第2話 尋問

 目の前に男が座っている。机に両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せて、刺すような視線でこちらを見ている。俺を連れてきた衛兵らしき男は立っているので、この男の方が上官なのだろう。

 

「で? お前、名は何という?」

「『立花タチバナ 翔琉カケル』と言います」

「タチバナカケル? 変わった名だな。で? そのタチバナカケルとやらは、何故我々の邪魔をしてくれたのだ?」


 ここは変な言い訳をせずに正直に話すべきだろう。


「ええと、少女が大人の男に追いかけられていたので、理由は分からないけど助けないと……と思いまして……」


 精一杯の愛想笑いを振りまいて答えるが、男は能面のように無表情だ。それが俺の不安を更に煽る。


「ふん、そんな事を言って、本当は仲間なんじゃないのか?」

「だ、断じてそんな事はありません! 信じてください」


 男が細い目を更に細めて俺を見つめてくる。『目は口ほどにものを言う』というが、俺が本当の事を言ってるか見定めているようだ。ここで視線を逸らす訳にはいかない……。おじさんと長時間見つめ合うという、ある種の拷問に必死で耐える。


 男は机に両肘をついた姿勢から、背もたれに体を預け、足を組むと「まあいい。あの少女はな、前からマークしていた手癖の悪いスリなんだよ。あと一歩というところで、正義の勘違いヒーロー様の登場で逃げられたって訳だ。なあ分かるか?」と嫌味タップリに言った。


 チュートリアルだと思って助けようとした少女がまさかの犯罪者だったとは……これは完全に仲間だと思われてるパターンだ。何とか誤解を解かなければ。


「まさか、あの少女が犯罪者だったとは! そうと分かっていれば、私も捕縛に協力していたのですが……」


 男の視線は相変わらず冷たい。そりゃ信じる訳ないよね……なんで俺がこんな目に……もし、いつかあの少女にあったら、思いっきりぶっ飛ばしてやる。子供とか女とか関係ないからな。


「あの、それで私はこれからどうなるのでしょうか……?」


 男は『その言葉待ってました』と言わんばかりの、いやらしい笑みを満面に浮かべて、「それなんだがね。ちょうど一名欠員が出てしまってね……君にはそこで働いてもらおうとか思ってね? 一生」と嬉しそうに言った。


 死ぬまで強制労働……つまり奴隷。

 俺は全身から血の気が失せて椅子から転げ落ちそうになった。これは完全に詰んだ……

 

 俺を絶望に叩き落して満足したのか、男はもう飽きたようだった。満面の笑みから無表情の能面顔に戻り、「話は終わりです。連れて行きなさい」と衛兵に言った。


「はっ」


 また巨躯の衛兵に肩口を掴まれ、立ち上がるように促される。しかし失意の俺はうまく体を動かす事が出来なかった。俺はそのまま引きずられる様に牢獄の中に連れ戻された。


 牢獄に戻ると、物乞い風の男が声を掛けてきた。

「どうだった、兄ちゃん?」


 俺は話す気力もなかったが、黙ってると不安に押しつぶされそうだったので、少しでも気を紛らわす為に会話に応じる事にした。


「なんか欠員が出たとかで、そこで一生働けって……」

「げえ、そいつはヒドイ。兄ちゃんの方が若いから、兄ちゃんが選ばれたんだな……ホッ」


 ホッってなんだよ。心の声が口から漏れ出てるぞ……こんな奴と会話して気を紛らわそうとした俺が馬鹿だった。


 それより、これはゲームの筈なんだ。普通ならESCキーとか押せば、終了出来るんだ。もしかしてキーボードの代わりに言葉でゲームを終了したり出来るんじゃないのか? と思い至った。


「ヘルプ!」

「エスケープ!」

「イグジット!」


 思いつく単語を発してみたが、何も反応がない。

 

「どうしたん兄ちゃん! 頭おかしくなったのか?」


 こいつマジでぶっ飛ばす。物乞い風の男に殴りかかろうとした時、また鉄格子が開いた。

 

 ――ガチャン


 巨躯の衛兵は俺の方を見ながら「出ろ」とだけ言った。俺は大人しくついていく事にした。後ろから「兄ちゃん。頑張んなよ!」っと声が聞こえたが、返事する気にはならなかったので軽く手だけあげておいた。

 

 尋問された時とは違う小部屋に連れていかれた俺は、巨躯の衛兵から服を手渡された。生成色のワンピース風の服で、腰の辺りを麻ひもで縛る。いわゆる奴隷用の作業服なのだろう。とりあえず素直に着替える。

 

「三十八番だ」

「え? 三十八番とはどういう?」

「これからのお前の呼び名だ『三十八番』」

「…………」


 これから俺は番号で呼称されるのか……なんか犯罪者にでもなった気分だ。いや、今はスリの逃亡を手助けした犯罪者だったな。そう思うと自然と自嘲気味の笑みがこぼれた。

 

「よし、着替えたな。ついてこい、三十八番」


 いや、今二人なんだからいちいち番号呼ばなくても俺しかいねえだろ。三十八番て言いたいだけだろコイツ。あーイライラする。


「……へい」


 心とは裏腹に柔順な俺、超恰好悪い。どうせ死ぬまでタダ働きさせられるなら、ここで巨躯の衛兵をぶっ倒して脱走チャレンジするっていうのも一つの手だが、勿論そんな勇気はない。

