第18話 ページ

 アヴァーゼンの首都ページは、時代によってまるで違う顔を見せる街である。

 

 そもそもの始まりは500年ほど昔。

 俗に「生贄期」と呼ばれ、村を魔族に襲われ命からがら逃げ延びた人々が、その名の如く魔族に生贄を差し出すことで集落を作るのを許されて出来た街だ。

 ちなみにこれは別に珍しいことではない。同じようなことは世界各地で起きている。

 が、ページほど長く続いたのは極めて珍しい。大抵は食欲を持て余した魔族が悔い滅ぼしてしまうか、あるいは人間が反旗を翻して契約は破棄、結果としてあっさり集落は滅んでしまう。


 ページの「生贄期」が長く続いたのは、ひとえにその地を支配していた魔族の狡猾さが原因である。

 大陸の東の海を支配していたその魔族は、その巨大すぎる力が故に人間から酷く畏怖されていた。それは魔族として誇らしいことであるが、同時に大きな問題もあった。何故なら彼の支配地は豊富な魚介類が採れる、人間にとっては魅力的な地であるにもかかわらず長く禁断の地とされていて、人間を捕食しようにも近づいてこないからだ。

 

 だからかの魔族は久方ぶりに海へ近づいてきた人間を食欲のまま食べるのではなく、まずは増やすことに決めた。

 人間たちに海岸沿いへの居住だけでなく、近海での漁まで許したのだ。異例中の異例である。

 代償の生贄は一年に人口の一割。もっと短い期間にこの倍ほども要求する魔族がいる中、これもまた大盤振る舞いだ。

 

 ページの開拓者たちは当然訝しんだ。が、10年、30年、50年とこの約束が守られるにつれて魔族をすっかり信じるようになった。

 加えて魔族の脅威を最小限に抑えられたうえに、豊富な魚介類が採り放題とあっては繁栄するなという方が難しい。そこへ各地で同じように魔族へ生贄を差し出している村人たちが噂を聞きつけ、次々と故郷を捨てページへと集まってきた。

 最初はたかだか数十人程度だった集落がわずか50年足らずで当初の数百倍の人々が住む街となり、世界有数の大都市となるまでそう時間はかからなかった。

 

「言うならば巨大な家畜小屋さね」


 当時を振り返ったミネルバがそう吐き捨てる。

 ページへの空の旅は夜を迎えていた。アルカンタラの鎧の中で、アルンが規則正しい寝息を立てている。お願いだからおねしょだけは勘弁してと思いつつ、ミューはミネルバに若い頃の祖母が訪れたページという街のことを尋ねていた。


「まぁ街は活気に溢れていたよ。飯も美味かった。が、どいつもこいつも自分が魔物に飼われている家畜だって意識がなくてね。逆に魔族を倒そうとしたあたしたちを捕まえやがったもんだよ」

「そうなんですか? 世間で伝え聞く話と全然違いますね?」

「ああいうのはどこも自分たちの都合の良いよう書き換えられているもんさ」

「なるほど。ワガママ言ってシュターク様に無理矢理付いていっただけなのに、何故か今では大賢者呼ばわりされているおばあ様が言うと説得力が違いますね」

「言っとくがね、あれだって別にあたしが『そう呼べ』と言ったわけじゃないよ。どこかの誰かが勝手にそう呼び始めただけさ」


 きっとそれもそうした方が誰かにとって都合がいいんだろうね、とミネルバが呟くものの、その誰かがミネルバ以外には存在しないように思えるミューだった。

 

「それで捕まってどうやって魔族を倒したんです?」

「簡単さ。人口の一割の生贄って奴なんだけどね、その頃には街での犯罪者で賄えるようになってたんだよ。だから別にあたしたちが何もしなくても生贄として魔族のところへ運ばれてね。あれは楽だった」

「街の人って魔族を倒そうとするおばあ様たちを反逆者として捕まえたんですよね? それを生贄に差し出すって本末転倒すぎません?」

「きっと装備を取り上げたらどうにもならないと思ったんだろうさ」

「魔法使いに装備なんてほとんど関係ないじゃないですか」

「馬鹿だねぇ。相手は魔法を得意とする魔族だよ。人間の魔法使いが特殊な装備もなしでは敵うわけがないと思って当たり前じゃないかい」

「あ、そうか」


 魔族は人間より魔法に優れている。故に魔族と呼ばれる。

 当たり前のことではあるが、ミネルバと違って魔族のいない時代に生まれ育ったミューには実感が出来ないだけに、たまにこういうポカもする。

 科学が台頭し、魔法文化が衰えた現代において「魔法は科学に劣る」と思いこまれているのと同じだ。


「さて、そんなおバカな孫に質問だよ。そんな家畜小屋みたいな街で、あたしたちが連中を飼育する魔族を倒しちまった。その後、街はどうなったと思う?」

「一応、おばあ様たちと一緒に魔族を倒した仲間が迷える人々を導いたとアヴァーゼンの歴史では語ってますね」

「そうさね」

「でも、仲間なんていなかったと思います。なんせ魔族のもとへ送られたのっておばあ様たち以外は犯罪者なんでしょう? そんな連中が手助けしてくれるとは思えません。ところでおばあ様たちは魔族を倒した後、街へ戻って『自分たちが倒しました』と喧伝されたのですか?」

