第5話 仕事を求めて

 反政府組織と勘違いされる事を嫌った俺は、お世話になったアジトを後にした。彼等との日常は楽しい時間だったし、良い奴らだとは思うが、もう痛い目に遭うのはゴメンだ。

 

 そんな事よりも、これからどうするか?

 お金も無い、住むところも無い、となると住み込みの仕事を探すしか無いだろう。


 とりあえず大通りに出て、片っ端から店先を覗き、求人広告が出ていないかを探すことにした。そもそもこの世界も求人広告の張り紙とか出しているんだろうか? 結構な数の商店をチェックしたが、あまりにも求人広告が見つからず不安になる。

 

 早朝から探し回って、気が付けばお日様も一番高い所まで登ってきていた。

 

 仕事が見つかるまで、彼らにお世話になるべきだったな……さすがに今更戻る訳にもいかない。我ながら計画性の無さに呆れ果てた時、それは目に飛び込んできた。


『接客が得意な人求む! 住み込み可。給金は応相談』


――これだ!


 やっと求人を見つけた。それは剣と槍が交差したエンブレムを掲げた商店だった。意を決して店内に足を入れる。迷ってるうちに他の人に仕事取られたら困るからな。

 

 店内に入ると、壁一面に剣や槍、鈍器などが掛けられていた。目の前の木製の棚には短剣のような比較的小さな商品が陳列されている。やはりここは武器屋のようだ。

 

 奥に目をやると、椅子に座って何かを読んでる四十位の坊主のおっさんが座っていた。こちらに目をやることもない。まるで俺が来た事すら気付いていないようだった。

 

「あのー……、表の張り紙見て来たんですけど、まだ募集してますか?」


 おっさんはチラッとこちらを見ると「働きたいのか?」と不愛想に訊いてきた。

 愛想のない対応に一瞬イラっとしたが、ここを逃したら他に仕事がある保証もない。ここ我慢して大人の対応を心がける。

 

「はい、働かせて欲しいです」

「あまり高い給金は払えないぞ?」

「はい、給金は安くても構いません。ただ住むところが無いので、住み込みで働かせて頂けると助かります」

おっさんはニヤッと笑みを浮かべて「なんだお前、訳ありか?」と訊いてきた。

「……はい」

「ほう、面白いじゃねえか。お前名前は?」


 訳ありが面白いって、このおっさんどういう感性してんだ……。まあ、こちらとしては助かるけど。


「カケルって言います」

「俺は『ガンジ』ってんだ。で、いつから働ける?」

「今からでも大丈夫です」

「ブハハ、今からか、そうか。二階に上がってすぐ左の部屋開いてるから、そこ使え。荷物置いたら早速仕事だ」

「ありがとうございます」


 求人に『接客が得意な人を求む』って書いてあったが、確かにこのおっさんは接客向きではなさそうだな、ぱっと見不愛想だし。でも根は悪い人では無いのかも……。俺はそんな事を考えながら、早速仕事に取り掛かる事にした。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇



「あの……ガンジさん、俺は一体何をすれば……」

「おう、基本的に接客だ。そんなに頻繁に客なんて来ねえから、暇なときは、これでその辺の商品拭いてピカピカにしてろ」


 そう言って、油が染みついて黒ずんだタオルを投げてよこした。これで拭いたら逆に油汚れとか付きそうだけど大丈夫なのか……

 結局その日はお客が一人も来ず、俺は日が沈むまでひたすら剣や槍を磨き続けていた。 手持ちのお金が無いと言ったら、文句を言いながらも食事を用意してくれた。給金から天引きすると言ってたけど……でもやっぱり根は悪い人では無さそうでホッとした。


「ガンジさんは一人でお店やってるんですか?」

「ああ、前までは嫁さんが店番に立っててくれたんだがよ。色々あって出て行っちまってな。それからは俺一人だ」


 ガンジさんは用意した食事には手を付けずに、琥珀色のウイスキーのようなお酒をちびちび呑んでいる。

 

「俺は酒呑んでる時は、あまり食わねえんだ。遠慮なく食えよ」

「はい、頂きます」


 得体のしれない焼き魚にパン。さすがにアイリーンの料理には敵わないが、無骨な男の料理ってのも悪くない。アイリーンとシェリルも今頃は食事をしているだろうか? 思い出すと少し切ない気持ちになる。

 

「そういやカケルよ。お前得意な武器とかあるのか?」

「いえ、特に……というか、武器自体使ったことありません」

「おいおい、男のくせに情けねえ野郎だな。武器屋で働くんだから、多少は使えねえと困るぜ。客に質問された時困るだろ」


 確かにガンジの言う通りだ。店先に立つものとして、商品の説明くらい出来て当然だ。


「では、今からでも勉強出来ますか?」

「ああ、お前の部屋のベッドの下に木箱あったの見たか? あそこに売り物ならんような錆びちまった武器が仕舞ってある。あれ使っていいぞ。俺が使い方教えてやるよ」

「ありがとうございます」

「今からちょっとやってみるか?」

「いや……でもガンジさんお酒呑んでるじゃないですか」

「馬鹿野郎! 酒呑んでてもお前に教えるくらい出来るわ」


 酔っ払いに武器の扱い方を教わるなんて恐怖でしかなかったが、そこは武器の扱いになれているのか、素人の俺にも分かりやすく、教え方は上手だった。


 色々な武器を触らせてもらった結果、俺は力が弱いが、スピードがそこそこあるようで、短剣の扱いが向いてるとの事だった。どうやら手数で勝負するタイプらしい。どうせなら格好よく長剣を扱ってみたいところだが、俺より詳しい人の意見を聞いておくのが無難だろう。


 それからというもの、昼は店番、夜は短剣の練習と割と充実した日々を過ごしていた。 

 おかげで短剣の扱いは大分慣れたと思う。休日には街の外に出て、練習がてら狩りもするようになった。っと言っても相手はウサギのような小動物だが。俺が狩った動物をガンジさんが捌いて、二人でそれを肴に酒を呑む。そんな平穏な日々を楽しんでいた。

 

 ふと以前の生活を思い返すと、テレワーク等と呼ばれる勤務形態が主流になり、満員電車の波から解放されたと喜んだのも束の間、朝起きてすぐパソコンの前に座り、一日中キーボードを叩いて、ご飯を食べて寝るだけの日々。あの閉塞感は想像以上に苦痛だった。あの頃に比べると、人と繋がりのあるこの生活も悪くないと思う。気付くと、いつの間にか元の世界に帰りたいと思うことも少なくなっていた。

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ちょっとサボっただけなのに 酒乱童子 @shurandouji

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