大臣とおしゃべり王国

玻津弥

「大臣!!」

「大臣、大臣、大臣、大臣、だいじん、だいじーん!」

 しついこいくらい何回も呼ばれている。

(……仕方ないなぁ)

 俺はさっきから呼ばれている自分の呼び名に気づいたふりをして振り返った。

「なんですか、王さま。シカトしてました」

「主人が呼んでいるというに無視するとはけしからんやつだ。ゆるさーん!」

 金の冠をつけた王さまが俺にむかって両手をふりあげた。

 怒りっぽい王さまだが、怒ってもちっとも怖くはない。

 俺は苦笑した。

「そう言われても……」

「王には敬語をつかえー!」

 ぴょこぴょこ飛び跳ねながら王様は冠を振るう。

「そういえば、王様、もうすぐ会議の時間ですよ」

「おお、そうだった」

 自慢のもっさもっさしたひげをつかんで王様は会議部屋に移った。

 そこには『王様』たちが勢ぞろいしていた。

 全部で十人いて、みんな冠を頭のてっぺんにのせてもっさもっさのひげをたくわえていた。

 この王様たち、十つ子みたいで、十人みんな同じ顔をしている。

 彼らは会議机を叩いてあーだこーだ議論をし始めた。

 何度見ても同じ顔が会議している様子は面白い。

「あなた、お茶が入りましたよ」

 そこへやってきたのはお后様である。

 こちらは五つ子でエレガントな薄紫のドレス姿だ。五人それぞれ紅茶セットを運んでやってきた。

「おお、お后!」

「むっ。あれはわしの后だ!」

「わしのだ、手出しはゆるさーん!」

 十人の王様たちは五人のお后様の取り合いを始めた。

 俺は少し離れたところからそれを眺めている。

 これもいつもの光景。

「ねぇねぇ、ちょっとぉ」

 かわいらしい声がして下を見ると、ピンクのドレスを着た一人のお姫様が俺を見上げていた。

「喉がかわいたわ。ねぇ、何か買ってきてよ。あそこの自動販売機で」

「お后様の紅茶でも飲んだらどうですか?」

「そ、それはいいの。いつも飲んでないものが飲みたいんだからっ」

「だめですよ。俺、今お金持ってないんで」

「なんでよっ! あんたなんのためにここにいるのよっ!」

「なんでって……」

「ポチ、役立たずの犬!」

「はいはい俺はポチですよー」

 俺は面倒くさいのでそう答えておく。

「あんたは役立たずのポチよ!」

「はい、役立たずのポチでーす。わんわん」

「もうっ、このダメ犬どうにかしてよ、パパ!」

 お姫様が王様に向かって叫んだ。

 王様はというと、まだ后をめぐる対決のまっただ中だった。

「パパはママをかけて戦っているんだー! うおおっと……やりおったなー!」

 十人の王様たちは自分たちの服を脱ぎ捨てて、パンツ一丁で相撲大会を始めていた。

(いったい何をやってるんだ、こいつら……)

 俺はあきれて止める気分にもならない。

 五人のお后さまはホホホとほほえましげに王さまを部屋のすみで見守っている。お后様の一人が俺に気がついた。

「ヨーゼフ、紅茶はいかが?」

「いや、けっこうです」

 俺はにっこりと断る。

 毎回のことだが、なぜお后様は俺をヨーゼフと呼ぶんだろう……。

 お姫様が五人のお后様の膝元へ抱きつきに来たのを見ていると、

「大臣、大臣、たすけておくれ~」

 足場から落とされそうになっている王様が俺にヘルプコールを出した。

 俺は小さくため息をついて、王さまに手をさしのべてやる。

「おお、さすがは大臣だ。ほめてつかわそう!」

「いやそんなのいいですから。それに、俺、大臣じゃないですよ」

「なにを言う。そのバッジに職名が書いてあるぞ」

 たしかに俺の胸元のプラスチックバッジには、“大臣”と書いてある。しかし、それは俺の名前で「ひろおみ」と読む。ちなみにどうでもいいことだが、名字は多田だ。

 俺の名は、多田大臣(ただひろおみ)。

 おもちゃショップゆうゆう☆の店員である。

 王様十人、お后様五人、お姫様一人。

 彼らは売れ残りの人形【おしゃべり王国シリーズ】である。なかでも一番人気のない王さまはまだ倉庫に在庫がダンボールで百箱近くある。

「早く売れないかなぁ……。ふぅ」

 俺はこのシリーズの宣伝担当になってしまったしがない店員だ。

 そして、同時に十六人の主人を持つ大臣兼下僕になってしまったのだ。

「ねぇ、ひろおみ。あたし、ひろおみと一緒にいられるなら売れないほうがいいわ」

 突然、お姫様が言って、俺はどきっとする。

「え……」

「なんてねっ。……な、なに見てんのよ、さっさとあたしのかわいさをピーアールしなさいよっ。そんなんだから販売成績最下位なんでしょ、ポチ!」

「よくご存じで」

 そういう感じで、かわいい王国の主人たちがいっしょにいるおかげでおもちゃ売場の一角はいつもにぎやかだ。

 彼らがまったく売れないのは困るが、いざ売れてしまうと店もさびしくなるだろう。

 実は彼らに買い手が見つからなかったときのことも考えてある。俺の薄給で王国のみんなを買い取ってやろうという大計画だ。

 だが、それも貯金が貯まるまでのもうしばらくは彼らには黙っておくことにしよう。                     【完】

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大臣とおしゃべり王国 玻津弥 @hakaisitamaeyo

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