第4話 休息

 アイリーンの後押しで俺の居候が認められてから、男性陣三名は用事があると言って、どこかへ出掛けて行った。つまり今、俺はアイリーンとシェリルの三人と言う超ハーレム状態なのだが、こういったシチュエーションにあまり慣れていない俺は正直居心地が悪い。

 

 しかも、アイリーンが怪我をしている俺の為に、食事の世話までしてくれることになった。俺はと言えば、何をして良いか分からず、借りてきた猫のように大人しくテーブルに座り、ソワソワしながらその時を待っている。そしてシェリルは何故か俺の隣に座っている。

 

「ねえ、カケル。お姉ちゃんキレイでしょ!」

「ああ、確かにな。っというかシェリルのせいで怪我してるのに、お姉さんにだけ料理作らせておいていいのか?」

「いいの、いいの。お姉ちゃんが作った方が何倍も美味しいんだから」

「そういう問題ではない気もするが……。しかし、キレイで料理も上手くて……文句の付け所がないな」

「私だって、お姉ちゃんの歳くらいになれば……。でも今でもお姉ちゃんより胸は大きいよ」


 両手で胸を下から抱えて揺らしながらそう言った。


「――ッ! やめい!」

「なに? カケル顔が赤くなってるよ。エッチ!」

「ぐっ……」


 こんな少女に手玉に取られるなんて……嬉しいけど情けないぞ俺。


「あら、カケルさん。お顔が赤いですわね? 熱でもあるんですか?」アイリーンが両手にお皿を持ってやってきた。


「お姉ちゃん聞いてよー、カケルったらさ――」

「何でもありません! 大丈夫です。いやーそれにしてもいい匂い! 美味しそうだなあー、ハハハ」


 油断も隙もない……こいつは一体何を言うつもりだ。


「あらあら、仲が良いんですね。フフ。さあ、冷めないうちに頂きましょう」アイリーンはにこやかに微笑むと、お皿をテーブルの中央に置いて、反対側の席に腰を掛けた。


「「「いだだきまーす!」」」


 アイリーンが用意してくれた料理は、どれも本当に美味しかった。よく考えたらこちらに来て初めての食事だ。色彩豊かな野菜と肉(何の肉かは分からないが)の野菜炒めにパンといった、非常に質素な料理だったが、それでも背中とお腹がくっつくかと言うほど腹ペコの俺には、とんでもないご馳走だ。作ってくれたのがアイリーンというのも美味しさに一役買っていた。 


「いやー、妹さんが言ってた通り、本当に美味しいです。アイリーンさんは料理上手なんですね」

「い、いえ。そんな事……でもありがとうございます」


 少し照れたように俯くアイリーン。……おしとやかだ。これぞ大人の女性だぞ、妹よ。と言いたかったが、言ったらどんなしっぺ返しが来るか分からないので黙っておいた。

 

 と、くだらない妄想をしているうちに一つの疑問が浮かんだ。

 

 彼らと話してみて、とても悪い人間とは思えなかった。しかし衛兵はシェリルの事を『手癖の悪いスリ』だと言った。それは多分事実で彼らの組織とも関係があるんだろう。内心凄く気になるが、立ち入った事を聞いて良いものだろうか? 未だに体に残る痛みが『彼らと関わるな』と警告している。

 

「どうしたの? カケル」


 さっきまで軽口を叩いていたシェリルが心配そうに顔を覗き込んでいた。知らない間に険しい顔をしていたようだ。


「ああ、なんでもない。あまりに料理が美味しくてね。感動していたんだ」

「……ふーん。ならいいけど」


 やはり深く関わるのは止めよう。それが多分正解だ。



◇ ◇ ◇ ◇



 食事の後、俺は二階にある一室で休む事にした。アイリーン達は食事の片づけを済ませ、自分たちの家に帰っていった。

 

 あてがわれた部屋は、一人用のテーブルに椅子、ベッドがあるだけの非常に質素な部屋だ。いつもはテレビやパソコンに囲まれた生活をしていたから、手持ち無沙汰なことこの上ない。

 ベッドに横になって、何もない天井をぼーっと眺める。

 

 朝起きたらいつもの日常に戻っている……と言う事は流石に無いだろう。ならばこれからどうするか? いくら考えても答えなど見つかる筈もない。

 考えれば考えるほど、不安が膨れ上がっていくばかり。とりあえず、これからの事は怪我を治してから考ることにしよう。



 それから数日に渡って、俺はこの何もない部屋で過ごした。アイリーンとシェリルが毎日料理の世話などに来てくれるので、生活には困らなかった。シェリルは雑談しに来るだけだったけど……。それでもこの閉塞された空間ではそれが何よりも楽しかったし、彼女達とも徐々にではあるが、打ち解けることが出来たと思う。

 


 さらに数日後、体の痛みもすっかり無くなった俺は、彼らのアジトを去ることに決めた。シェリルはもっとゆっくりしていけと言ってくれた。もしかするとちょっとは懐いてくれていたのかもな。出会いは最悪だったけど、今となっては別れるのは正直悲しいというのが本音だ。

 

 でもいつまでもここでお世話になる訳にはいかないし、反政府組織の一員と勘違いされたら間違いなく殺される。

 

 結局俺は、今後のあてもないまま、エドワード、ダンテ、オーム、アイリーン、シェリルに心からの感謝を伝え、アジトを後にした。

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