第21話 エピローグ
円山画廊、午前十一時。
パソコンで入荷予定のチェックをしていると、有名どころの甘味の紙袋を手に、漆原さんが現れた。
「おはようございまーす」
「あ、おはようございます、漆原さん」
パリッとした高級スーツの漆原さんは、衝立の後ろにヨキを探す。
しかし、本日ヨキは充電中で「昼過ぎまで寝るからな!」との伝言を承っている。
「ヨキにいさ……ヨキは外出してますよ?」
……にいさんはいらないわよね。
散々、漆原さんの前で「ヨキ!」と連呼した気もするし、もう今更という感じだ。
いい加減面倒くさくなった私は、ここに来て設定を捨てた。
「そうですか……いや、ご報告があったんですが……」
「え?何ですか?」
尋ねながら、私は漆原さんとソファーに腰かける。
漆原さんは甘味が入った(であろう)紙袋から、なぜか新聞だけを取り出すと、残りを私に手渡した。
「これなんですよ……」
新聞の中段、地域のニュースを扱う欄を指差し、漆原さんは言った。
「ん?えーと……あっ!野崎達の記事ですね?」
見ると、振り込め詐欺グループ摘発の記事が小さく載っている。
「ええ。末端の奴らは一網打尽に出来たんですけどね。頭は見つけられず仕舞いで……」
「でも、一応は一件落着ということですかねぇ……」
私はしみじみと言った。
あのファミレスの一件から、今日で三日。
漆原さんが証拠とともに警察に通報し、やがて半グレグループは摘発された。
証拠集めが十分だったのか、警察の動きはとても早く、あっという間の捕縛だったという。
「これを、見せたかったんですか?」
「ええ、それもありますが……ここ。ここ見て下さい」
「どこです?」
漆原さんは摘発記事のすぐ下を指差し、私は身を乗り出した。
すると、
『振り込め詐欺グループの男、逃走中に事故に遭い救急搬送』
との記事が。
捕物帖の最中に、誰かが事故にでも遭ったのかな?
突然、警察が踏み込んだら、蜘蛛の子を散らすような騒ぎになる。
その中の一人が逃げる時に事故に遭っても、そんなに驚くようなことじゃない。
「これが何か?」
私は漆原さんに尋ねた。
「この事故に遭った男、野崎なんです」
「えっ!?……それは、あー、まぁ……災難ですね」
とは言ったけど、本当はざまぁみろと思っていた。
漆原さんは、そんな私の考えをお見通しのように軽く笑うと、今度はやけに真剣な目をした。
「しかしですね……おかしなことがあったんです。摘発の状況を見ていたうちの調査員が言うには、一人逃げ出した野崎は歩道でいきなり自転車と接触し、それからノラ猫の集団に襲われます」
「……は?」
「まだありますよ?何とか逃げ出した野崎は、壁を塗り直す作業をしていたビルの下を通ります。しかし、作業員が誤ってペンキ缶を落下させてしまい、それが頭に直撃し、悶絶しながら車道に飛び出したところで、バスに轢かれました」
「……呪われてますか?」
思わず呟いた。
「でしょう?僕もそう思いました。野崎の逃亡を絶対阻止するという意図が感じられて……」
瞬間、ブルッと寒気がして、私は二の腕を掴み辺りを見回した。
『野崎の逃亡を絶対阻止するマン』なんて一人しか知らない。
ひょっとして、真はまだこの世にいたりして……。
「芙蓉さん?大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
「い、いや、平気です。なんか寒いですね。暖かいお茶、淹れましょうね」
背筋が寒くなった私は、ソファーから立ち上がり裏へと向かった。
煎茶の用意をして、お湯のみを二つ、茶托に置く。
すると、首筋にヒンヤリと何かが当たり、私は飛び上がった。
「ひっ!」
「なーんてな?」
とぼけた声に振り向くと、そこにいたのは猫缶をもった人型ヨキだった。
「……ヨ、ヨキ……やめてよ。私の寿命どんどん縮んで行くわ!」
「心配するな。お前は五百年生きるからな」
「妖怪かっ!?」
そんなやり取りをしているうちに、私の背筋の寒さもなくなり、体中に安堵感が染み渡る。
「そうだ!漆原さんが振り込め詐欺グループ摘発が載った新聞を持ってきてくれたよ?」
「ふん。危うく取り逃がすところであったがな」
「……え、何で知って……はっ!?」
フフフと悪い顔をするヨキを見て、私は全てを悟ってしまった。
と同時に、ちゃんと真は浄化されていたんだと胸を撫で下ろす。
「不動産屋は甘味を持ってきたのか?」
「うん。あ、そうだ。お湯のみ、もう一つ用意するね?」
私はサッと一つ、お盆にお湯のみを乗せた。
「ならば、猫缶は後にするか。先に本日の甘味を堪能しなければな!」
ニヤリと笑ったヨキは、私からお盆を奪い取ると颯爽と歩き出した。
甘味が食べたくて仕方ない、そんな気持ちが体中から滲み出て、若干前屈みになっている。
「もうっ!食い意地張ってるんだから!」
私は笑ってヨキを追い、二人で同時に扉を潜った。
その瞬間、フッと不思議な感覚に襲われて立ち止まる。
何だろう?と考えてみて、すぐに答えは出た。
絵の中に入る時と……似ている。
「芙蓉?」
立ち止まって呆けていた私を、ヨキが覗き込む。
「あ、いや、ごめん、何でもないよ」
私は笑顔を作りヨキを見た。
きっと、これから、何度もこの不思議な感覚を体験するのだろう。
絵に込められた誰かの想いと、手助けが欲しい誰かと同じ数だけ、私達は不思議な世界の扉を開く。
「そんなに口を開けていると、阿呆な顔がよけい阿呆に見えるぞ?」
「阿呆って……余計なお世話よっ!」
感傷的になっていた私は一気に反撃に出ようとした。
いや、待って?
まず、甘味を頂いてからよね。
そう思い直すと、自称猫妖怪ヨキと私、円山芙蓉は我先にと漆原さんの元へと駆け寄ったのだ。
~END~
黒猫は小さな画廊に住んでいる 藤 実花 @mika_f_mika
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