ちょっとサボっただけなのに

酒乱童子

第1話 チュートリアルじゃないのかよ!


「――待ちやがれ! この野郎」


 叫び声のする方に目をやると、フードを被った子供が、男達に追いかけられて、こちらに向かって逃げてくる所だった。フードからチラリと見えたあどけなさの残る子供と視線が交差する。

 

 ――女の子だ!

 

 少女はすれ違いざまにウインクすると、そのまま颯爽と走り抜けていった……生まれてこの方ウインクなんてされた事ないから、子供とはいえちょっとドキッとしたじゃないか。


 まあ、なんにせよチュートリアル開始って事か!


 まだ武器とか手に入れてないけど大丈夫なのか? 一抹の不安も抱えながらも、初めてのイベントだ。スルーする訳にはいかないだろう。

 

 俺は男たちの前に立ち塞がり、人差し指を突きつけ、バシッと口上を決める事にした。

 

「おい、お前ら! 事情は知らねえが、大人三人がかりで子供を追い掛け回すなんてみっともない事してんじゃねえ!」



 ――決まった。


 

「「「うるせえ、どけえーーー!!!」」」


「えっ?」


 急に視界がぐるんと回転し、首が取れるほどの衝撃が俺を襲う。走ってきた男に、いきなり持っていた鈍器で顔面を横殴りにされたのだ。


 地面に放射状に飛び散る鮮血。まるで車にでも轢かれたかの様な衝撃に、俺の戦意は完全に喪失した。しかし、それだけでは飽き足りず、うずくまった俺を容赦無く蹴り上げてくる。


 どういうこと?

 チュートリアルで死んじゃうの俺?

 ゲームじゃないの?


 HPがどうとかそういう問題じゃないんですけど……めちゃくちゃ痛いんですけど……顔の骨折れたんじゃない?


 実際に痛みを感じた事で俺の思考はパニックに陥った。その結果、先ほど迄の威勢のよさは完全に姿を消し、恐怖が俺の全てを支配した。

 

 そして、俺は「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、間違えました」必死に許しを乞うていた。


「間違いました。って何言ってんだお前!」


 男達の攻撃は一向に止む気配が無い。そして俺は出血と痛みから朦朧とした意識の中、たしか死んだらスタート地点に戻るんだっけ……次はあの少女を見捨てよう……オープンワールドだし好きなイベントだけやればいいんだろ……


 そんな事を考えているうちに意識を失った。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 う……うぅん。

 

 目を開けると、薄暗いコンクリートの天井が目に飛び込んできた。

 俺の家だったら、木製の天井にアイドルのポスターが貼ってあるはずだ……


 悪い夢であって欲しかったが……体を起こそうとすると、あらゆるところに激痛が走る。この痛みが夢じゃないことの証左だ。

 

 まだ、ぼーっとしたままの頭で今日の出来事を整理する。

 

 ええと、テレワーク中に仕事サボって無料のゲーム探してたら、『eclipse』とかいうMMO見つけて……それで起動したらいきなり飛ばされたんだっけ……


 そして少女が男に追いかけられていたから、チュートリアル開始だと思ったら、いきなりボコられたんだったな……

 

 ていうか、このゲームどうやって終了するんだろ……一応仕事中なんだから、離席していることがバレると色々不味いんだが。

 

「派手にやられたな、兄ちゃん」


 不意に声を掛けられ、同じ部屋に人が居たことに気付いた。

 コンクリートの壁にもたれながら、顔だけこちらを向けている。かなり身なりの汚い男、いわゆる物乞い風……だな。

 

「――あの、ここってどこですか?」

「見りゃ分かんだろ。牢獄の中だよ」


 ですよね。鉄格子の扉が付いてるからそんな気はしてたが、やっぱりそうでしたか。


「で、兄ちゃんは何やったんだ?」

「ええっと、少女が男三人に追われてたから、チュートリアルかと思って、助けようとしたら、ボコボコにされて、目が覚めたらここに……」

「チュートリアル? なんだそれ。なんだかよく分かんねえな」

「ちなみにおじさんはなんでここに?」

「俺か? 腹が減ってな。果物かっぱらおうとしてバレちまったのよ」


 そう言うと、物乞い風のおじさんはガハハハと豪快に笑った。いや、泥棒じゃねえか! 笑うところじゃねえだろ。


「ああ、そうなんですね。で、俺ってこれからどうなるんですかね?」

「目覚ましたんなら、そのうち衛兵が呼びに来んだろ。その先は人それぞれだから知らん」

「ああ、そうなんですね……」


 何が現実で何がゲームなのか理解が追い付かない。しかし体中の痛みが俺に『無茶をするな』と警告している。とにかく今は余計な事はしないでおこう。


「あの――」


 とにかく今は何でもいいから情報が欲しい。この物乞い風のおじさんから情報を引き出そうとした時だった。

 

 ――ガチャン

 

 鉄格子の扉が開き、外から男が入ってきた。黒色のヘルメットを目深に被り、濃い緑色のズボンに同色のコートを羽織っている。衛兵だろうか? 『巨躯』と言う形容がぴったりな威圧感抜群のその男は、俺を見下ろし「出ろ。尋問だ」とだけ言うと、俺の肩口を掴み、無理やり立ち上がらせた。

 

 俺は「自分で立ち上がれるわ! 馬鹿野郎」と心の中で叫び、実際には「イテテッ」とだけ発し、牢獄から何処かに引きずられて行った。

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