あとがき

「カーニヴァルの乙女」を書き終えて

 本作の構想のもとになったのは、一片のメモでした。


 カーニヴァルの乙女。

 キャラバンの少年。叶わぬ恋。

 一緒に行こう。行けない。別れ。


 そのメモが更新されぬまま数年が経ちました。その間に私は小説をウェブ上で公開するようになり、「次は長編小説を書きたい」と考えていたとき、このメモに目が留まったのです。途端、砂漠の中で生きる少年の姿が頭の中に浮かんできました。砂の街でキャラバンから帰宅し、孤独を抱えて生きる少年。それがサルファでした。


 メモから見れば、本作は悲恋物語になるはずでした。正直、最初に長編を書こうとプロットを練ったときも、哀しい結末を迎えるようになっていました。サルファは街で踊り子・アリージュに逢うものの、二人は身分違い。サルファの力ではどうすることもなく、お互い愛し合っているのに、別れの時は来る。そうなるはずでした。

 ですが、書き進めてみれば、どんどん未来が変わっていったのです。サルファはアリージュに出会い、みるみるうちに成長していく。サルファが作者である私の想像を超えて、アリージュのために動いていく。「ああ、サルファはアリージュのことを諦めたくないんだな。本当に好きなんだな」と思いました。アリージュと二人で生きていくことが当たり前のように感じている。独りはもう嫌なんだな、と悟りました。主人公が頑張っているのに、作者が応えないで誰が応えるんだよ、と思い直し、途中でプロットを書き直しました。こうして、「カーニヴァルの乙女」が出来上がりました。


 人が人を愛する形は、いろいろあると思います。1973年にカナダの社会学者*、ジョン・アラン・リーが発表した『the colors of love』では、愛は6つに分類できるといわれています。詳しくは各自お調べになっていただければと思うのですが、一般的な恋愛と言われればエロス (Eros)という情熱的でロマンチックな愛を指すことが多いのではないでしょうか。おそらく、最初の構想では二人の愛はエロスに近かったでしょう。

 しかし、サルファとアリージュは最終的にはストルゲ (Storge)という愛の形を得たのだと、私自身は思っています。ストルゲは友愛とも言われ、恋愛に対して友情や仲間意識に近い感覚を持つと言われます。その分、愛がさめにくく、関係が長続きするそうです。サルファにとってアリージュは、同じように孤独を感じていた仲間であり、その孤独から守りたいと思う愛を感じていたのでしょう。もちろんアリージュも、理不尽に煙亭の二階という閉鎖空間でエロスをぶつけてくる他の男性たちの中で、サルファは珍しく、心の奥底で同じ思いを抱えていることに気づいたのだと思います。二人は惹かれあうべくして惹かれあったのかもな、と思いました。


 私にとって初めての長編小説なのにプロットを途中で書き換えるなんて無茶なことをした、という自覚はあります。読者の方々にも、多少混乱させてしまった部分もあったかもしれません。ただ、私はサルファとアリージュが二人で旅立つまで見届けることができたことが、何より嬉しく思っています。サルファが自らの力と周りの人々の協力を得て困難を乗り越え、アリージュとともに生きていこうと旅立った。読者の皆様にもサルファの成長と旅立ちを喜んでもらえるのであれば、作者としてこれほど嬉しいことはありません。


 連載という形をとったのも私自身にとって挑戦でした。仕事をしながら長編小説を書き続けることは想像通り負担も大きく、途中で挫折もしかけました。事実、この五ヶ月間の連載中、週二回更新を心がけていたものの、二回ほどお休みさせていただきました。更新ペースを落とそうか、しばらくまとまった休みをとろうかと考えたこともありました。しかし、読者の方々がリアルタイムで反応してくださいました。その応援が励みとなり、なんとか書き切ることができたのです。よく創作者が「読者の皆様のおかげだ」とおっしゃっていますが、その気持ちが痛いほどわかりました。読者の方々のPVや応援、Twitterでのいいねがこんなに活力になるなんて今まで知りませんでした。本作に関して何らかのリアクションをしてくださった皆様、「応援しています」というお言葉をくださった皆様、本当にありがとうございました。


 本編の更新は本日で終わりますが、今後はキャラクターの裏話等もできたら、と思っています(不定期更新になりますが)。また、未定ではありますが、内容は変えずにより読みやすくなるような改稿作業も行いたいと考えています。

 さらには、次回作についての構想も練ったり、短編を書いたり、これからもいろいろと取り組んでいきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 また新しい作品でお目にかかるまで。



   二〇二一年七月二三日、いつも執筆している喫茶店にて。


   高村芳 

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カーニヴァルの乙女 高村 芳 @yo4_taka6ra

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