したかった。僅かな能力のせいで身近な誰も見ようとしなかった。そんなことに、今頃気づくなんて。


『人類滅亡まで一分です』


「ぐすっ……もっとはやく君に出会いたかった。もっと沢山話したかった。もっと沢山色んな物を見たり聞いたりしたかった」


「あんた、泣いてるの? 私も同じ気持ちよ。似た者同士、最後に踊るのも、悪くないわ……グスッ」


 彼女の頬にも涙がつたっていた。たった10分の会話で、俺たちは分かり会えた。人生を共に過ごしたような永遠を感じた。


「こんなこと言ったら変に思うだろうが、君は綺麗だ。誰かの為、いや、世界平和のために誘導灯を振ったのは素晴らしいことだ。俺はそんな君を誇りに思う」


「……ありがとう。あんただって凄いよ。誰かに笑われたって、恥じることは無いわ。あんたが違反切符を切られて助かった命があるなんて、私が代わりに自慢したいくらいよ」


 俺たちは抱きしめあった。世界の終わりに、世界の何よりも大切な人を見つけてしまった。固く、強く抱きしめあった。


『爆破まで、5……4……3……2……』


「……」


「……」


 9:99秒で時計は止まっていた。俺は彼女の濡れた瞳と震える唇を見つめていた。奇跡が起きたことに実感はなかった。


 何故、どうしてタイマーは止まったのだろうか。俺たちは知っていた。抱きしめあい、互いを助けたいと本気で思ったからだ。例え自分が死んだとしても助けたいと願ったからだ。


 彼女は俺に誘惑を使って『999』を『666』に見せた。俺だけでも救おうとしたのだ。だが、俺は朝刊のポストより安全な場所に向けて彼女を飛ばそうとした。俺がどうなろうとも彼女だけは救いたいと思った。


 そして奇跡は起きた。なんと、悪魔の兵器だけを月の裏側に飛ばすことに成功したのだ。彼女が道しるべをくれたから。二人が力を合わせたから。


 地下施設から歩きだした俺たちを、春の日差しが迎えた。小さな子供が指をさしてこちらを見ている。母親と一緒に笑っている四歳くらいの男の子だった。


「ままー、あの人たちやらしいね。お口がおんなじ色だもん。ちゅーしたんだね」


「見ちゃ駄目よ」


 お互いに化粧がぐしゃぐしゃに崩れて酷い顔をしていた。まだ体が冷たく震えていたので、そっと彼女の手を握った。


「……ぷっ。あははは」


「ふふっ、ははははは」


 その日俺たちは、悪の組織から卒業した。ささやかだが、二人で祝杯をあげた。少しだけその後の話をしようと思う。


 俺は朝刊を読み続けていたおかげで、新聞記者の仕事につくことが出来た。以前のような無茶はしない。強すぎる薬は毒にしかならない。


 明日の朝刊を少しでも良い物にしようと頑張っている。嫁さんは黄色い旗を振って、子供たちの安全を見張ってる。


 ほら、あれは俺たちの子供だ。俺たちは世界のヒーローにはなれない。世界を救ったなんて誰も信じないだろうが、それで構わないんだ。それで良かったんだ。


 誰かのヒーローになれるなら、それが一番だとは思わないか? 自分に何が出来るか、自分に能力かちがあるのか。そんな事は分からないままでいい。


 ピエロとビッチがどんなに馬鹿にされようが、笑われようが構わない。俺たちは精一杯生きている。今を……。



彼女あいる読者あなたに感謝を込めて~エンド】


 


 

 

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