 

 外に連れ出されると、良く晴れた天気だった。馬車が目の前に止まっており、荷台には木で組まれた檻が備え付けてあった。奴隷移送用の馬車か……。遠くの方に目をやると、草原や森の自然の色彩が鮮やかだ。これから行くのがピクニックだったらどんなに幸せだっただろう。

 

「乗れ、三……」

「へい!」


 コイツには気持ちよく名前は呼ばせてやらない。被せ気味に返事をし、名前を最後まで呼べなかった衛兵は少し悔しそうに見えた。ざまあみろ。少しだけ溜飲を下げた俺は檻の中に入って出発の時を待つ事にした。


 ほどなく馬車は動き出し、巨躯の衛兵の男は建物の中に戻っていった。

 

 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 それにしても馬車ってのはこんなに揺れるのか。あのクソ少女のせいでボコボコにされた体が馬車の揺れに合わせて悲鳴をあげている。これも含めてチュートリアル……って事は流石にないよな。あとは悪夢である事を願うばかりだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 どれくらい馬車に揺られただろうか? お尻の痛みも既に限界を迎えつつあった。

 

 ふと後方に目をやると、土煙があがっていた。二頭の馬がこちらに向かって走ってきている。こちらを見て何かを話しているようだ。

 

 一人は大人、もう一人は子供だろうか? 「お父さんあれ何?」「あれは奴隷と言ってね。今からお仕事に行くんだよ。お金は貰えないけど。フハハハ」っとでも言ってるのだろうか。相変わらず被害妄想が激しい俺。自分でも嫌になる。


 そんな寸劇を妄想していると、大人と思しき方が俺を乗せた馬車を追い越していった。フードを被っていたので、顔は良く見えなかったが、かすかに覗いた顔は男性のようだった。


 一頭の馬が追い越してから数秒後、徐々に馬車の速度が落ちていき、そして止まった。御者と何やら会話している。

 

「困るよ……もし……バレたら……」

「これで……頼む」


 小声で会話しているのか、会話の全ては聞こえないが、何か交渉しているようだ。前で交渉している間にもう一頭の馬が檻の近くにやってきた。フードを外して顔が露わになる。

 

 ――あっ!

 

 一瞬の事だったので、はっきりを覚えていないが、間違いない! あの時のクソ少女。 


「大丈夫だった? お兄さん」

 

 クソ少女はそう言いながらウインクした。またちょっとドキッとしたが、今はそれどころじゃない。言いたい事が富士山くらいあるぞ。

 

「大丈夫って、このボコボコの姿を見て、よくそんな事が言えるな! お前が逃げたあと俺がどんな酷い目にあったか知ってるのか? 鈍器で殴りつけられて、沢山の男に踏みつけられて、牢獄に放り込まれて……それから、それからなあ……」


「あー、悪かったって。そんな怒らないでよ。だからこうして助けに来たでしょ?」

「た、助けに来た?」

「うん。一応囮になってくれたしね。ねえ、助けて欲しくないの~?ねえ?」

「ぐっ……」


 何で俺が上から言われないといけないんだ。こんなの絶対間違ってる。


「ねえ、助けてほしくないの~?」

「はい……助けて欲しいです……」

「素直でよろしい!」そう言うとクソ少女は笑った。


 改めて顔を見ると、年のころは十三歳くらいか? 肩口まで伸びた艶のある金髪。まだ幼さの残るふっくらとした顔つきとは対照的に良く通った鼻筋。小ぶりな唇は濡れたような赤色をしており、妙に艶めかしい。

 

 ウインクされてドキッとするのも納得の美少女だ。あれほど沸々と燃えたぎっていたクソ少女への怒りが急速に萎んていくのが分かった。男は……いや俺は単純だ。

 

 そうこうしている内に御者がこちらにやってきて、檻の鍵を開けてくれた。

 ついで交渉役の男もやってきた。

 

「シェリルが世話になったようだな。悪かった。詳しい話は後でするとして、取り合えずこの場は離れよう」


 シェリル? あの少女の事か。


「あ、ああ……」

「俺たちのアジトに案内するから、シェリルの後ろに乗ってくれ」

「分かった」


 シェリルと呼ばれた少女が操縦する馬の後ろに乗らせてもらう。


「なあ、これってどこを掴めばいいんだ?」

「危ないから私の腰に掴まって。変なとこ触ったら叩き落とすからね!」


 そう言うとシェリルはいたずらっぽく笑った。まだ子供なのに一つ一つの動作に妙に色気がある。こいつは将来男を惑わすタイプだな。


 俺も精一杯の虚勢を張って「ガキの体なんか触んねえよ」と答える。


「よし、行くぞ!」


 交渉役の男が走り出したので、続いてシェリルも「行くよ! お兄さん」と行って走り出した。

 

 風になびいて少女の髪が俺の顔を撫でつける。女性特有のいい香りが俺の鼻先を刺激し、馬上で揺れるたびに、俺の内腿に少女の柔らかい太腿がかすかにぶつかる。

 

 俺は体中の痛みも忘れて内心ドギマギしていた……少女如きに心を乱される自分自身の免疫の無さに呆れながら。

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