第3話 アジトへ

 馬上で揺られること約二十分。俺たちは市街地までやってきた。人々が行き交う大通りを一本脇に入ったところ、少し寂れた一角に彼らのアジトと呼ばれる場所はあった。

 

「ここだ」


 先導してきた男は、馬止めに馬を繋ぎ、そのまま木造の建物に入っていった。俺とシェリルと呼ばれた少女も後に続く。


 外から見たアジトは、年季の入った木造一軒家という感じだが、中はきちんと清掃されているのか清潔感に溢れていた。キッチンの前に木製のダイニングテーブルと椅子が備え付けられており、俺は促されるまま、椅子に腰を掛けた。

 

 俺を先導してきた男は、反対側の椅子に座り、フードを外した。

 見たところ、歳はどうやら俺と同じくらいのようだ。キリリと引き締まった顎のラインにブルーの瞳。清潔感のある短髪は男の精悍さを一段と際立たせていた。

 

「まずは、シェリルが追われている所を助けてもらったようで礼を言う。怪我をさせてしまったようで申し訳ない」と男は頭を下げてきた。


 馬上で揺られる間にすっかり毒気を抜かれてしまった俺は「体はまだ痛みが残っているが、放っておけばそのうち治るだろう。こちらこそ強制労働に連れて行かれそうな所を助けてもらって感謝している」と素直に礼を述べた。


「それはよかった。そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は『エドワード』。一応、組織のリーダーをしている。お前に助けてもらった『シェリル』は俺の仲間の妹だ」

「組織?」

「一応、この世界を変える為に、今の政権と戦っている。」


 政権と戦っている? っと言う事は、もしかしてテロリストとかそういう類? 俺はとんでもなくヤバイ連中と関わってしまったのではないかと一気に不安になったが、表情には出さないように注意した。


「俺の名前は『翔琉カケル』だ」

「見た事ない顔だが、この街には最近来たのか?」

「ああ、数日前だ」


 本当の事を話しても理解して貰えないと思ったので、適当に話を合わせておく事にした。

「ほう、数日前か。住むところはどうしてるんだ?」


「いや、ここに来て、すぐ牢獄に入れられたから……住むところとかはまだ決まってないんだ」


「うわっ! カケルってば『すぐ牢獄入れられたから』とかいやらしい言い方!」シェリルと呼ばれた少女が唇を尖らせて抗議してくる。


「あ、いや、そういう意味じゃなくてだな……あくまで事実を……」どうも昔から女の子に責められると、必要以上に焦ってしまう。


「シェリル、いいからちょっと黙ってろ」

エドワードに注意され、「べーっだ!」と舌を出して抗議している。こういう姿を見るとまだまだ子供だなっと少し安心する。


「まあいい。行くところが無いなら、暫くの間ここを使うといい。普段は誰も居ないから、遠慮なく使ってくれ」


 反政府組織のアジトでお世話になるなんて、事件に巻き込まれる予感しかしないんだが……。

 

 しかし行くところが無いのも事実だし、俺は足りない頭でどうするのが最善か思索する。

「いいじゃん! カケルそうしなよ。リーダーがこう言ってるんだから。せめて体が治るまでは、ね?」


 妙案が思いつかなかった俺は「そ、そうだな。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」と返事するしかなかった。


「よし、決まりだな」そう言うとエドワードは笑った。


 こうして俺はシェリルに押し切られる形で、反政府組織のアジトで居候する事になってしまった。



◇ ◇ ◇ ◇



「――っと言う訳で、カケルには暫くの間、ここにいてもらう事になった」


 あれから二人の男がやってきた。リーダーのエドワードの補佐を行っているようで、つまり幹部だろう。エドワードがこれまでの経緯を彼らに説明している。


 一人が『ダンテ』と呼ばれる男で、思い出したくもないが……巨躯の衛兵に少し感じが似ている。浅黒く焼けた肌に筋骨隆々のその見た目は、武闘派といった感じだ。

 

 もう一人は『オーム』と呼ばれる男で、こちらはダンテとは対照的に色白で線の細い体つきをしている。開いているか分からないほど細い目に丸メガネを掛けており、理知的な印象を受けた。参謀のような役割でも担っているのだろうか。


 ただ、二人とも俺がここにいる事に難色を示している。口火を切ったのは筋骨隆々のダンテだ。


「エドワードの言うことも分かるけどよー。俺は反対だ! カケルとやらには悪いが、どこの馬の骨か分からない奴をここに置くのはリスクが高すぎる」


 たしかにもっともな言い分だ。逆の立場だったら俺もそう言うだろう。ただ、本人を目の前にして『馬の骨』なんて失礼な言い方はせずにもうちょっとオブラートに包むがな。どうやらオームも同じ意見のようだ。


「でも、カケルは私を逃がすために、こんなに怪我しちゃったんだよー。可哀そうじゃん」シェリルは意外と優しい。案外いい奴なのかもしれない。


「それはそうだがよー」ダンテは困ったような表情で頭を掻いていた。



――ガチャ



 その時、ドアが開き、もう一人入ってきた。

 

「あっ、お姉ちゃん!」


 振り返った俺は女性を一目見て言葉を失った。


 桜花爛漫。それが彼女を初めて見た時の第一印象。

 満開の桜を見た時に感じるような華やかな美しさ。

 彼女の何がそう感じさせるのかは分からない。


 背中まで伸びた艶やかなストレートヘア? すらりと伸びた肢体?

 いや、違う。きっと彼女の内面から溢れ出る美なのだと思った。

 

 半ば放心状態の俺の背中をシェリルが叩き、現実に引き戻される。


「この人がカケル。 私を助けてくれた人だよお姉ちゃん。ほらカケルも挨拶して!」

「あ、どうも……ただいま、ご、ご紹介に与りました、カ、カケルです」

「どーお? お姉ちゃんキレイでしょ?」ニヤニヤしながらシェリルが肘で小突いてくる。

「あ、ああ……そ、そうだな」


「シェリル止めなさい、カケルさん怪我してるのよ」そうやってシェリルの悪戯をたしなめると、「シェリルの姉の『アイリーン』と言います。妹を助けて頂いたようでありがとうございました」と丁寧に頭を下げてきた。

「あ、いえ。とんでもないです」


 あまり女性に免疫のない俺にこの美しさはヤバい。なるべく視線を合わせないように、しどろもどろになりながら返事をする。

 

「お姉ちゃん聞いてよ。怪我が治るまで、カケルにここに居てもらおうと思ったのに、ダンテとオームが反対するんだよ! なんとか言ってよ」


「い、いや、だってよー……」


 筋骨隆々のダンテもシェリルやアイリーンには強く出れないようだ。さてはこいつも女性に免疫ないタイプの人間だな。


「ダンテ、オーム。私からもお願いします。せめてカケルさんの怪我が治るまでここに居させて下さい」そう言うとアイリーンは二人に頭を下げた。


 ダンテとオームはお互いの顔を見合いながら、「「まあ、アイリーンがそう言うんなら……」」と困惑の表情で言った。


 やはりどこの世界でも男は美人に弱い。ダンテもオームもしぶしぶ了承してくれた。とりあえず怪我が治るまではここに居させてもらって、その間に今後の事を考えないとな。

 こうして俺はアジトで居候させて貰うことになった。

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