「まさか。シュタークはそういうのを嫌う奴でね。倒した後は罪人のひとりにそのことを伝えただけで、とっとと空間転移の魔法で別の街へ移動したさ」

「んー、だったらもう嫌な展開しか思い浮かばないのですが」

「ほう。どんなのだい?」


 嫌な想像しか出来ないと言っているのにそれを聞き出そうとするミネルバへ、ミューは「悪趣味だなぁ」と眉を寄せる。


「支配者である魔族が倒された時、次に起きるのは倒した英雄による新しい統治です。でもおばあ様たちはそれを放棄されました。しかもそれを知っているのは罪人のみ。だったら魔族の死が実際に確認された時、彼らが『俺が倒した』と主張すれば住民たちは信じざるを得なくなりますよね」

「まぁ、そうだね」

「罪人から一躍英雄になった彼らですが、それで満足するとは思えません。次に狙うは権力です。では街の権力者は誰だったのでしょう? 答えは簡単。それまで街で最も遵守しなくてはならないルールは『定期的に魔族へ生贄を差し出す』だったはずですから、つまりこのルールを取り仕切る人間こそが街の権力者だったのです」

「が、魔族が討たれてルールは撤廃された」

「そう。それでも長年権力を握り続けていたのですから蓄えはありますし、普通ならそのまま街の統治を任されたはずです。が、ページの場合はそうもいかなかった。なんせ生贄選別の権利を持っていたということは、少なからず街の人々から恨みを買っていたことでしょう。そこへ新たに権力を握ろうとする罪人が『あいつは魔族に俺たちを売った裏切り者だ』と声高に騒げば、自分たちが手を下さなくても積年の恨みを持った住民たちが押し掛けて椅子から引きずり下ろすのは火を見るより明らかです」

「まったく、恨みってのは怖いね」

「おまけに魔族を討った勇者だと自称し、このどさくさで街の支配を目論んだのはきっと何人もいたことでしょう。まさに数年は血で血を洗う抗争が繰り広げられたのではないかと」

「あと我が孫娘ながらその歳でそこまで想像できるあんたも怖いよ、あたしは」


 ミネルバが嘆息する。

 ミューとしてはそんな自分に誰が育てたと文句の一つも言いたくなった。

 

「まぁ補足すると、連中が権力から引きずり下ろしたのは法の管理者だけではなかった。他の街との商売を許されていた大商人たちも皆殺しにされたよ。なんせ連中はこいつらに騙されてページへやって来たようなものだったからね」

「どういう意味ですか?」

「さっき言ったろ、当時のページは『罪人たちによって生贄を賄っていた』って。でもよく考えてごらん。罪を犯したら魔族への生贄にされると分かっていて、誰が違法行為に手を染めるんだい? そりゃあどんな世界にも悪い奴はいるさ。でも、そんな奴らだけで毎年生贄分を充足させるのは無理がある。となると街の外からそういった連中を集めてくるしかない。田舎村の世間知らずなクソガキに『ページで一山当ててみねぇか?』とか言ってね。自分の手を汚したくはないが悪いことで金儲けしたがる商人にとってすれば、その実現と生贄確保を兼ねた一石二鳥の美味しい手さ」

「……あのですね、おばあ様のそういう話が今の私を作ったのではないかと思うのですが」

「で、法の権力者はおらず経済も無茶苦茶、街の至るところで小競り合いが起こり、ページはまさに大混乱期を迎えた。そんな中、シュタークが魔王を倒すとページの覇権を狙うひとりが『俺はシュタークの仲間。ページの魔族もシュタークが倒してくれた』と言い出してね。他の連中がいまだに魔族は自分が倒したと主張する中、ページだけでなく世界を救ったシュタークの名前をいち早く使ったそいつが上手く民衆の心を掴んでページを統治、数年後にアヴァーゼンを建国したのさ」


 つまりこれから向かうのはそういう所だよと何事でもないかのように言い放つミネルバの言葉に、ミューはアルンのおねしょ以上の不安を感じ取って、天に淡く輝く青い月を仰ぐのだった。

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ぼく、魔王になりますっ! タカテン @takaten

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